始まりを刻む
元旦の昼時。私は友人のレッドと共に近所の神社へ向かっていた。所謂初詣というものだ。
同じく友人であるリーフも誘ったものの、”今年の正月は帰省したい"ということから一時的に元の世界に帰っている。
彼女以外にも久々に家族や身内との再会を望むファイターは多く、普段は喧騒で溢れている屋敷も今は実に静かなものだった。
レッドはというと、この時期家に帰っても暇なだけと言い、こうして二人きりで行動することになったのである。
私はみんなのようにいつでも元の世界に帰れる訳ではない。ある日突然"この世界"に引き込まれ、偶然マスターと出会ったことで拾われたという極めて特殊な立場。
だからこそ、たまにリーフ達が羨ましく思えてしまうこともある。でもこんな心境を口に出しても、心配をかけてしまうだけだからと今まで内に秘めてきた。
こうして二人並んで歩いている間、特に会話も続かず黙々と歩を進める。いつもはリーフが間に入って盛り立てていたから、自然に言葉を交わすことができていた。
しかし三人だったからこそ成り立っている関係、と割り切るには寂しいものがある。リーフは私と二人きりでも親友として接してくれていて、恐らくレッドとも同じ関係を築いてきたはずで。
ならば私は、レッドは、互いにどういった存在なのか。彼も同じようなことを、一度でも考えていたりするんだろうか。
「――ナナシ、何処まで行くんだよ」
不意にレッドに呼び止められて、びくりと足を止める。振り向けば神社へ通じる道を通り過ぎていたことにも気付かずに進んでいたらしい。
思考に耽っていたせいで、景色すら意識していなかったみたいだ。新年早々、何をやっているんだか。もしかしたら彼に内心呆れられたかもしれない。
一礼をして鳥居を潜り、境内に入ったらまずは手水舎に向かう。参拝をする前に手と口を清めるための場所だ。
元旦ということもあって、参拝客で辺りはごった返している。冬空の下、二人して冷水に身を震わせた後は拝殿を目指した。
人ごみに揉まれながら進んでいる内に、横を歩くレッドとの距離が離されていく。ああ、この流れはまずい。
「れっ……レッド!」
このままでは間違いなくはぐれるというのに、為す術もなくて。無力を感じながらも必死にもがいていた時だった。
突然伸ばしていた片手を握られたかと思うと、強い力で横に引っ張られる。次の瞬間には温かな何かに全身を包み込まれる感触。
呆然とするまま見上げると、目の前には焦りを顕にしたレッドの顔。ここで私は彼に引き寄せられたのだと理解した。
「大丈夫? もう少し人の流れが落ち着いたら、行こう」
「うん……助かったよ、ありがと」
何となく気恥ずかしさを覚えつつお礼を言うと、彼は頷いて微笑みを浮かべる。それがまた柔らかなもので思わず見蕩れてしまう。
今まで接してきた中で、このような表情は一度も見せたことがなかったからだ。しかし彼は何事もなかったように真顔に戻ると、人のまばらになった参道に踏み込む。
「今のうちだよ。早いとこ行かないと」
「えっ、あ……うん」
戸惑いながらも彼についていき、その後は無事に参拝を済ませることができた。元来た道を歩く途中、すぐに屋敷に帰るのも勿体無い気がしたので出店を見て回ることで意見が合った。
お汁粉の優しい甘さに癒されたり、配られていた甘酒を飲んで"大人の味"だと感銘を受けたりと、二人きりの散策は続く。
こうして過ごしていると、レッドとの接し方が何となくであるけど分かってきた。基本的に無口で、何を考えているか分からないと思っていたけどそれは大きな勘違い。
実は誰にも流されずに周囲を見ていて、他人を思いやる判断力に長けた少年だということに気付かされたのである。
例えば今も、私が疲れないようにさり気なく歩幅を合わせてくれていることとか。彼の気遣う心に触れていくたびに、私の内に眠っていた"とあるもの"が顔を見せ始めていた。
しかしそれを受け入れてしまえば、今のような関係ではいられなくなる。そんな気がして、無理やり思考に蓋をする。
「一通り回ったし、そろそろ帰ろうか」
「うん、体も冷えてきちゃったし……でも最後に行きたいところがあるんだよね」
境内を出る前に寄ったのは社務所。せっかく神社に来たのだから、おみくじは絶対に引いておきたい。
しかし意気揚々と引いたものの、"小吉"というなんとも言い表せないものだった。一方レッドは見事"大吉"を引けたようで、嬉しそうに顔をほころばせている。
私の方も結果としては悪いものではないし、おみくじは枝に結ばずに持ち帰ることにした。
帰路に着く中、私とレッドは雑談を交わせるようになっていた。大きな進歩だと実感しつつ、ひとつ気になっていたことを訊ねてみる。
それは――手を合わせ目を閉じている間、彼は何を願っていたのか。
「それは勿論、"今までと変わらずポケモンや屋敷のみんなと過ごせるように"。それと……今年からはひとつ増えた、かな」
「えっ、何それ。聞かせてよ」
「それは、まだ秘密」
何それ、と拗ねたふりをして口を尖らせてみせれば、彼は再びあの微笑みを向けてくるのであった。
カントー地方にも神社とかありそう。