3rd.リクエスト5

Morning glow


溶け合う心

 夜もとっぷりと更けた頃。私は今、恋人であるリュカの部屋に来ている。明日は休日ということで今夜は二人で一緒に寝るという約束をしていたのだ。
 眠くなるまでの間、ベッドの上でぬくぬくと布団に包まりながらの雑談は止むことがなく。私はリュカの話を聞いている内に興奮してしまう有り様だ。

「えっ、リュカにPSIを教えてくれた人って妖精さんなんだ!」
「うーん、妖精っていうか何というか……」

 驚く私に対し何と形容していいものかと悩むように、リュカは首をかしげて苦笑する。人間よりも遥かに長寿で不思議な力を持ち、迷える人々に助言をしたり力を分け与え導く者といえば妖精だったりするのが鉄板だと思うけど。何か他にも当てはまる言い方があるんだろうか。

「まあとにかく、彼らのお陰で僕は何とか旅を進めてこられたんだ。それから……」

 リュカの口から次々に紡がれる"ノーウェア島"を巡る冒険話に私の胸は高鳴るばかり。島中に点在する"七本のハリ"とそれによって封印されていた"闇のドラゴン"、そしてリュカ達を妨害しようと暗躍する謎の"ブタマスク軍団"や彼らによって作りだされた狂暴なキマイラ。
 聞いているだけで手に汗握る怒濤の展開に私はすっかり魅了されていた。やがて話は旅の中で出会った印象的な生物達のものへと移り変わる。

「こうして話してたら思い出しちゃったな……できれば忘れてたかったんだけども」
「え、気になる。教えてよリュカ」

 気まずそうに目線をそらすリュカを好奇心のままにせっつく。そんな私に彼は少し迷いながらも渋々といった様子で起き上がり、側の机から紙とペンを持ってくるとさらさらと描き始めた。
 そうして出来上がった絵を見て、私は思わず絶句してしまう。肌色の球体には真っ赤なグロスがべったりと塗られた分厚い唇があり、それを囲むように四本の足が伸びていた。どの足も網タイツと赤のヒールを履いていて、この見た目だけでも忌避したくなるのはよく分かる。

「……何これ」
「"あいたくてウォーカー"って呼ぶらしくて……昔コイツに散々追い回されて、それで、き、キス、」

 リュカが零した最後の部分を聞き取ってしまった私は絶望に打ちひしがれていた。恋人である私だってまだリュカとキスをしたことがないのに、よりにもよってこんな怪物に先を越されていたというのか。どうしよう、悔しくて悲しくて怒りすら湧いてくる。

――されそうになったんだ。あの時の恐怖は"きゅうきょくキマイラ"に出会った時と良い勝負だったな……」

 当時の光景を思い出していたのかリュカの顔は若干青ざめているように見えた。対する私はというと全身から熱と力が抜け出ていくのを感じていた。

"未遂なんだ……本当に良かった。リュカは私と付き合うまでは誰とも――"

 安堵すると共に、怪物相手にすら嫉妬してしまう自分も重症だなと思わずにはいられない。でもきっと悪いことではないはず。リュカにとって初めてのキスの相手は、誰よりも彼を愛してる私でありたいのだから。
 物思いに耽っていると急に頬をむにゅっと挟まれる感触がして我に返った。慌てて横を見るとリュカがにこにこと笑っていて、なんだかすごく楽しそうだ。

「わ、いきなり何すんのっ」
「なんだかナナシの百面相見てたら嫌な思い出も吹き飛んじゃったよ」

 青い瞳を緩く細めて、リュカはくすくすと笑う。ああ、彼に惚れた一番の理由。まるで陽だまりのように柔らかく暖かな、私の大好きな笑顔。気付けば片方の手は布団の中で包むように握られていて、その優しい温もりにほっと息をつく。

「もう、からかわないでよね」

 気恥ずかしさに視線を外すとリュカは再び起き上がり、そのまま覆いかぶさられる形で組み敷かれ、視界には天井を背にして覆い被さってくるリュカの顔しか映らなくなった。まさかの展開に私は目を白黒させるばかり。

「えっ、あの、リュカ……?」
「そういえば僕達、付き合ってから今までハグ以上のことはしてないね」

 そう呟くなり、今度は両手で顔を固定されるようにして触られ始める。壊れ物を触るような慎重な手つきで撫でられたり、頰をふにふにとされる度に心臓がばくばくとうるさいくらいに鼓動している。
 恥ずかしいけど嬉しい気持ちが上回って抵抗できないまま身を委ねていると、ふと耳を撫でられてくすぐったい感覚が走った。

「ひゃっ!?」
「ナナシ……大好き」

 耳元で囁かれた瞬間ぞくりと背筋に何かが走るのを感じた。初めて聞く甘い声音にぞわぞわとした感覚が止まらず、ただ口をぱくぱくと開閉させて言葉にならない声を発することしかできない。リュカってこんな声も出せるのかと驚くばかりで。

「耳弱いんだね。知らなかったな」

 そんな私の反応を楽しむかのように続けて囁き続けるものだからたまらない。このままだとどうにかなってしまいそうだ。もう勘弁してほしいと必死に懇願する代わりにぎゅっと固く目を閉じた瞬間――唇に柔らかいものが重なる。
 驚いて目を見開くと視界を埋め尽くすのはリュカの顔。何をされたか理解した途端、顔が火を噴きそうなくらい熱くなる。やがて互いの顔が離れれた後も私は呆然としていた。これは現実なんだろうかと。
 確かめるように自分の唇を指でなぞると微かに湿っていて、先程までの出来事は間違いなく事実だと証明していた。

「あ、き、キス、しちゃ……」
「いきなりこんなことして驚いたよね。でも、そろそろ先に進みたいなって……」

 リュカは今更になって照れているようで、私から顔を背けるようにしてそっぽ向いてしまっている。そんな彼の仕草に愛おしさが込み上げてきて、私は堪らず腕を伸ばしぎゅうっと抱きついていた。

「嬉しかったよ……リュカ」

  胸に顔を埋めたまま小さく伝えると、リュカは狼狽えながらも私の背中に腕を回して抱きしめ返してくれた。トクントクンと響く心音が心地良くて安心感に包まれていく気がする。このままひとつになってしまいそうな、そんな甘い錯覚を覚えるほどに心が蕩けていく。

「……もう一回したい」

 顔を上げればそこには真剣な顔で見つめてくるリュカがいて、頷く間もなく再び唇が重ねられる。普段は大人しいと思っていたのにまさかの肉食系だったとは。ちょっと驚きつつもこれだって彼のひとつの姿なんだと思い直し、私は目を閉じて彼の唇を受け入れていた――

 アミノ様へ。リュカ甘夢ということで、苦い記憶すら跳ね除けてしまう程に愛し合う二人という感じになりました。かなり際どい領域に入ってますが…ご期待に添えられましたら幸いです。
 この度は素敵なリクエストをありがとうございました! お持ち帰りはアミノ様のみとさせていただきます。



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