2nd.リクエスト1

Morning glow


大切だからこそ

「ふう、これで全部かなあ」

 スーパーマーケットを後にした私は、ぱんぱんに膨らんだ買い物袋を肩にかけ直すと街の集合場所へと足を向けた。今日は買い出しの当番で、何人かの使用人で手分けをして必要な日用品などを調達するのである。
 基本的に毎日消費する食材や長期保存できる物は得意先の農場や工場、ネット通販で取り寄せることができるので、こういった時は日頃忙しいファイター達から頼まれた物を買うのが主な目的。
 そのどれも各々のこだわりが強く、通販で扱われていないものが注文の大半を占めている。とは言っても、どの店で取り扱っているかは事前に教えてもらっているので特段困ることはない。

「にしても、やっぱり人通りが多いや」

 ぽつりと声に出してしまう程、この平日はやたら街が賑やかだった。それもそのはず、今日は祝日。重たい買い物袋を前に抱えつつ、向かいから流れてくる人の波を掻き分けて進む。すれ違う人々の中には、私と歳の近そうなカップルもよく目にした。

「ねえ、次はどこ行くっ?」
「なら……前にお前が行きたがってた店あっただろ? そこ行こう」
「覚えててくれてたんだ……嬉しい!」

 雑踏の中、私の前を歩く男女は寄り添いながら、完全に二人だけの世界といった様子で曲がり角へと消えていった。
 本来なら微笑ましい光景なのに、心は自然と曇っていく。何故なら、私の恋人はあんな風に触れあったりしてくれないからだ。
 彼は私のことを好きだと言ってくれているけど、中々次の段階へ進む気配はなく――要は、先程の二人がとても羨ましかったのである。

"そろそろ、私から動いてみようかな……"

 このままじゃいけない気がする。帰って残りの仕事を終わらせたら、すぐに彼に会いに行こう。そう心に決めてから、私は集合場所へと急いだ――

***

 ということで現在、午後八時。私は恋人であるリンクの部屋に突撃していた。彼は私を見て一瞬目を丸くしたけど、すぐにその頬を緩めて部屋の中へと入れてくれた。

「珍しいな、ナナシがこの時間にオレのところ来るなんて」
「え、うん……たまには二人きりの時間とか欲しいじゃん? って感じで……あはは」

 自分で言っていて何だか居たたまれなくなってくる。しかし、どうやらリンクも満更ではないらしい。その証拠に、彼は目尻を下げると私の頭を優しく撫でてくれた。

「確かに、最近は忙しくてこんな風に過ごすこともなかったからな」
「でしょ? 折角だし、なんかこう……ね?」

 さて、ここからどうしたらいいものか。まずはスキンシップの基本として手を重ねてみたりして、彼の様子を伺いながら少しずつ――こういった流れでいこうと、ここに来るまでに何度も頭の中でシミュレーションしたというのに。
 いざ本人を目の前にすると、私は羞恥心に阻まれて足踏みをしてしまう。でもこれではいつまでも前に進めないじゃないか。リンクの隣に立つ女として、ここから先に進む為にも勇気を振り絞らなければ。

「り、リンク……」
「どうした?」

 そっと彼の右手に自分の左手を乗せて、折り重なる指先に力を込める。きっと今の私は顔から湯気が出るくらいに真っ赤になっていると思う。
 もう後戻りはできない。次は彼の瞳を真っ直ぐ見つめながら顔を近付けて――その瞬間、私の身体は後方に倒されていた。頬を染め、鋭く目を細めている恋人の顔が視界を埋め尽くす。

「全く、自分の彼女にここまでさせたらな……」

 状況が理解できずに唖然としていると、リンクは私の身体に覆い被さったまま耳元へ唇を寄せてきた。温かな吐息がかかり、背筋をぞわぞわとした感覚が走る。

「君の気持ちが分かった今、もう遠慮する必要はないってこと」
「え……?」

 ただ戸惑う私を見つめ、リンクは一層笑みを深めてから唇を塞いできた。突然のことに驚きながらも、私は彼の背中に腕を回してそれに応える。恥ずかしくて堪らないのに、今はそれ以上に嬉しくて。
 呼吸を整えるため一度顔を離すと、互いに視線を逸らすことなく見つめ合う。リンクの蒼色の瞳は、顔に影がかかっているにも関わらずうっすらと輝いていた。
 本当にきれい――思わず見とれていると、リンクは私の手に指を絡ませてきた。今までとは違う甘美な感覚に頭がくらくらしてくる。

「ずっと前からナナシとこういうことがしたかった。だけど、オレの気持ちだけで進めたら君を傷つけるんじゃないかって……」

 そう言って切なげに瞳を細め、見下ろしてくるリンク。彼は私への思いが薄れていたんじゃない。いつも私のことを気に掛けて、本当の意味で大切にしてくれていた。何だ、一番の幸せ者は私だったんだ――

「私こそ、こんな奥手だから……リンクにたくさん我満させちゃったよね。ごめん」
「ま、お互いの本心も分かったことだし……これからは覚悟して」

 先程までのらしくない顔はどこへやら。リンクは口角を吊り上げニヒルに微笑むと、私の首筋に顔を埋めてきた。金色の柔らかな髪が頬や耳にかかってくすぐったい。私はたまらず身を捩りながらも、彼の溜め込んできた想いを受け止めるようにその背中にゆっくりと腕を回していった――

 菜々緒様へ。甘いシチュを希望とのことで、恋人を大切にするあまり控えめだったリンクとやきもきする主さん…という形になりました。今回は素敵なリクエストをありがとうございました!
 お持ち帰りは、菜々緒様のみとさせていただきます。



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