アイク短編4

Morning glow

愉悦のMidnight
※至福のMidnightの続編です。先にそちらから読むことをお薦めします。

 週末の深夜になる度、自分へのご褒美としてこっそりと夜食を作っていた私。しかしある夜、アイクにバレてしまってからというもの、どういう訳か彼と秘密の夜食を摂るようになっていた。
 いつもは私が持参した物を一緒に食べるんだけど、稀に彼が作りたそうにしている時は私が補助をして夜食を作る日もある。
 前は一人分を用意するだけで済んでいたのに、今ではアイクの膨大な食欲に合わせることで倍以上の量を確保することになっているため、かなり手間がかかっているのが現状。
 しかし毎回美味しそうに食べている姿を見ていると悪い気もしないのだけれど。そして抱えている課題はこれだけでなく――

「そろそろ肉も食べたい」
「だから前にも言ったでしょ。匂いや音でバレるって」

 こうしてアイクが肉料理を強請ってくる度に却下しないといけないことだ。大体彼が要求するのはステーキといった大掛かりな一品。いざ深夜にそんなものを作ろうものなら、鼻の利く一部のファイター達に感付かれ、私の夜食事情が瞬く間に明るみになってしまう。

「そもそも夜食なんだからさっくり食べられるものでいいんだよ」
「そうは言うが、この前はカップ麺を食べたじゃないか」
「あー……あれは、あっさり塩味だし?」
「お前は容器に書かれてる成分表の数値を見ないのか?」

 アイクの真っ当過ぎる正論は彼の愛剣ラグネルの如く私の胸に深々と突き刺さる。彼の言葉の刃を抜き取ろうとなんとか試みたけど、今の私では何を言っても説得力がない。
 現に私の倍近くの量を平らげるアイクの体型は変わらず引き締まっていて、恐ろしく燃費の良い身体をしているのが伺える。これも日々の厳しい鍛練によって作られた肉体だからこそだろう。

「それに、最近お前の顔が丸くなってる気がするんだが」
「うぐ……っ!」

 連撃のごとく畳み掛けるような鋭い指摘に堪らず息を詰まらせる。そう、日々仕事で忙しなく身体を動かしているとはいえ、最近お腹周りの肉付きが気になってきていた。
 最近では仕事で疲れていることを言い訳にし、調理の楽なカップ麺や冷凍食品で手早く済ますことも増え、夜食の質を落としてしまっているのも事実。
 ただ自覚をしているのと実際に他者から指摘を受けるのでは、これ程までにダメージの度合いが変わってくるものなんだと改めて実感する。

「……返す言葉もないよ」
「分かってくれたか。なら来週こそ良質なタンパク質の摂れる肉を、」
「それとこれとは話が違うってば!」

 不服そうに眉をひそめるアイクを横目に、今後について改めて考えることにした。ちなみに夜食自体を止めるというのは論外。ならば、後は"何を作るか"が課題となるけれど――

 翌週の夜。仕事を終え、風呂を済ませた私は消灯時間になったのを見計らって食堂へと向かった。手に提げている袋の中には、私がこの一週間で考え抜いた"ある一品"を作るための材料が入っている。
 食堂の前に着いた私は一旦ライトを消して中を覗き込むと人の気配がないことを確認した。アイクは鍛錬もあるので大抵私の後にやってくることは分かっているけれど、稀に厨房の冷蔵庫を狙って忍び込む困り者を見かけることもある。だからこそ毎回食堂に入る際には細心の注意を払う必要があった。
 ひとまず安心して奥の厨房へたどり着くと、音を立てないようそっと袋を開けて中身をまな板の上に広げる。ささ身のパックにカットキャベツ、大葉、梅肉のチューブ、そしてポン酢。

「さて、アイクが来るまでに作っておこうかな」

 まずは鍋の水を沸騰させ、ささみの筋を取った後は中火にかけてじっくり芯まで熱を加えていく。その間に大葉を刻み、茹で上がったささみの粗熱が取れたら一口大に解し、器に入れてポン酢と梅肉を入れて混ぜ合わせる。
 そして皿の底にキャベツを敷いておき混ぜたものを盛り付け、最後に刻んだ大葉をまぶせば"茹でささみの梅ポン酢和え"の完成だ。
 匂いを出さず、大きな音を立てない調理法。それは茹でること。これなら肉をヘルシーに仕上げることが出来る上に、焼くよりもタンパク質といった栄養素を壊しにくい。
 そして大葉と梅、ポン酢を加えることによりさっぱりとした風味に仕上がっていて罪悪感が薄いのもポイントだ。

「後はアイクが気に入ってくれるかどうかだなあ……」

 完成して間もなく食堂に来たアイクは、私に一言かけるついでに席に座ると目の前の一皿をまじまじと見つめていた。今まで出したことのないタイプの料理だから、珍しく思うのも無理はないだろうと思う。

「ナナシ、これはもしかして肉じゃないか?」
「うん、あれから考えてたんだ。深夜でも作れそうな肉料理って何だろうってね。そうして思いついたのがこれ」

 茹でれば済むなんて今思えば至極単純なことだったのに、何故もっと早くに気付かなかったのかと自身の鈍さを悔やむ。アイクが望むような豪快な物は出せないけれど、せめて肉を食べたいという要望だけは叶えたかった。

「……ステーキとかハンバーグとかじゃなくてガッカリしたと思うけど」
「俺は、作ってくれたものに文句を言う程愚かじゃない。早速食べていいか?」

 もう我慢の限界と言わんばかりに急かしてくるアイクの瞳には、期待を込めた輝きが宿っている気がした。それがどうにもくすぐったくて堪らない。
 どうぞ召し上がれ、と言うと彼は用意しておいたフォークを手に取り、ささみに大葉を絡ませて口に運んだ。果たして彼の好みに刺さるだろうかと心配しながら反応を待っていると、咀嚼していた口元の動きが次第に落ち着いていくのが分かった。

「美味い。よく見たら梅も混ざってるんだな。さっぱりしてて食べやすい」
「そう、良かったー……」

 ほっと胸を撫で下ろしながら、私もまた皿に手を伸ばして食事を始めることにする。柔らかく解れたささみに梅とポン酢の酸味がしっかりと絡んでいて、我ながら上出来だと自画自賛してしまう程だ。
 アイクも食べる手が止まらないようで、気付けば器に盛ってある分も残り僅かとなっていた。酸味による増進作用が彼の食欲に火をつけてしまったのかもしれない。これでも多めに作ったつもりだったけど計算違いだったようだ。

「思うんだがナナシ、茹でるのが良いなら今度はしゃぶしゃぶも出来るんじゃないか?」
「確かに……って、豚肉じゃ脂身が多いししゃぶしゃぶ自体夜食向きじゃないよ」
「勿論牛肉に決まってるだろう。肉は俺が用意してやる」
「だから夜食だってこと忘れてないっ?」

 解決の糸口が見つかった途端にこれである。結局こうなるのかと小さく溜息を漏らす私を余所に、目の前の男はもう次の献立を考え始めている様子。しかしここで上手く舵を取り、二人で美味しく身体に優しいメニューを考えるのも楽しくなってきた自分がいた――
 
 あの夜以来、街のスーパーの食品売り場でアイクと買い物をするようになった私。そんな様子を偶然他のファイターに見られたことで、"週末は夫婦で買い物か"なんて茶化されてしまうようになったのが最近増えた悩みである。

話に出てきたレシピ、実際に作ってみると美味しいのでよければ是非…。




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