リンク短編12

Morning glow

勇者も人の子故

 見事な秋晴れとなった日曜の昼下がり。時々腕の中の紙袋を見ては口許がつり上がってしまうけど、それも仕方がない。前から欲しかった限定品の服が遂に我が物となったのだから。
 この時のためにどれだけ仕事を頑張り節約をしてきたか。積み重ねてきた努力の結晶をより深く腕に抱え込む。

「えらくご機嫌だな、ナナシ」
「そりゃ当然だよ。欲しかった物がやっと手に入ったんだもん」

 声を弾ませる私の隣を歩くのはリンク。自由気ままな彼は普段から行き先も告げずに姿を眩ましたりするので、用事がある時は毎回探すのに苦労させられている。
 しかし今日は珍しいことに屋敷の近くにあるこの街を散策していたらしく、偶然洋品店から出てきた私と出くわし、今に至るという訳だ。

「そんなに欲しかったのか」
「それはもう。デザインに一目惚れしてから、今日まで必死にお金貯めてきたんだから!」

 興奮冷めやらない私を見ていたリンクの口角がくい、と上がる。何か変なことを言っただろうか。突然意味深な笑みを向けてきた彼が口を開こうとした時だった。

「お食事は当店でいかがでしょうかー! 本日割引やってまーす!」

 突然張りのある声が真横から飛び込んできて、私達は思わずそちらの方を向いた。すると呼び込みをしていた店員とばっちり目が合ってしまったではないか。

「あ、そこのカップルの方! お食事がまだでしたら是非当店で!」
「へぁっ!? わ、私達、カップルじゃな――
「お、丁度腹も空いてたし良いタイミングじゃないか」

 慌てながらも否定しようとしていた声は、何故か乗り気なリンクによってかき消される。一体どういうつもりかと視線を向ければ、彼の立てた親指が店の壁に貼りだされているポスターに向けられていた。
 そこにはポップなカラーを背景に大きく"期間限定! カップルの方は3割引き!!"と書かれており、ご丁寧にハートマークで飾り付けられているではないか。おまけにこのリンクの企むような笑み。ああ、そういうことね――何とか腑に落ちた所で、私達は店員に促されるまま店内へと案内された。

「それでは、ご注文が決まりましたらお呼びください」

 席に着き、とりあえずメニュー表をぱらぱらと捲っていく。その合間、無意識に何度もリンクの様子を伺ってしまう自分がいて、なんとも居た堪れなくなってきた。
 先程は三割引きという文言につい惹かれてしまったけれど、冷静になってみると彼と二人きりで食事なんて初めての体験をしている訳で、自然に緊張してしまう。

「どれにするかな。カレーも良いけどステーキも食べ応えありそうだし」
「えっ、あー……うん、そうだね」

 だが当の本人は全くもって普段通りだった。こちらの気持ちなど露知らずといった風に料理選びに夢中になっている様子を見ていると、私だけ意識しているのが馬鹿らしくなってくる。
 そう、私達は偽りのカップルなのだから変に気を張る必要はない。なのに先程から胸の奥がざわざわと落ち着かないのは何故だろう。
 疑問の答えは分からずじまいだけど、この状況下で深追いをしてしまうのは非常にまずい気がする。それにしても――

「このハートのコースター……流石カップル席、なのかな」
「よく見たらおしぼりもピンク色だ、こういうの面白いな」

 サービス期間という特別感を表す為か、テーブル上の装飾が妙に凝っている所に気が付く。これが本物のカップルだったら素直に楽しめるのかもしれないけど、今の私にとっては目のやり場に困るだけ。
 しかしそんな私の前でおしぼりをまじまじと見つめるリンクの顔から、何処となく子供のようなあどけなさを感じて思わず口元が緩んでしまう。新たな一面を見られて少し嬉しかったのもあるけれど。

