お互い様
「おい、いつまでやってる」
「ごめん、もう一話読んだら止めるから……」
自室のソファ。後ろから抱きしめてくるブラピに背を持たれつつ、私はスマホの画面に意識を集中させていた。彼の声から明らかに不機嫌なものを感じ取りつつも、視線は目の前の文字を読み込むべく左右に動かしている。
最近私が熱を入れているこのゲーム。これまた面白いもので、魅力溢れるキャラクター達が織り成すストーリーは笑いあり、涙ありととにかく惹き込まれてしまうのである。
毎月開催されるイベントも各キャラクターを上手く引き立たせるように練られている内容ばかり。そんな訳で今も話の続きが気になる為、ゲームを進行させることに熱中しているというわけだ。
しかし耳元で大きなため息を吐かれたことで、思わず全身が強張ってしまう。そして同時にお腹に回されていた腕がするりと離れていく感覚。あ、これは非常にまずいかも。
恐る恐る振り返ってみると、案の定眉間に皺を寄せているブラピの姿。その表情からは明らかな怒りが読み取れるけど、そんな姿もなかなか絵になる――とか思ってる場合じゃないか。
「三十分前も同じこと言ってただろうが」
「だって、この話もすごく面白くて……」
「はっ、オレといるより楽しいってか」
吐き捨てるように言い放つと、彼はソファから降りようとする。どうやら本格的に拗ねてしまったようだ。一度こうなると中々機嫌を直してくれないのは、恋人である私がよく知っていることだったのに迂闊だった。
「ごめん、ブラピ」
「何に対して謝ってる?」
「えっ、だから……ゲームに夢中になってたこと」
「ナナシ。お前、何も分かってないな」
呆れたような声色と共に、私の頬にしなやかな指先が触れる。そのまま顎を持ち上げられれば、視界を埋める彼の顔。こんな状況だというのに見惚れてしまうのは、惚れた弱みという奴だろうか。
ふと我に返ると持っていたはずのスマホが消えている。慌てて見渡すとそれはブラピの手の中にあるではないか。
「ふん、確かこいつがお前の"推し"とか言ってたな。オレの存在が見えないぐらい良い男って訳かよ」
突き出されたスマホの画面に映し出されているのは、紛れもなく私がこのゲームの"推し"としているキャラクター。
それは黒髪短髪で目つきの鋭い青年で、ぶっきらぼうだけど情に厚い一面もある。なんとなくブラピに似ているからという理由で推しているのは、彼には内緒にしてきた。
「た、確かに好きなキャラだけど……それは恋愛とは別だって!」
「なら証明してみせろよ」
言うなりどかり、とソファに腰掛けるブラピ。今度は私がため息をつく番だった。君こそ何も分かってない。私がどれだけブラピを想っているかを。
普段見せてくれるさりげない優しさも、負けず嫌いな所も、その不貞腐れた表情も、何もかもが愛おしくて仕方ないというのに。
私はブラピの横に座り直すと、彼の頬に手を添える。そしてゆっくりと顔を近付けていけば、どこまでも黒い瞳が僅かに揺れた気がした。
「分かった。いくらでも証明してみせるから」
そう囁くと同時に唇を塞いでやれば、柔らかな感触を伝え合う。最初は優しく触れ合うだけだったキスは次第に深くなっていった。
互いに舌を絡ませ合い、唾液を交換し合うような濃厚な口付け。息継ぎの為に一瞬だけ離すと、ブラピの手が後頭部に伸びてきて押さえつけられる。
まるで離すまいとするかのような勢いに、鼓動が高鳴るのを感じつつ夢中で舌を絡めていった――。
そうしてどれくらい経っただろう。不意に唇が離されると、互いの舌先を繋ぐ銀糸が見えた。それがなんだかとてもいやらしく、顔から熱が引いてくれない。
「これでも足りないなら、ブラピが満足するまで……何回でも、するよ?」
息を切らしながら冗談めかして言ってみれば、うなじに添えられたままの手によって再び引き寄せられた。先程よりも荒々しく貪るような舌の動きに翻弄されつつ、必死にそれに応えていく。
ようやく解放されたかと思えば、そこには不敵な笑みを浮かべる彼の姿があった。ああ、そんな顔も本当に好き。
「上等だ」
そう言うや否や、今度は首筋に顔を埋められる。生暖かいものが這っていく感覚に堪らず吐息が漏れれば、それを聞き取った彼がくすりと笑みをこぼす。
「ちょっと、ペースってものが……あるでしょ」
「お前が誘ってきたんだろ。簡単に根を上げたら容赦しない」
耳許に響く低い声音にぞくりとしたものを感じてしまう自分にすら興奮してしまう。普段は迫られるばかりだったし、たまにはこういうのも良いかもしれない。我ながら重症だと苦笑しつつ、彼の首に腕を回して引き寄せた――。
最初は単純に嫉妬ネタにするはずだったんだ……けども、なあ。