青に絡まる
私の彼氏はソニック・ザ・ヘッジホッグ。あの世界最速と謳われる青いハリネズミだ。
飄々とした気質とそれを体現するかのような瞬足を併せ持った、本人曰く"ちょっとスゴいハリネズミ"。
彼のクールな振る舞いや戦う様は見る者の心を惹きつけ、マスターからの招待で"この世界"に来てからというもの瞬く間にファンを増やしてきた。
勿論女性からの人気も博していて、毎日のようにラブレター紛いの手紙が届くという。
現に私が住み込みで働くこの屋敷の中にも、彼を支持する人は多い。簡単に言えば"とんでもなくモテる男"だということだ。
そんな彼がある日突然私に言い寄ってきた時は、素直に受け入れることができなかった。単なる遊び目的だとしか思えなかったからだ。
当時の私は"モテ男の暇つぶしに付き合ってられない"と、ソニックからのアプローチを適当にあしらってきた。
それでも懲りず私に付き纏い、手を変え品を変えては何度も仕掛けてくる有様で。
こうしてソニックを振り切れずに数ヶ月。緩急の激しい求愛に振り回された私の心は――遂に彼の懐に落ちてしまったのである。
"やっと立ち止まってくれたな"
今でもソニックの嬉しそうな微笑みが、声が、脳裏に焼き付いている。これが私と彼の馴れ初め、ということにしておく。
そして今――太陽は真上にある。私はソニックとともに、デートという名目で屋敷を囲むように広がる森の中を歩いていた。これは彼からの提案。
しかし、よりにもよって森を選ぶとはどういった了見なんだろうか。午前中まではごく普通のデートをしていたはずなのに。
街では彼おすすめの穴場スポットを巡り、私のいきつけのお店で昼食を摂りながら談笑を交わした。
何の変哲もないと言われればそれまでだけど、ソニックが隣にいるだけで私としては充分――なんてことは口に出せない。
ソニックは私のことを楽しませようと考えてくれているのに、我ながら本当に可愛くないと思う。
「なあナナシ。何で森に……とか思ってるだろ?」
「まあね。わざわざ街から離れてこんな場所まで連れてくるんだもん。勿論理由ぐらい、あるんでしょ?」
「Of course! ここからはオレにしかできないやり方で、一生忘れられない思い出に仕上げてやるさ。しっかりついてこいよ?」
そう言って胸を張る姿を見ていると、どこまでも信じてみたくなるから不思議だ。差し出された手を取れば、両腕に抱えられるようにして抱き寄せられる。
そのまま軽々と持ち上げられ、いわゆる"お姫様抱っこ"の状態へ。突然の事態に固まる私を他所に、彼はお得意の企みを含んだ笑みを浮かべた。
「しっかり掴まってろよ! Let's go!」
掛け声とともに彼の足は地面を強く蹴り出す。すると瞬く間に周囲の景色が流れていき、岩や枝といったものも視認できなくなる。
やがて背景は森の緑と空の青によるツートンカラーへと変わり、まるで自身が風になったような錯覚さえ覚えてしまう。
これが――普段ソニックが体感している"世界"なのか。彼とひとつになった気がして、心が躍るような感覚。
かつてない疾走感に浸る私の視界に、ひとつの光が差し込んできた。ソニックの足は速度を落とすどころか更に加速していく。
風圧によって目が開けられなくなり、ソニックの首に回している腕に力を込めてしまった。その直後、私達は光に包まれる。
恐る恐る目を開けると、私達の足元にあるはずの地面はなく――宙を飛んでいた。崖から飛び出したのだと理解すると、一瞬呼吸が止まる。
「どうだ、気持ちイイだろ?」
「何っ、呑気なこと言って――」
「そろそろ落下するぞ。舌噛むなよ!」
微かな浮遊感に浸る間もなく、眼下に広がる深緑が迫ってきた。悲鳴をあげようにも纏わりつく風が声をさらっていく。
まさか、この高さから真下の森の中に着地するつもりなのか。あまりにも滅茶苦茶なのに――何故だか高揚してしまう自分もいた。
それでも恐怖というのは拭いきれず、訪れるであろう衝撃に身構える。しかしそんな私を他所に、ソニックは悠々と太い枝の上に降り立ってみせた。そして着地の反動をバネに次の木々へと飛び移っていく。
