年末年始5

Morning glow


うたた寝

 本日は大晦日。折角の夜を一人で過ごすのも退屈だと感じていた私は、友人のリュカの部屋に押しかけてみた。
 リュカは私の訪問に驚いたものの、すぐに受け入れた上にこたつに入れてくれた――。こうして二人で温々と過ごしながら、除夜の鐘を聞くまで起きていようかという話をしていた。
 しかし両足を包み込む熱は、やがて柔らかな眠気を誘う。このまま睡魔に身を委ねたいところだけど、今日だけはそうもいかない。
 頑張って瞼を開けると、向かいには船を漕ぎかけているリュカの姿。眠気と戦っているのは私だけではないみたい。

「んー……眠い」
「寝ちゃダメだよ……二人で除夜の鐘を聞こうって誓い合ったじゃん……」
「そういうナナシだって、瞼が重そうだよ……?」

 目をこすりながら、リュカはへらりと笑う。その姿に今まで感じたことのない感覚が芽生えそうになるけども、今はそれどころじゃない。何とかしてこの眠気を打ち払わなければ。
 私は一度大きく伸びをして部屋を見渡し、何か方法はないかと思案する。そして一つの妙案が浮かぶと同時に、私はリュカに向かって口を開いた。

「ねえリュカ、このままだと私達は間違いなく寝ちゃうと思うんだ」
「ん……そうだね」
――そこでひとつ、賭けをしてみない?」

 賭けといっても単純で、先に寝た方が負け。敗者は勝者に明日出されるお雑煮の餅と蜜柑を譲るというもの。とにかく、除夜の鐘が鳴る午前0時まで耐えればいいのである。
 譲れないものができてしまえば、簡単には眠れなくなるだろうと考えてのことだ。この提案にリュカは一瞬戸惑う素振りを見せたものの、なんとか頷いてくれた。

「よし決まり。 じゃあさっそく始めよう」
「お餅と蜜柑は守ってみせる……!」

 そんなこんなで始まった今年最後の大勝負。まずは手始めに頬を抓り、痛覚によって眠気を覚まそうと試みた。しかし強力な睡魔の前では痛みすらも掻き消えそうで、いまいち効果は薄い。

「ぐ、痛い……眠い……」
「もっと工夫しないと。こうしてみるとか」

 リュカは自分の目頭に指を添えると、ゆっくりと指圧していく。なるほどツボ押しという手もあるのか。
 しかし感心していたのも束の間。次第に指の動きは疎かになり、再び船を漕ぎ始める有様に。やはり刺激だけではこのしぶとい眠気は振り切れないか。
 なんとか重い頭を上げて時計を見ると、0時まで後十分というところまできていた。もう少し頑張れば、二人で新年を迎えられるんだ。

「あと少しだよ、頑張ろう――

 リュカを鼓舞しようと向き直った私の目に映ったのは、うつ伏せになり静かに寝息を立てている彼の姿だった。

「……あれ、リュカ?」

 彼の側に寄って軽く揺さぶってみるも返答はない。完全に寝落ちしてしまったようだ。ここまで粘ってきたのに、最後の最後で決着が付いてしまった。
 でもこれで良かったのかもしれない。何せ今の彼はとても気持ち良さそうな表情をしているから。起こすのは何だか気が引けるし、このまま寝かせておこう。
 実を言うと私もとうに限界を超えている。つまり、どちらが先に寝てしまってもおかしくはない状況だった。
 もう賭けとか、そういったことは忘れよう。私は今度こそ睡魔に意識を落とすと、リュカに寄り添うように眠りに落ちた――

***

 翌朝、先に目を覚ましたのはリュカだった。彼は自分の身体に寄り添うようにして眠る私に驚いたらしく、こちらを起こした後も顔を合わせずに俯いていた。
 そんな彼の姿につられてしまい、自然と頬が熱くなる。よく考えたら一晩中身を寄せ合って寝ていたのである。
 いくら友人といえども、こんなことをしておいて意識するなという方が無理な話だ。

「あの……明けまして、おめでとう」
「おめでとうナナシ。その……今年もよろしく」

 恥ずかしさを誤魔化すかのように、二人揃って新年の挨拶を交わす。その言葉を皮切りにようやく普段通りの雰囲気に戻ることができた。
 ちなみに昨日の勝負の結果は、お互いに覚えていないということで引き分けになった。リュカの方が先に眠ってしまったことは――私だけの秘密にしておこうと思う。

こたつには"睡魔"という名の魔物が潜んでいる。



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