アイク短編1

Morning glow

至福のMidnight

 消灯時間を優に過ぎた頃、足音を忍ばせてやって来たのは厨房。今からこの場所で、私の至福の一時が始まるのだ。週に一度の夜勤を終えた者にしか味わえない、魅惑の夜食タイム。
 万が一誰かが通りかかってもばれないように部屋の電気は付けず、持ってきたライトの明かりを頼りに調理を始める。この屋敷の使用人という立場である以上、冷蔵庫のものには一切手は出さない。勿論調理後は痕跡を残さないよう、きっちりと後片付けも忘れずに。
 今回用意した材料はじゃがいもにチーズに焼きたらこ。そしてきざみ海苔と、汁物として用意したコンソメスープの素だ。鍋に水と芋を入れてコンロにかけると、自然に口許が緩んでしまうのは仕方のないこと。
 この適度な緊張感と背徳感がスパイスとなり、すっかり病みつきになっているのだから。

「ふふふ……やっと茹で上がった」

 今夜はスライスした芋にチーズとほぐした焼きたらこ、きざみ海苔をかけて完成というお手軽レシピ。シンプルだけどこれがまた美味しいもので、材料費も安く済むという至高の一品なのである。
 さてさて、今宵もじっくり味わわせてもらおうではないか。こうしてウキウキと薄く切った芋に具を乗せて盛り付けていた時だった――

「……こんな遅くに何をしている」

 突然声をかけられたと同時に部屋が明るくなる。私は思い切り肩が跳ね上がり、全身に鳥肌が立つのを感じながらもなんとか具材は落とさずに済んだ。
 恐る恐る振り向くと、声の主は厨房の入り口で腕を組み眉間に皺を寄せていた。今最も見つかってはいけないであろう人物、その名はアイク。何故かというと、怒ると物凄く怖い人だからというもので。彼は私から皿の上の芋に視線を移すと、今度は大きな溜め息をついた。

「物音がすると思って来てみれば、夜食なんぞ作っていたとはな」
「ひいぃ、どうか見逃してっ。週一の楽しみなんだよ……」

 何度も頭を下げてお願いしていると、アイクは私の横を通り過ぎ――皿に盛られた芋を一口食べ始めたではないか。しばらく無表情で食べ続ける彼を、私は何も言えずに見つめることしかできない。

「……これは、何て言う料理だ」
「えっ、これは"カナッペ"っていうのに似たようなもので……」
「ナナシが考えたのか」
「いや、結構前からこういう食べ方は人気あってね……って、また摘まんでるし」

 てっきり怒られると思っていたのに、ずいぶんと意外な展開である。戸惑いながら答えているうちに、彼はあっという間に全て平らげてしまった。私の分は作り直しになったけど、怒られるよりはマシだと思うしかないか。

「また来週、この時間にここに来い」
「は……い?」

 まさかの言葉に耳を疑う。しかし彼が冗談を言うタイプではないということは知っているし、何より目が本気そのものだったから頷くことしかできなかったのである。一体何故こんな流れになってしまったのだろうか――

***

 それからというもの私とアイクは週に一度、夜中の厨房で一緒に夜食を食べるという奇妙な関係になっていた。私は夜勤明け、彼は夜遅くまでトレーニングルームでの鍛練を終えての食事という形だ。
 この日は材料を用意する暇もなかったのでカップ麺にしたんだけど、"芋のやつじゃないのか"などと複雑そうな反応を見せるも完食してくれるあたり安心する。
 そして最近では自分でも作ってみたいなどと言うようになり、今は簡単な焼きおにぎりの作り方を教えているんだけれど――

「ちょっとちょっと、そんなに力込めたら潰れちゃうよっ」
「硬めに握れと言ったのはお前だろう」
「そうだけど限度ってものがあるでしょ……」

 料理の腕に関してはこの有り様。一方剣の腕は一流で、乱闘では見るからに重そうな大剣を軽々と振り回す豪腕の持ち主。
 そんな彼に力の加減を教えるというのは中々に難しいものだった。思わず何度も溜め息がこぼれてしまう訳だけど、こっそり一人で夜食を作るのとは別の意味で楽しんでいる自分がいる。

「来週はステーキにするぞ。リブロースかサーロインか……悩みどころだな」
「それもう夜食ってレベルじゃないよ。そもそも肉を焼く音でバレるってば」

 出来上がった焼きおにぎりを片手に盛り上がりだしたアイクを宥めつつ、頭の中では夜食に合う肉料理のレシピを模索している私であった――

初のアイク夢。ひたすらほのぼのーとしてます。




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