クラウス短編2

Morning glow

残雪

 昨夜のこと。オリシモ山から降りてきた分厚い雪雲がノーウェア島の南部を覆い、私の暮らすタツマイリ村一帯に大雪をもたらした。
 朝起きるとすぐに庭の雪かきを始めたものの、雪の量は思ったよりも多く作業は中々進まない。休憩のため一旦家に戻ってきた私は、積もった雪を眺めている内に、昔のことを思い出していた――

***

 確か四年ほど前のこと。あの日もひどく冷えていて、"今夜は雪が降るのでは"と、村中で噂になっていた。
 雪の対処で苦慮する大人達を他所に、村の子供達は明日の遊びのことで頭がいっぱいだった。
 当然私も例に漏れず、幼馴染の双子の兄弟クラウス、リュカと共に雪遊びについて盛り上がっていたのである。

「雪といえば雪合戦だな!」
「危ないのはやだよ……ぼくは、かまくら作りたい」
「いーや、雪合戦!」
「ケンカしないの! 明日はどっちもやろうよ」

 元気すぎるやんちゃな兄のクラウスと、気が優しくて大人しい弟のリュカ。そして私の三人は誰かが欠けても成り立たない、そんな関係。
 リュカがテリの森で迷子になれば夕暮れまでクラウスと一緒に探し回り、クラウスの悪戯で大人から怒られる時は私とリュカも巻き添えにされる。なんだかんだ三人で一緒にいるのは当たり前のことだった。

「それじゃ朝一番、広場に集合ってことで。リュカは寝坊したらぼくが起こしてやるからな!」
「うぅ、朝は弱いのに……」
「雪遊びなんて滅多にできるものじゃないもん。リュカも頑張って起きよう?」

 自信無さげに俯いていたリュカは私の声を受け、"頑張る"とはにかみながら頷いてくれた。数年振りに雪が積もると思うと、今から楽しみで仕方がない。その後解散し、家に帰った私の心は浮かれきっていた。まさか、それが災いするとも知らずに――
 夜、家の手伝いのために二階から荷物を運んで降りようとした時だった。窓に映る粉雪に目を奪われた私は、足元が疎かになり階段を踏み外してしまったのである。
 幸い頭を打ったり骨折はしなかったものの、右足首を捻挫してしまった。少し痛む程度だし、これなら一晩経てば治るだろうと甘く見ていたのがいけなかったらしい。翌朝になると患部は腫れていて、歩くことすら困難な状態になっていた。
 それでもクラウス達と遊ぶ約束は守りたくてお願いをしてみたものの、当然親から許可が出るはずもなく。

「お母さん、やっぱり……ダメ?」
「当たり前でしょ。治るまでは部屋で安静にすること!」
「……せっかくの雪なのに、こんなのって無いよ」

 不貞腐れつつも、いつもより控えめな抗議。駄々をこねても無駄だとわかっているからで。ただ、やはり内心は悔しくてたまらなかった。楽しみにしていた分、喪失感も大きかったのである。
 仕方なくベッドに横たわると、玄関の方から声が聞こえてきた。一人はお母さんのもので、もう片方はクラウス達の声。多分待ち合わせの場所に来ない私を迎えに来たんだろうな。

「おばさん、ナナシはどうしたの? 遊ぶ約束してたのに来ないんだ」
「クラウスちゃん、リュカちゃん、ごめんね。娘はちょっと怪我しちゃって……」
「えっ、ケガ……大丈夫なの?」
「足を痛めちゃってね。でも数日すれば良くなるわ。心配してくれてありがとう」

 母の声を最後に会話は止まり、窓からは双子の後ろ姿が遠ざかっていくのが見えた。二人とも肩を落として俯いているもので、申し訳なさで胸が締め付けられる。
 静かな部屋の中、外からは大人達が雪かきをする音や楽しげな笑い声が響いていた。私はベッドに横たわったまま、ただぼんやりとそれを聞いてるだけ。

「雪遊び……したかったな」

 きっとこの足が治る頃には遊べるほどの雪は残っていないんだと思うと、大きな溜め息と共に視界が潤んできた。


 翌朝、目が覚めた私は包帯が巻かれた足首をそっと擦ってみた。すると指が触れた途端に鈍い痛みが走り、思わず顔をしかめる。流石に一日で回復するわけがないかと落胆しつつ窓の方に向いた時、私は小さく声を漏らした。

