似た者同士
今日は休日。空も青く澄みわたっていて絶好のお出かけ日和。だというのに、私はこの一日をどう過ごそうかと迷いながら屋敷の庭を歩き回っていた。
目的もなく出かけるぐらいなら身体を休めればいいとは思うけれど。しかしこんな陽気のいい日に籠っているのは勿体無いという気もする。しばらくの間悩んでいると、突然異臭が漂ってきた。鼻腔から喉の奥まで纏わりつくような独特の臭い。これはオイルの類か、それとも――。
「またリンクが裏庭で変な物煮込んでるんじゃ……」
真っ先に思い浮かんだのはリンクの姿だった。彼は個性派揃いの"スマッシュブラザーズ"の中でも一二を争う健啖家で、魔物の臓器といった不気味なものも珍味として食べる程。
更に驚くべきことに、その気になれば石や木材といった最早食用ですらない物まで平らげてしまうのだから恐ろしい。とにかく、行き先が決まったことで足を裏庭へと向けた。
「やっぱリンクが犯人か……ってあれ、いつもの鍋じゃない……?」
裏庭に着き予想通りの人物を見つけたものの、思っていたのとは違う光景がそこにあった。彼の側に置いてあったのはいつもの大鍋ではなく――一台の機械のようなものだった。
ハンドルらしき部分や前後にはタイヤのような物が付いていて、まるでバイクのように見える。装飾はどこか幾何学的で古めかしく感じられる何とも奇妙な物体。
リンクはその横に膝を付き謎の機械をいじっていたものの、すぐに私の気配に気付いたようで顔を上げた。
「何だ、ナナシか。こんな所でどうした?」
「変な臭いがしてるからまさかと思って見に来たの。てか、何その機械」
「ああ、これオレのバイク。"マスターバイク零式"っていうんだけど、たまには手入れしておこうと思ってさ」
そういってリンクは布で丁寧に機体を拭きあげていく。やはりバイクという認識で合っていたようだ。ならばこの臭いの正体にも納得がいく。
リンク曰く、これも彼の世界で造られた遺物のひとつであり、現代の車やバイクにも引けをとらない性能を持つらしい。過去にはこれに乗ってマリオさん達とサーキットでレースをしたこともあるという。
「もう整備終わるしこれからひとっ走りしようかと思ってるんだけど、ナナシも乗ってみる?」
「え、いいの……って、後ろ座るとこ無いじゃん」
「大丈夫、今取り付けるから」
リンクは腰に付けているシーカーストーンをバイクにかざすと、機体の後部にもうひとつの座席が現れた。一体どういう仕組みなのか全く分からない。流石は古代人による未知の技術が成せる業と言ったところだろうか。
「これでいいよな。座り心地も悪くないから」
「はあ……」
呆気にとられている私をよそにリンクはバイクに跨がると、にこやかに後ろの席を叩いて促してきた。
「じゃ、じゃあ、失礼しまーす……」
恐る恐る腰掛けてみるとその座りやすさに驚く。こんな奇妙な形なのに、長時間乗っても疲れなさそうな安心感があった。手渡されたヘルメットを被り、そっとリンクの両肩に手を掛けると筋肉の厚みを感じて妙に意識してしまう。
「しっかり掴まってて」
そう言うや否やリンクはバイクを発進させた。屋敷の庭を抜け、林道を走り抜けていくと見慣れた街並みが近付いてくる。最初は少し怖かったもののすぐに慣れていき、肌に当たる心地よい風に心躍らせた。
「ナナシ、行きたい所ある?」
「これといって思い浮かばないっていうか……リンクに任せるよ」
「オレも特にはなあ……ま、適当に走らせるか」
リンクは気の向くままにバイクを走らせていく。緩やかな峠を抜け、海沿いの道を経て辿り着いたのは屋敷から遠く離れた岬にある展望台。
駐車場にはまばらに車が停まっていて、私達と同じように休憩がてらに寄ったと思われる人達が遠くの景色を眺めていた。
「飲み物買ってくる。ナナシはここで待ってて」
「ん、分かった」
売店へ向かうリンクを見送ると、私は眼下に広がる景色に目を奪われる。海岸をなぞるように視線を向けていくと、遠くに馴染みの街が見えた。
よく買い出しに行く商店街や大通りもまるで豆粒のようで、どこか新鮮な気持ちになる。おまけに空気も美味しく感じられて、思い切り深呼吸をした時――突然左頬に冷たい感覚が走った。
「ひゃあぁっ!? な、何今の!」
慌てて振り返るとリンクがジュース缶を片手にいたずらっぽい笑みを浮かべていた。私の頬を濡らした犯人は彼で間違いない。
「ちょっと、いきなりびっくりさせないでよ! 心臓止まるかと思った……」
「悪い悪い。ナナシが隙だらけだったから、つい」
リンクは笑いながら謝りつつ缶の片方を差し出してくる。全く、見た目は好青年なのに中身は子供っぽいんだから。
二人で空いているベンチに腰かけ缶のプルタブに指を掛けると、炭酸の抜ける音が小気味よく響いた。
「今日は良い気晴らしになったよ。ありがとね、リンク」
「なら良かった。また近い内にデート行こうか」
「は……で、デート?」
一瞬手の中の缶を落としそうになった。ちょっと待て、いつからそんな話になったんだリンクよ。
「はあ、そこはもっと照れたりする所だろー……」
わざとらしく肩を落として見せるリンクに、私は動揺を隠せずにいた。今日は友人として一緒に出かけたはずなのに。その上まさか彼が私を意識してたなんて思いもしていなかった。
「だ、だって……今までそんな素振り無かったし」
「それなら次は本気で落として見せる」
リンクの真っ直ぐな視線と言葉に思わず息を呑む。しかしすぐに普段の飄々とした雰囲気に戻った彼は、立ち上がると大きく伸びをした。
「そろそろ帰ろうか。日が暮れる前には戻りたいだろ?」
「……うん」
私は空になった缶をゴミ箱に捨てると、先に歩き出したリンクの背中を追いかけたのだった。それにしても先程のリンクの発言はつまり、私に対する"宣戦布告"なのでは。
「ああもう、何なの……リンクのばかっ」
リンクに聞かれないように小さく呟くと、火照った頬を隠すように両手で押さえる。どうしようもなく潮風にも頼ってみたけれど、この熱を冷ますには到底足りなくて。しかしそんな問題はすぐに吹き飛ぶことになった。
何故なら彼のマスターバイクの給油方法があまりにも衝撃的なものだったからだ。機体の側面に付いている補給口を開け、そこに林檎やキノコ、そこら辺で拾った石といった適当な物を放り込んでいくことで動力を補給できるというのだから、もう開いた口が塞がらない。
口に入るものなら何でも糧にできるリンクと、同じ特性を持つマスターバイク。これではまるで。
「似た者同士だよね……」
満タンを示すメーターを確認して頷くリンクの横で、私は頭が重たくなるのを感じながらそっと天を仰いだ――。
このマスターバイク零式、正式にはリンクの神獣なんですけど…妙な所で共通点が。