誘導
※「心までは」と同ヒロインです。
「あー、ブラピだー」
ロビーにある椅子に腰掛け、次の試合時刻まで小休憩をしていた時のこと。ふらりと部屋の中に入ってきたピンク玉ことカービィは、オレと目を合わせると意気揚々と歩み寄ってきた。
こいつもナナシと同様に人懐こい性格らしく、オレがいくら追い払っても纏わりついてくることがある。
その上こいつは普段から何を考えているのか読めない奴で、それ故にまともな会話ができるのかという懸念もあった。
「はあ……何の用だ」
「次の試合まで暇なの。だからね、ボクとお話しようよ」
「オレは今疲れてる。他を当たれ」
オレは今さっきまでシュルクの奴とサドンデスを繰り広げ、試合を制したばかりでとにかく休みたい。未来視だか知らんが、敵に回すと実に厄介な相手だ。――そもそも、この屋敷にいる連中で厄介じゃない奴なんて一人としていないが。
「えー、皆試合とかお出かけしてていないんだよ。ね、いいでしょ?」
突き放すように振舞ったところでカービィは離れるつもりはないらしい。これ以上コイツに何を言ったところで糠に釘ということだろう。
一度ここを離れようかと考えたものの、動く気力も残されていないオレは遂に折れた。
「……オレは聞くだけだ。言いたいことを全部吐いたら離れるんだな」
「わかったー。実は前から気になってることがあったの。それはねー……ナナシの作るご飯ってどれくらい美味しいのかなってこと!」
オレを見つめてくる瞳には星のような煌きが宿っていた。そういえばコイツはナナシとは良くつるんでいて、休日には中庭とかを散歩するような仲だったか。
食い物のことを想像しているせいか、口元からは涎まで溢れそうになっている。何処まで食い意地が張った奴なんだ。
それ以上に引っかかるのは、何故その質問をオレに向けてきたのかということだ。
「ナナシの料理の腕前だと? 何故それをオレに聞く」
「んー、ブラピってよくナナシと一緒にいるから、食べ物作ってもらったりしてるのかなあって」
確かにカービィの想像通りで、ナナシと絡むようになってからは奴の料理を口にする機会は増えていた。出来栄えとしてはどうだっただろうかと、一度思い返してみる。
不思議なことにナナシの作る料理は、そのどれもがオレの好みを的確に捉えて作られている。そのせいでたまにアイツが渡してくる差し入れを受け取るたびに期待している自分がいた。
彼女に味の好みを語ったことなど一度もないはずだが、絶妙に整えられた味のバランスがオレの味覚と胃袋を掴んで離さないのである。
「……悪くはない」
「そうなんだ! ねえねえ、どのぐらい美味しい? リンクの作るご飯より美味しい?」
オレが簡潔に纏めたのに対し、カービィは食い入るように矢継ぎ早に尋ねてきた。単純にナナシの作るものがオレの好みと合致しているというだけであり、あのリンクの料理の腕に敵うものかと聞かれたら自信はない。
だがそんなことは口にせず、オレは答えを濁すことしかできずにいた。
「味覚なんてそれぞれだ。比較したところでキリがない」
「そっかあ、リンクと比べないってことはナナシの料理はまずまずってことなのかなあ……」
その言葉はまるでナナシの腕前が大したものではないという風にも受け取れる。オレは思わず眉間にシワを寄せてしまった。
それをカービィは見逃さなかったようで、あっけらかんとした様子で笑いかけてくる。目元に何か含みを持たせているように見えたのは気のせいだと思いたい。
「あれ、ブラピったら怒ってるの? ボクはただ、キミにとってナナシの料理ってどんなものか知りたかっただけなんだけどなあ」
「……それだけには見えないが?」
「ボクとしてはブラピが怒ったことにビックリだよ。もしかしてブラピって――ナナシのこと好きなの?」
一瞬にしてオレの顔は熱を帯びていくのを感じた。何を言っているんだこいつは。どうしてオレとナナシの関係にコイツが首を突っ込んでくる必要がある。
そもそもアイツはオレにとってただの、ただの何だ。認めたくはないが友人、という立場に置いてみても何かがずれている。
結局明確な答えが出せないまま、苦し紛れとも言える一言を放つ。
「お……お前には関係無いだろ!」
「えへ、図星だね! 大丈夫、ブラピとナナシはお似合いだもん。きっと上手くいくよ!」
「いい加減にしろよ」
「ブラピがナナシを好きになる気持ちはわかるなあ。ボクだってナナシの作るお菓子好きだもん。甘いけど甘すぎないっていうか、食べてるうちにクセになってくる感じ!」
待て、今こいつは何と言った。ナナシの作る菓子が好きだと? よく考えてみれば食堂でのつまみ食いの常習犯であるコイツが、使用人の一人であるナナシの作った料理の味を知らないはずがない。
「おいお前、さっきはナナシの食い物の味を知らないといった風に聞いてきただろ。どういうことだ」
「ん? ボク知らないなんて言ってないよ?」
完全にやられた。カービィの狙いは端からナナシの料理の腕のことではなく、オレがナナシ自体をどう思っているかを聞き出すことだったんだ――。
それに気付かなかったオレはまんまとコイツの思惑通りに誘導されていたというわけだ。全く、食えない奴め。
「安心して。ブラピの気持ちはナナシには秘密にしといてあげる!」
「何言ってやがるっ、余計なお世話だ!」
「あっ、もう時間だ! それじゃあブラピ、またねー!」
カービィは抗議の声を遮るようにそう言い残すと、ぽふぽふと弾むような足音を立てて廊下へと駆けていった。しかし、あのピンク玉には侮れないものがある。本当に油断ならない奴だ。
それよりも問題は、先程からオレに向けられている視線の方だった。振り返ればそこには見知った顔が、モップを片手に持ったナナシがオレのことを見つめている。
「お前、いつからそこに……?」
「いつからって、今さっきだよ。ここの掃除は時間がかかるから早めに回ってきたの」
ということは、恐らくカービィとのやり取りは見ていないはずだ。内心胸を撫でおろすと、ナナシがこちらに歩み寄ってくる。
あの微笑、やはり会話を聞かれていたかもしれない。自然と身構えるオレに彼女は一言。
「ねえブラピ、今度の差し入れ何がいい?」
朗らかな声で紡がれたそれは、ナナシがオレと顔を合わせるたびに聞いてくる質問だった。対するオレは毎回同じ答えを返してきた。
「お前が作るなら、何でもいい」
「何でもいい、っていうのが一番迷うんだけどなあ。一応考えとくけどね」
オレの返答に苦笑しながら、ナナシはモップの柄を持ち直すと掃除を再開した。床にモップを這わせながらロビーの奥の方へと進んでいく背中を見つめていると、あのピンク玉がナナシの作った菓子を頬張っている光景が脳裏に浮かび上がる。
何故だか無性に胸がざわついてきたオレは、無意識に彼女の背中に声をかけていた。
「待て。次は、菓子がいい」
「へえ、ブラピがお菓子頼むなんて珍しいね。わかった、来週の月曜には持って行くから!」
ナナシは目を丸くするも、オレのリクエストに対して疑問は返してこなかった。先程胸に燻っていた感情は一体何なのか、その正体を掴めそうで掴めないもどかしさを抱える。
一応心当たりはあるが、それを簡単に認めることができない。――もし認めてしまえば、オレがこいつに抱いている感情が何なのか、今度こそ分かってしまうような気がしたから。
今回はカービィが一枚上手。