某日、道中にて
※「某日、住宅街にて」を先に読むことをお薦めします。
十二月のとある休日。私とネスはイーグルランドの大都市"フォーサイド"にて一足早いクリスマスデートを満喫していた。映画観賞、老舗レストランでの冬季限定ランチ、バッティングセンターといった流れで巡り、心身ともに解されかなり充実した半日。
そしてこの日はネスが私の家に泊まることになっており、今は彼の愛車で私の住む街"スリーク"へと向かっている最中。大都会と砂漠を繋ぐ大橋に差し掛かると、街の煌めきが遠ざかっていくことに名残惜しさを感じてしまう。
「今日は久しぶりに思いっきり遊べて良かったよ」
「……こういう日ってさ、あっという間に時間が過ぎてくから何か切ないね」
「まあ、それは僕達が時間が経つのも忘れるぐらい楽しんだってことだからね」
ネスがシフトレバーに手を掛けると窓に映る景色の流れは速度を増し、橋を渡り終えると砂漠一色となった。変わり映えしない風景から何気なく運転しているネスの方へと目を向ける。彼は実に楽しげな様子でハンドルを握っており、その横顔は何だか凛々しく見えて思わず見惚れてしまうほどだった。
「ん、どうかした?」
視線を感じたからか、ネスは横目でこちらを向いて微笑む。慌てて目を逸らしてしまったけど、探偵故のものか彼の勘は鋭い。今の心境を悟られてないことを願う。
「えっと……そういえばネスの車ってMTだよね。今時珍しいなって思ってたんだ」
「よく言われるよ。この車、乗るのが楽しくて気に入ってるんだ。ナナシのは確かATだっけ」
「うん。今の車、私と相性良いみたいでさ」
「やっぱりそういうのってあるよね。乗ってる内に馴染んできたのが分かるっていうか」
私の場合は取り敢えず乗れればいいと中古の軽自動車を買ったものだけど、何年も乗っていればやはり愛着はわくもの。
それにしても、ネスの運転は本当に安心できる。ブレーキの加減や加速時のアクセルの踏み込み具合。そういったもの全てが滑らかなのである。こんなにもスムーズに車を操れるなんて――心の中で素直に尊敬している私がいた。
「ネスの運転って安定してるよね。なんか気が抜けて眠くなりそうっていうか」
「ありがとう。まあ、免許取ってからは仕事で結構乗り回してきたからね。そこそこ自信はあるよ」
とある人物との出会いによって、スクール卒業と同時に探偵への道を歩み出したネス。そんな彼にとって車は、仕事をこなす上でも相棒とも言える大切なもの。この車もネスが十八歳の頃、免許を取ってすぐに購入したものだと聞いている。紺色のボディに、どこか頼もしさを感じられるフォルム。
メンテナンスやちょっとした改造の仕方は親友に教えてもらいつつ、車に関する知識と経験を積んできたそうだ。今の彼は二十六だから、かれこれ八年は乗っているということか。
「私、この車好きかも。なんとなく落ち着くし……まるでネスみたいで、」
と、呟いたところで慌てて口を閉ざす。私は何を言っているんだ。無意識って本当に恐ろしい。そっとネスの方を見れば、案の定口元が緩んでいた。運転に集中して聞き逃してくれていたらと願っていたけど、しっかりと耳に届いていたようだ。
「い、今のは忘れていいからね!?」
「やだよ。そんな嬉しいこと言われて、忘れられる訳ないだろ?」
そう言って頬を染めた横顔に笑みを浮かばせるネス。ああ、やっぱり敵わないな。スリークへと到着した頃には、太陽は既に沈みかけていて――。
"某日、住宅街にて"のフォーサイドからの帰りのワンシーン。運転してる姿も良いよね的な小話。
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