ジェフ短編2

Morning glow

きっと君だけ

※このヒロインはジェフと同じフォギーランド人です。

 部屋中で明滅する電子機器。鼻を突くオイルの匂い。鼓動のように一定のリズムを奏でる機械音。私は今――あの有名なアンドーナッツ博士の研究所に来ていた。
 この日スクールはお休みで、特に予定もなかった私は博士の息子であり友人のジェフに差し入れを持ってきたのである。
 目の前にはドライバーを片手に細々とした部品を組み立てている天才の姿。彼の机の上には設計図らしき紙や工具、大小様々な部品が散らばっている。

「ジェフ、もうお昼過ぎちゃうよ。いい加減中断してご飯食べなきゃ」
「ああ、もう少し……この工程を終わらせたら」
「さっきもそう言って作業止めなかったでしょ」

 この通りジェフは発明や機械いじりといったものが好きなんだけど、一度没頭すると休憩してもらうのも一苦労だ。
 こうして私がいくら声をかけても生返事ばかりで、こちらを見向きもしない。仕方なく部屋の隅に置いてあるソファに座って、雑誌を読みながら作業を見守ることにした。
 本当なら差し入れだけ置いて帰ってもいいんだけど、一人にしておくと朝も昼も飲まず食わずで自分の世界に入り浸ることだろう。
 目を離すと夕食ですら冷凍食品やカップ麺といったインスタントフードで簡単に済ませてしまうと、よくトニーから聞かされていたから余計に放っておけない。
 つまり現実に引き戻す役がいないと駄目なのである。例えば――私のようなお節介な暇人が。
 少し経つと彼は一度手を止め、大きく背伸びを始めた。ようやく休憩をする気になったのかと期待を込めてみるも、再び工具を手に取る姿に肩を落としてしまった。
 痺れを切らした私は立ち上がると、文句を言うついでに机の上にあった完成品らしきものを手に取る。赤と白の塗料で塗られていて、先端は鉛筆のように鋭く尖ってる。
 それはほんのりと火薬の匂いを漂わせていた。一見するとただの筒だけど、底の方には噴射口のようなものも付いている。
 暫くの間じっくり眺めているとジェフの肩がぴくりと動き、慌てた様子で私の手からそれを取り上げた。

「こら、無闇に触ったらダメだ」
「……ねえ、こんなにたくさんのミサイル作ってるけどさ、飽きないの?」
「飽きるわけないよ。それにこれはミサイルじゃなくてロケットだ」

 ようやくまともな返答が来たと思ったらこれだ。私は溜息を吐きつつ、その物体――ロケットを眺める。
 玩具にしか見えないのに、中身はれっきとした兵器だというんだから不思議なものだ。それにしてもここまで熱心になれるほどのものなんだろうか。
 どうせこのまま説得しても暖簾に腕押しだろう。それならと私はひとつ質問を投げかけてみた。

「前から気になってたんだけどさ、ミサイルとロケットってどう違うの?」
「そうだな……簡単に言うとロケットは燃料をガスとして噴射させ推進力を得る装置のこと。ミサイルはそれを搭載した兵器として扱われるものを指すんだ。だからロケット弾とは似て非なるものなんだけど、実は――

 それから私はジェフによる"ミサイルとロケットの違い"による兵器のうんちくとやらを延々と聞かされることとなった。
 一応しっかり聞こうとしていたものの、彼が語りだした内容の半分も理解しきれてはいない。ごめんねジェフ、興味半分で問いかけた私が悪かった。
 先程までとは別人のように饒舌になった彼を前に、最早乾いた笑いしか出てこない。

――というのが主な違いだよ。これで分かったかな?」
「うん……分かった」

 多分、という言葉は出さずに飲み込む。ジェフなりに私にも分かりやすく説明しようとしてくれてたのは伝わっていたから。
 実はもうひとつ感心していたことがある。それは私と話している間も彼は一度も手を休めることはなかったということ。
 ――このようにどこまでも器用な彼を、私は昔から心の奥底で尊敬していた。頭脳明晰で学力では常に上位に居座っているというのに、それを鼻に掛けない性格の良さを併せ持っていて。
 反対に私は深く考えずに直感で行動する性質の人間。彼に勝っているといえば料理の腕と運動神経ぐらい。
 ジェフは表面だけ見れば年不相応とも言えるほどの冷静な少年。しかしやや臆病な部分を抱えているということは、私を含め数人しか知らないトップシークレットだ。
 更に彼が自分自身に対して恐ろしくズボラな人間だということを知っているのは、私と同級生のトニーだけ――

「さて……もう一本作るか」
「はーい、一旦そこまで」

 小さな鉄板に手を伸ばそうとする腕を制したことで、ようやくこちらに顔を向けてくれた。
 如何にも不服そうな態度で口を尖らせていたけど、私としてもいい加減止めなくてはいけない。

「離してくれよ。後一本だけだって」
「全く……今からこんなんじゃ、将来ジェフのお嫁さんになる人は苦労するだろうなあ」

 ため息混じりに零してみる。少し聞き分けが悪い上に不摂生な生活を続けてきた彼と添い遂げるには、相応の根気がなければ不可能だと思う。
 それこそ心底呆れながらも全てを受け入れて支えようとしてくれる――海のような広い心を持つ女性でもなければ。

「……そこは心配しなくても大丈夫だよ」
「へえ、自信有りげね?」
「お嫁さんというか……この先も僕についてきてくれそうな女性なら、一人だけ思い当たるから」

 そう返してくるジェフの青い瞳は、眼鏡の奥で緩やかに細められた。そのまま微笑みながらも、視線は真っ直ぐに私を捉えている。
 ここにきて思いがけない展開に持ち込まれ、私は完全に言葉を失っていた。普段発明品に向けるものとは違う、淡い熱を含んだ眼差しに戸惑いを隠せずにいる。
 まさか私のことを指しているのか――なんてこと、口が裂けても聞けるわけがない。もし違うと言われたら、私の中にある"何か"が壊れてしまう気がするから。

「ナナシって本当にわかりやすいな。ある意味分析のしがいがあるというか」
「ど、どういう意味……?」
「僕が言わんとしていたことは、君が想像している通りのものってこと」

 相変わらず柔らかな笑みを浮かべたまま彼は言う。まるでこちらを試すような物言いだけど、嫌味を感じさせないのは彼の人柄故だろう。
 少なくともその声色と表情からは、私をからかおうという意思は感じられなかった。だからこそ、余計に意識してしまう。
 未知の感覚に振り回されるまま項垂れる私。しれっと作業を再開するジェフ。――しかしよく見ると、彼の頬には私の頬と同じ色が浮かんでいた。

ロケット云々の部分はWikiとかを参考に。




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