2nd.リクエスト2

Morning glow


何もかも、何もかも

 私の幼馴染は双子の兄弟。兄のクラウスはやんちゃな明るい子で、弟のリュカは内気で穏やかな子だった。対照的な二人だけど、共通していたのは情に厚く思いやりのある優しい心。
 特にリュカは虫や獣といった生物にも優しくて愛犬のボニーは勿論、このタツマイリ村近辺に暮らす野生の動物達も大切にしている。
 そんな彼だけど村一番の甘えん坊で、一緒に遊ぶ時はいつも私にぺったりとくっついていた。それだからクラウスがリュカをからかい、兄弟喧嘩に発展、というのも日常茶飯事で――


 そして時は経ち、三年後。ある闖入者の手によって乱された世界は封印から目覚めた"闇のドラゴン"の力によって再生され、人々は平穏の日々を取り戻しつつあった。
 そして今、私はオオウロコ海岸の岬にあるベンチでリュカと二人きり。小さい頃の思い出話に花を咲かせているところだ。

「昔のリュカ、本当に甘えん坊だったよね。頭撫でてあげると猫みたいにすり寄ってきてさ」
「ナナシ、その話はいいって……もうあの頃の僕じゃないんだから」

 大きくため息をついたリュカは、表情を引き締めると私を見つめてきた。この海のように深みのある青を宿した瞳が、日の光を受けて煌めいている。
 最後に二人きりで過ごしたのはいつだったか――記憶が正しければ三年前。突如テリの森を襲った大火事の翌日、村に広まったヒナワさんの訃報。そして直後、クラウスが行方不明になったあの頃。
 私は突然家族を失ったリュカを一人にさせたくなくて、毎日のように彼の家に通うようになった。当時のリュカは幼い身で、今にも壊れそうな心を必死に繋ぎ止めていて。

「でも……ナナシが昔から支えてくれたから、今の僕がいるんだと思う」
「私は大したことできてないよ」
「ううん、僕にとっては凄く大事なことだったんだ」

 父親のフリントさんはクラウスの捜索に日々を費やし、リュカとまともに話す機会は殆ど無かったらしい。その代わりというには頼りないと自覚しつつも、私はリュカの側に居続けた。
 しかしそんな日常も、突然終わりを迎えることとなる。ある日を境にリュカはボニーを連れて家を空けるようになり、遂には村から姿を消してしまった。
 後にリュカと再会し、その理由を教えられた際にはただ呆然とするしかなかった。この世界に起こっている異変。そしてそれを食い止められるのはリュカしかいないという事実を受け入れられなかったからだ。

"そんな危ないこと、本当にリュカがやらないとダメなの?"
"うん。僕じゃないといけないみたい"
"何で、おかしいよ! どうしてこんなことに……"
"ナナシ、心配してくれてありがとう。でも最後までやり遂げたいんだ。どうなるか分からないけど……僕の力もきっと、この時のために目覚めたんだと思うから"

 その時は、なんて理不尽な運命なんだろうと思った。当のリュカはどこまでも穏やかな面持ちで、対する私は嘆きながらも彼の無事を願うことしかできなくて――

「思い返してみれば今まで、僕はナナシに心配かけさせてばかりだったね」
「そんなことない。むしろ私こそ無力で、いつも歯痒かった」

 リュカは眉尻を下げて、私を見つめている。私は彼のことをずっと見てきたはずなのに、気づけなかった。幼く小さな殻の中で、リュカの心が少しずつ変化していたことに。
 彼はいつまでも"気弱で甘えん坊な男の子"じゃない。現実を受け入れ、そして世界と向き合った一人の男として成長していた。何だか一気に置いていかれてしまったような気がして、曇りそうな気持ちを誤魔化すようにベンチから立ち上がる。
 リュカもそれに続くと、大きく背伸びを始めた。気付けば私よりも少し高くなった身長。当分は追い越されないと思っていたのにな。男子の成長期はこれ程までのものなのか、と改めて実感する。

「うーん、やっぱり大きくなったよね」
「そう? あまり変わらないと思うけど」
「だって私の身長越えちゃったし……それに、ちょっと男前になった気がする」
「何言い出すんだよ、急に……」

 リュカは困惑しつつも頬を掻きながら視線を泳がせた。以前の私だったらそんな仕草もかわいいと、ただ微笑ましく感じていただけなのに。気付けば彼につられるように顔が火照りだしていた。

「でもナナシがそう言ってくれるなんて思わなかったから、すごく嬉しい」

 そう言って紅に染まる柔らかな笑顔を向けられた瞬間、私の身体は固まってしまった。どうしよう、さっきから心臓が痛いくらいに早鐘を打っている。こんなのおかしい。私は一体どうしてしまったんだ。

「ナナシ、顔赤いよ」
「そ、そういうリュカだってっ、」
「じゃあお揃いだね、僕達」

 全く、リュカもリュカだ。昔の彼なら照れた途端すぐに隠れてしまうほどの恥ずかしがり屋だったのに。今ではこんな返しまでするようになった上に、どこか涼しげな笑みを浮かべていて。ねえ、いつの間にそんな顔ができるようになったの。

「僕もさ、ナナシに伝えたいことがあるんだ。昔からだけど……今はもっと可愛くなった」
「えっ……!? それはどういう、」
「さて、そろそろ家に帰って羊達のお世話しないと。またねナナシ」

 リュカはこちらの問いかけを遮るように駆け出すと、そそくさと去って行ってしまった。私はというと先ほどの衝撃が抜けず、しばらく呆然と立ち尽くしたまま。

「全く、何もかも敵わない……」

 そう呟くと火照った頰を両手で押さえて目をきつく瞑った。こうしている間も脳内に浮かんでくるのはリュカの顔、声。彼の全てが燃料となって私の心を際限なく燃え上がらせている。
 最早逃げ場を失った私は、芽生えかけたものを受け入れようとしていた――

 アミノ様へ。昔と今とのギャップに思い切りやられてしまった主さん。もう惚れるまで秒読みといった所…な感じとなりました。今回もお祝いの言葉と素敵なリクエストをありがとうございました!
 お持ち帰りはアミノ様のみとさせていただきます。



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