「あれ? いつの間に……」

 外側の窓枠に、小さな雪だるまがぽつんと乗っている。両手に収まるぐらいの大きさで、木の実で作られた目がこちらを見つめていた。一体誰が何時の間に、と考えたものの答えは浮かばず。
 ただ少なくともイタズラといった悪意を感じることはなく、とりあえずこのまま置いておくことにした。なんとなく、眺めていたかったという気持ちもあったから。
 日光を浴びて輝いていた雪だるまは昼を過ぎた頃には少しずつ小さくなっていき、次の朝には僅かな雪と木の実を残すのみ。しかし、今度はその隣に雪うさぎが置かれていたのである。
 よく見ると形がちょっと歪だったけど、赤い実のつぶらな瞳がなんとも愛らしく、私の口元は自然に緩んでいた。それからも窓の外に雪だるまや雪うさぎが置かれる日々が続く。毎日"誰か"が置いてくれているのかと思うと不思議と嫌な気はせず、心が温かくなった。
 そんな翌日の早朝のこと。外から聞こえてきた物音によって意識が覚醒した私は、音の正体を確かめるべくそっと窓際に身を寄せると、まずは作りたてと思われる雪だるまが視界に入る。
 外はまだ薄暗いものの、じっくり目を凝らすと庭の中を歩く人影を捉えることができた。大きさからして私の背丈と変わらないぐらい。そして薄闇にぼんやりと浮かび上がる、オレンジ色の反りたった髪。
 人影はざくざくと雪を踏みしめながら小走りで動いており、急いでいる様子で庭から出ていった。その時外灯に照らし出された馴染みある横顔に、私は笑いを堪えきれずベッドに倒れ込む。そうか、そういうことだったんだ――


 あれから日を追うごとに足の具合も良くなり、包帯も取れた頃。積もっていた雪は殆ど溶けており、タツマイリ村の景色は以前の様相を取り戻しつつあった。そしてようやく親から外出の許可が出た私は、早速双子の家に向かったのである。
 庭先ではクラウスとリュカが愛犬のボニーと遊んでいて、久々の光景に嬉しくなった私は大きな声をかけてみる。すると二人は目を見開かせ、満面の笑顔を浮かべながらこちらに走ってきた。

「ナナシ、久しぶり……だな!」
「もう足は大丈夫なの?」
「うん、やっとお母さんから遊びに行っていいって許可出たんた。ごめん、一緒に雪遊びするって約束守れなくて……」

 二人に会えたら真っ先に伝えたかった言葉。深く頭を下げると彼らは慌てた様子で側に寄ってきた。

「そ、そんなの気にするなって。これからまたいっぱい遊ぼう!」
「クラウスの言うとおりだよ。君が元気になったらそれで良いんだから……!」

 暖かな言葉に胸が熱くなっていくのを感じる。私は何度も頷きながら笑顔を見せると、彼らは安堵の表情で微笑み返してくれた。そしてクラウスが毎朝早くに私の家に通い、雪だるまを作って置いてくれていたことは――私の胸の中に閉まっておくことにした。
 直接問いかけてお礼をすることは、なんだか彼の気持ちにそぐわない気がする。その上照れ隠しでとぼけるだろうということも想像に難くない。だからこそ私はこの一言に感謝の思いを込めるのであった。

"ありがとう。また三人一緒だね!"

 村から雪が溶け去っても、これから何年経とうとも、あの雪だるま達はいつまでも心の中に在り続けるから――

***

 懐かしい光景を浮かべながら、淹れたてのジャナイカティーを一口。体内から熱が広がっていくのを感じつつも、胸の奥ではじんわりとした痛みが押し寄せる。
 三人の絆は、この雪のように溶けるほど脆くはない。これからもずっと続いていくものだと、そう思っていた。私達の未来をいとも容易く引き裂いた、あの"嵐の夜"までは――

MOTHER3の没BGMを聞いていて思い浮かんだ話。最後までほのぼので締めるかかなり迷った。




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