ブラピ短編8

Morning glow

縋る先は

 お菓子とは、ただ甘ければそれで良いわけではない。くどすぎても口に運ぶ手は進まないし、かといってあっさりしすぎても満たされない。
 まるで恋愛みたいだなと思いながら、ピーチ姫お手製のケーキにフォークを刺す。一口大にして口に運べば、しっとりしたスポンジの食感と生クリームの優しい甘さが心を癒してくれる。

「どうかしら、ナナシ。今日は材料を少し変えてみたのだけれど」
「今回のもとても美味しいです。やはりピーチ姫のお菓子は最高ですよ!」
「ありがとう。そう言って貰えると嬉しいわ」

 浮かぶままに本心を伝えると、ピーチ姫は口許に手を当ててふわりと微笑む。その仕草は愛らしく気品溢れていて、思わず見惚れてしまう。

「マリオさんやクッパさんが貴女に夢中になるのもよく分かります。こんなに魅力的な女性が側にいたら……男性が放っておく訳ないですから」
「あら、あなたにだってブラピさんという大切な人がいるでしょう?」

 突然姫の口から恋人の名前が出てきて、心臓が痛いくらいに跳ね上がった。本当なら軽く惚気てもいい場面だというのに、私の顔は自然と曇っていく。

「もしかして、ブラピさんと上手くいっていないの……?」
「いえ、そうじゃないとは思いたいんですけど……でも、最近どう距離を詰めていけばいいのか、分からなくて」

 二か月前のある日。ひょんなことが切っ掛けで思いを打ち明けた私とブラピは、晴れて付き合うことになったのだが――そこからが問題だった。
 今まで二人きりで出かけたことなんて数えるほどしかないし、手を繋いだことさえない。キスどころかハグすらまだだし、何よりデートらしいデートをしたこともない。
 そんな関係を続けていれば当然不安にもなるわけで。しかしこのままではいけないと思い、私から積極的に接してみようにもブラピの性格をみるに鬱陶しがられるのではと躊躇う日々。

「……というのが現状なんです。ブラピも相変わらず笑顔なんて殆ど見せてくれなくて、どうしたらいいのかと」
「それほど苦しそうに悩んでいるんだもの。あなたは本当にブラピさんのことを好きなのね」
「はい……! だからこそ、彼の気持ちを知りたいんですけど……」

 私はブラピのことが好き。いつも仏頂面で不機嫌そうに見えるけど、その内には確かな優しさといった暖かなものを抱えている。そして頑固ともいえるぐらい芯が強い人。
 こうして外側だけ見ていては気付かない部分に触れていく内に、気付けば心を奪われていた。そして彼も私の気持ちを受け止めてくれた上に、自身の想いをぶつけてくれたからこそ今の関係がある。

「ナナシ、迷っていては何も進まないわ。ブラピさんと、二人きりで話し合うべきだと思うの」
「話し合い……ですか」
「そう。しっかり彼の目を見て、自分が抱えているものをさらけ出すのよ。告白だってできたんだもの。きっと上手くいくわ」

 そういって優しげに目尻を下げるピーチ姫を見ていると、少しずつ霧が晴れていくような感覚がした。確かに彼女の言う通りだ。一度はブラピに気持ちをぶつけたし、彼だって同じぐらい私に愛を伝えてくれた。
 こんな風に彼と共に様々な経験を重ねて、私達だけのペースで確実に進んでいけば良いんだ。

「ありがとうございます、ピーチ姫! 私、頑張ってみます!」
「ええ、応援しているわ」

 柔らかな笑顔に背中を押され、私は自然と椅子から立ち上がっていた。姫に頭を下げて部屋を出た私は、この足を大切な人の元へと向けた。
 緊張してきたことで鼓動も高まっていくけど、決して嫌な感覚ではない。むしろ胸の内がじんわりと温かくなっていて――

***

 ナナシが出ていき静かになった部屋の中、私は一人紅茶を楽しむ。目を閉じて香りの余韻に浸っていると、脳裏にある出来事が浮かび上がった。
 一昨日の午後、中庭で休憩をしていた時のことだったわ。珍しいことに、ブラピさんが私の所にやってきたの。自信家の彼にしてはいつもの覇気がなく、どこか寂しげに瞳を歪ませていて。

"あら、ブラピさん。私に何か御用?"
"……アンタに聞きたいことがある"

 彼から聞かれたのは、恋人のナナシが普段自分のことをどう言っているかという内容。私に問いかけたのも、ナナシと交流の深い仲だからという理由だったの。
 恋人としてどう接するべきか分からず、苦慮しているというのが痛い程に伝わってきて――私は今日ナナシにしたアドバイスと同じことを、彼にも話していた。

"そうね……まずはナナシと話し合うこと。焦らずお互いに分かり合えるまで、二人だけの時間を重ねるのも大事なことだと思うわ"

 すると、彼は一瞬躊躇うような素振りをしたけれど、やがて顔を引き締めると頷いてくれた――


 そういうこともあったから、ナナシとブラピさんはこれからもきっと素敵な関係を築いていけると確信しているの。だって二人ともお互い想うあまり、あれだけ苦しそうに頭を悩ませていたのだから。

***

 後日、寄り添いながら街へ出掛けていく二人を見て頬が緩んでいくのを感じていた。

「今日こそ岬の方に行こう! 晴れてるし海も綺麗だろうなあ」
「けっ。あんなとこ、ただ潮風浴びてベタベタになるだけじゃねえか」
「はあー、ブラピにはもっと女心を学んでもらわないとね。という訳で早く行こ行こっ」
「どういう訳だっ、おい、腕引っ張るな!」

 意気揚々と玄関へ向かうナナシと、反発しながらも満更ではなさそうなブラピさん。あの様子だと無事に仲を深めることができたみたい。私はそんな彼らの後ろ姿を微笑ましく見送っていた――

「ふふ、本当にお似合いの二人ね」

お姉様から後押しをしてもらう話でした。多分ブラピって姫様辺りには強く出にくそう。




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