「やっ、もう、ソニックってば……!」
「Don't worry,出口はもうすぐさ!」
その宣言通り、次の瞬間には全く違う景色に包まれる。鬱蒼とした森を背にして広がるのは、陽の光を浴びて輝く青い水面。
確かここは、屋敷から少し離れた位置にある湖だったと思う。ようやくソニックの腕から降ろされたものの、足が震えてしまって立つのもままならない。
やがて私はよろけながら芝生の上に座り込む。ソニックも隣に腰を下ろし、目前の景色に瞳を据えていた。
人間一人抱えたままあれだけ動き回っていたのに、息切れひとつしていないとは流石といったところか。
しばらく互いに言葉はなく、静かに目の前の湖面を眺めるだけ。それでも不思議と居心地の悪さはなかった。ふと横を見れば、彼の視線と交差する。
「全く……あんな目に遭うとは、思わなかった」
「こんなデート、オレとじゃなきゃ経験できないぜ?」
「もう……こんなの心臓がいくつあっても足りないって」
呆れ果てるとため息を一つ零す。そんな思いとは反面に、私の頬は自然と綻んでいた。思えばソニックはいつだってこう。
突拍子のない行動で私を翻弄しては、体の奥底に眠っていた未知の"感覚"を揺り起こすのである。
どこまでも自由で、掴みどころのない"風の体現者"。そんな彼が何故私を選んだのか――以前から抱いてきた疑問を投げかけてみた。
「そういえばさ、前から思ってたんだけど。ソニックは何で私に寄ってきたの? 自分で言うのもなんだけど……反応薄くてつまらない女、とか思わなかった?」
少し踏み込みすぎたかもしれない。私の問い掛けにソニックは沈黙で返した。自分でも面倒な質問だったと、後悔し始めた時。彼の唇がうっすらと開かれる。
「初めて絡んだ日のこと、覚えてるか? あの時お前は、顔色も変えずにオレをバッサリ振り切っただろ。アレは結構効いたぜ」
「だって、いかにも"遊んでます"って感じだったし。なのにソニックは私にずっと拘って……不思議で仕方なかった」
「毎度お前が逃げるもんだから、つい追いたくなったっていうのが始まりだな。それでその内……マジになっちまった」
そこで一旦言葉を区切る。ソニックは私の髪を一房手に取ると、そっと口づけを落とした。
慈しむような眼差しを向けられ、思わず胸が高鳴ってしまう。このようにソニックは、時々不意打ちのように甘い雰囲気を作ってくる。
私が彼に根負けした唯一の原因。緩急をつけて愛を示してくる姿に、私の心はすっかり絡め取られてしまったんだ。
「本当、強引というか何というか」
「ナナシ……これからもオレの隣を走ってくれるか?」
ソニックの真っ直ぐな視線が私を射抜いている。答えなんて、とうに決まっていた。
私は彼の頬に手を添えると、そのままゆっくりと唇を重ねる。触れるだけの軽いキスだけど、今の私にとっては精一杯の意思表示。
自分から男に迫るなんて、昔の自分だったら絶対に考えられない。でも、今この瞬間だけは素直になれる。
ソニックの本心を聞くことが、私を後押しさせたんだから。名残惜しくも唇を離すと、今度は逃がさないとばかりに彼の手が後頭部に伸びてくる。
「やっ、ちょっと――」
「誰よりもお前を大事にする。"オレにしといて良かった"って、心から思えるぐらいに。これからは覚悟しとけよ?」
有無を言わせぬ口説き文句に、頷く以外の選択肢はなかった。再び重ねられた唇は熱く、それでいて蕩けるほどに優しい。
何度も角度を変えて啄まれ、次第に身体の力が抜けていく。それを察したのか、ソニックは私の身体を芝生の上に押し倒す。いよいよ逃げ場を失った私。
最早抵抗する気なんて起きなくて、ただされるがままに唇も心も彼に委ねるのだった。私をこれほど骨抜きにさせる男は、後にも先にも君だけなんだろうな――。
庵様へ。ソニックとのデート夢ということで、このような感じになりました。
ソニックとでなければできないデート、というものを目指してみました。今回は素敵なリクエストをありがとうございました!
お持ち帰りは、庵様のみとさせていただきます。