ダスター短編1

Morning glow

Curious

 このタツマイリ村に移住してから半年となる私には、最近気になっている人がいる。村の外れにある家に住む青年で、名をダスターという。
 私は彼とたった数回しか顔を合わせたことはない。だけども一回だけ見せてきた優しげな笑顔が、何故か脳裏に焼き付いて離れないのである。
 そんな彼は"ドロボー"という肩書きを持つという。それでは彼は悪人なのか。答えは"ノー"である。少なくとも、私の中では。その証拠にダスターさんが村の中で盗みを働いたという話を一度も聞いたことがない。それどころか他の村人との仲も良好。
 それでも彼は"ドロボー"という名を背負いながら、この村で生活を続けている。一体どんな過去が彼を"ドロボー"と呼ばれる立場に縛り付けているのだろうか。
 考えれば考えるほど謎は深まるばかりで、私はいつしか不思議な彼に思考を奪われつつあった――


「御免下さい。ダスターさん、いらっしゃいますか?」

 正々堂々、玄関のドアをノックする。こそこそ調べ回るのは今日で終わりだ。少し待つと家の中よりやや不規則な足音が聞こえてきた。やがてドアが開かれ、ダスターさんの顔が露わになる。

「……ん? 君は確か、リュカやクラウスの友達の、」
「はい、ナナシと言います」

 私は軽く頭を下げて挨拶をする。一度か二度しか顔を合わせていないというのに、彼は私を憶えてくれていたようだ。ダスターさんの視線は私の全身を一通り見回すと、最後に顔へ戻ってくる。

「それで、何か用かな?」
「ええと、聞きたいことがあって……」

 私がそう答えると、ダスターさんは家の中に招き入れてくれた。警戒されているのかと思いきや、意外にもあっさりとしたものだ。
 棚には日用品の他に、見たこともないような物が並べられている。確か父親のウエスさんと二人暮らしだと聞いているけど、今は出かけているのか姿は見えない。

「大したものはないけど、とりあえずこれでも」
「あ……いただきます」

 彼の手にあるコップからはジャナイカティーの香ばしい香りが漂ってきた。一緒に出されたこのみクッキーからはほんのりとバターの気配が。早速口に入れるとサクッという音と共に舌の上で優しい甘さが広がる。
 ほっこりとした味に頬を緩めると、ダスターさんもつられて微笑む。そうだ、私はこの笑顔が忘れられなかったんだ――

「美味しいです……!」
「それは良かった。ところで、聞きたいこととは?」

 優しげな笑顔に思わず見とれてしまうものの、本題を切り出されて言葉が上手く繋げられない。それを察してくれたのかダスターさんは静かに話を促してくれる。

「何でもいいよ。おれに答えられることなら」
「……こういうことを聞くのも失礼だと思ってはいるんです。でも、どうしても気になって……ダスターさんは、どうして"ドロボー"と呼ばれているんですか?」

 果たして何と答えてくれるだろうか。その理由によっては、今度ダスターさんへの見方が変わってしまうかもしれない。それだけは避けたかった。
 今日家を訪ねたのだって、本当はもっと彼のことを知りたいという望みがあったからこそ。

「……実は、物心ついた時からそう呼ばれていた。理由も分からないまま、親子共々その肩書きを名乗ってきたんだ」
「それじゃ、幼い頃から……ってことですか?」
「多分そうだと思う。でもおれには母との記憶はないし、父も詳しいことは聞かせてくれない。代わりに教わったのは専用の道具を駆使する"ドロボー術"と足技。それと盗みの極意といったものかな」

 そう語るダスターさんの表情は淡々としたものだった。本人が分からないと言うなら、これ以上は何も聞き出せないだろう。
 それでも私は少し安心していた。肩書き通りに泥棒としての能力を備えてきたにも関わらず、悪事に手を染めることなく今日まで生きてきたという事実。
 肝心なことは分からず終いだけど、大切なことを知れただけでも十分だった。彼は飲んでいたお茶をテーブルに置くと、思い出したかのように口を開く。

「そういえば父はおれに色々教えている間、口癖のように"来る時の為に"って言っていた。間違いなく関係していると思うんだが……」

 呟くように言葉を区切ると途端に険しい顔をするダスターさん。真相は父親のウエスさんのみぞ知るといったところか。

「こんな感じになってしまったけど、期待に添えられなくてすまないね」
「いえ、無理を言っていたのは私の方なので……ありがとうございました」

 私は深く頭を下げると、コップに残っていたお茶を飲み干して席を立つ。今日は突然押しかけてしまったし、あまり長居をするのも迷惑だろう。そろそろ帰ることを伝えると、彼は玄関先まで見送りに出てくれた。

「あの、また来てもいいですか……? 今度は話友達という形で」

 この家で過ごした僅かな時間で、俄然彼に対する興味が増していたのである。すると彼は目を丸くして驚いている様子だった。
 これは少し踏み込みすぎたかもしれない。慌てて取り繕うとするも、その前に彼が口を開いた。

「おれと友達になんて、変わっているな」
「今日話してみて、やっぱりダスターさんって良い人だなって思ったんです。だから、もっとあなたのことを知りたいなって」

 本心からそう答えると、今度は照れ臭そうに頰をかくダスターさん。こうしてよく見ると他の人と変わらない、表情豊かな人だ。

「そうか……分かった。じゃあ改めてよろしく、ナナシ」
「はい、よろしくお願いします!」

 差し出された手をしっかりと握り返す。この日以来、私とダスターさんは友達になったのである。
 それからというもの、私は頻繁にダスターさんの家を訪ねるようになった。特に用事があるわけでもなく、ただお喋りをする日々。
 最初こそぎこちなかったものの、今ではすっかり打ち解けている。私も自然と敬語を外して話せるようになっていたし、たまにリュカやクラウスと一緒に遊びに行くこともあった。
 その中でウエスさんとも親しくなり、お手製の"はしり玉"や"イカヅチ玉"といった特殊な道具の使い方をこっそりと教えてもらったりもした。これも"来る時の為"だという。
 こうした日々の中、今でも私の内にはとびきりの好奇心が渦巻いていた。ダスターさんが"ドロボー"と呼ばれる本当の理由。ウエスさんの言う"来たる時"とは。
 彼らと過ごしている今も皆目見当がつかないけど、いずれ全てが分かる時が来るんだろう。その日を待ち遠しく思いながら、今日も私はダスターさんと共に平穏を過ごしていく――

甘さは控えめ。友情ものです。現段階では憧れの混ざった何か。恋心に発展するのは数年後でしょう……。




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