年末年始3

Morning glow


年の瀬に

 ――クリスマスシーズンが終わり、年越しまで残すところ後四日。使用人の一人である私は今、リーダーから食材の買い出しを頼まれ、屋敷の近所にある商店街まで来ていた。
 こうして大量に備蓄しておかないと、年末年始に行うイベントに間に合わなくなってしまう。ただでさえ大食らいのピンク玉や、食欲旺盛なファイター達が大勢いるのだから。
 どの店も年末恒例の大売出しをしていて、陽気な掛け声があちらこちらで飛び交っている。私と同じように買い溜め目的の客も多く、辺りは師走の寒さを吹き飛ばしていくような活気で溢れていた。

「いらっしゃーい! 今年最後の大売り出しだよ!」

 すぐ横から響く威勢の良い声に釣られて覗いてみれば、そこには大根や葱といった冬の野菜から色とりどりの果物まで所狭しと並べられている。

「わぁ……どれも大きくて身が詰まってるなあ」
「確かに、これは結構良いんじゃないか」

 突然耳元で男の声がし、驚いて身を引く。恐る恐る横を見ると、そこには屋敷に住むファイターの一人、リンクがきょとんとした顔でこちらを見つめていた。
 彼はファイターの間で有名なサボリ魔。普段はこちらから探しても中々見つけられないのに、特に用もない時に限って突然現れる。まさに神出鬼没な男である。

「りっ、リン……ク!? 何で、ここに?」
「オレも買い物に来てたんだよ。それよりこの林檎、いいなと思うんだけど」

 そう言って彼は手に持った林檎を差し出してくる。真っ赤なそれは、他のものよりも一段と大きくツヤもいい。仄かに酸味のある香りを放っていて、とても美味しそう。
 これなら箱単位で買っても良さそうだ。林檎みたいな果物はいくつあっても困らない。特にあの屋敷では。早速値段を確認した私は硬直する――

「い、一個、千円……?」
「ん? ああその林檎はこの店一番の最高級品なんだ。今年も仕入れるのに苦労したもんだよ!」

 呆然とする私を他所に店主は豪快に笑う。これほど魅力的な林檎が売れずに残っているのは不思議だったけど、理由がわかった気がする。
 ならばと、私はひとつの手段に出ることにした。それは――

「お願いします! もう少しまけてくれませんか!?」

 叫ぶように声を上げると同時に勢いよく頭を下げる。要は値切り交渉だ。しかし相手は商売のプロ。単純にお願いするだけでは簡単に首を縦に振ってくれる訳もなく。

「お嬢ちゃん、悪いね。こっちも譲れないものがあるのさ」
「そう、ですよねー……」

 これ以上粘っても無理だろうな。この林檎は諦めよう。私は軽く肩を落としつつ、改めて野菜を買おうとした時だった。

――今度はオレが行く」
「はい……?」

 私の前を颯爽と横切るリンクの横顔には、何か強い決意のようなものを感じた。そして彼はそのまま店主の元へ向かうと、互いに真剣な眼差しを交わす。
 そこからは男二人の大勝負。次々に飛び出る言葉の数々。まさにマシンガントークともいえる勢いで会話が展開されていった。一体どんな値切り交渉がされているのか想像もつかない。
 ――二十分後。決着がついたらしく、会計を済ませたリンクが袋を提げて私の元にやってきた。その様子だと値切りは上手くいったんだろう。

「お疲れ様。交渉どうだった?」
「あー……うん。じゃ、これ」

 何とも歯切れの悪い返答と共に、林檎の入った袋とレシートを手渡される。期待を込めて彼の戦績が記された紙を見ると、そこにはくっきりと"1000"という数字が刻まれていた。

「えっと、値切りは……?」
「ごめん、忘れてた。あの店主かなり面白い人でさ、つい会話が弾んで」

 片手で軽く謝る仕草を見せるリンク。しかしその口元は緩んでいて、心から反省しているとは到底思えない態度。
 こちらとしては期待していた上に二十分も待たせられたのである。当然怒りのボルテージは上昇していき、そして遂に――

「……二十分間何の話してたんじゃ――!!」

 噴火の如く怒号が商店街に響き渡った。通りかかる人々が何事かと視線を向けてくるも、今はそんなことを気にしていられない。
 鼻息を荒くする私を見て後ずさったリンクは、やがて宥めるように肩を叩いてくる。

「落ち着けって。本当に悪かったよ。その代わりというか……袋の中、見てみて」

 促されるまま袋の中を覗くと――林檎は一個ではなく二個入っていた。これは一体どういうことかと顔を上げると、リンクは視線を逸らして頬を掻いていた。

「あの店主、オレのこと気に入ったとか言っててさ。"そこのお嬢ちゃんと二人で食べな"って、一個タダでくれた」

 そこまで聞いてようやく合点がいく。店主が気を使ってサービスしてくれたのか。はにかむリンクを見ているうちに、私は怒気を抜かれてしまう。
 こうなったら、仕方ないか――私はため息ひとつ吐いて気持ちを整えると、リンクに向き直る。

「そっか。なら早く買い出し終わらせて……その林檎、二人で食べよう!」

 私の提案にリンクは大きく目を見開くと、嬉しそうに微笑む。――その後は彼にも手伝ってもらうことになった訳で、二人で協力し無事に買い出しを終えることができたのだった。

一緒におせち作る話にするか迷った。



戻る
▲top