「何だよ、そんなニヤけた顔して」
「え? あ、ごめん何でもないよ」

 見詰めすぎていたせいか視線を上げたリンクと目が合ってしまい、咄嗟に顔を窓に背けてはぐらかす。私は何をやっているんだ。勝手に一人で意識しては空回り。これではまるで本当に――なるべく平静を装って何食わぬ顔で再びメニューに視線を落とす。

「オレはステーキにするけどナナシは決まった?」
「えっと……すぐ決めるから待って」

 今の私にできるのは早々に料理を食べ終えて、リンクとの会話を最小限に抑えることでこの場を切り抜けるというもの。よし、と小さく拳を握り気合を入れるとちょうど良くオーダーを取りに来た店員に向かって私は早口気味に告げるのだった。

「ビーフシチューお願いします!」
「あ、オレはステーキセットで」

 注文してからの十分間は特に何の動きもなく、リンクと適当に世間話をしている内に料理が運ばれてきたので内心ほっとしていた。後はこれを食べ終えて、店の前で解散してしまえばようやく落ち着くことが出来る。美味しそうな匂いを絡ませた湯気が漂う中、私は早速シチューへとスプーンを潜らせた。

"このビーフシチュー美味しい。お肉が柔らかくてほろほろ溶けていく……!"

 初めて入った店だから少々不安だったけれど、どうやら当たりを引いたようだ。器からスプーンを口に運ぶ度、舌の上で牛肉の旨みが広がり頬まで蕩けそうになる。まさかこのような形で素敵な店を見つけられるなんて。また機会があれば来てみようか。
 そう思いつつ何気なく向かいの席に目を遣ると、既にプレートの上を空にしたリンクが微笑みながら頬杖をついてこちらを見つめているではないか。

「えっ、リンク食べ終わるの早くない……?」
「ナナシがゆっくり食べてるからだろ。それと、」

 リンクは側にあった紙ナプキンを手に取ると立ち上がり、身を乗り出すように私の顔へと手を伸ばしてきた。突然の動きに私は反射的に目を瞑ると次の瞬間、口元を乾いた感触に包まれ目を見開く。

「シチュー付いてたぞ、口の横のとこ」

 それはほんの一瞬の出来事で、唇に触れた指がすぐに離れていったかと思えば何事も無かったかのように着席してしまった。
 私はただぽかんと口を開けたまま微動だにせず、何と返すべきか脳内で緊急会議を始めていると突然リンクの肩が震え始める。

「くっ、はははっ……何て顔してんだよ……!」

 ついに堪えきれなくなったようで、声を上げて笑い出すリンク。頬まで染めるほど盛り上がっている彼を前に、頭の中を占めていたあれやこれやが全て吹き飛んでいく。
 そしてやはり、リンクは私のことを意識している訳ではないのだと理解させられる瞬間でもあった。今まで通り友人の一人として接すればいいのに、僅かにでも照れくさく感じていた私こそがおかしいのだと。

「そう。私、面白い顔してたんだね。もう食べ終えたし会計行こっか」
「ん、ナナシ……?」

 笑うのを止めて今度は狼狽え始めたリンクを尻目に、レジへと向かう途中振り返ってこう告げた。

「ほら、お店を出るまでは"演技"を続けないと駄目でしょ?」

 ああ、駄目だ。本当に可愛くない。何故こんなに心が黒く濁るほど乱されるんだろう。そんな自己嫌悪に苛まれていると、いつの間にか視界の端で大きな手の平が見えたと同時に深く肩を抱き寄せられた。
 それがリンクによるものだと理解するまでに数秒ほど時間を要したと思う。あまりにも流れるような動作で、今更振り払うこともできず固まるだけの自分が悔しい。

「ごめん、悪かった」

 頭上から降りかかる声色からは僅かな焦りを感じて、回された手は私を宥めようとするかのように優しく肩を叩いてくる。思わぬ態度の変化にどうしていいのか分からなくなりつつも、辛うじて言葉を発することは出来た。

「あの、とりあえず店出ないと」
「そうだな、行くか」

 その返答を受けてやっと解放されたものの、胸の鼓動は収まる気配はなく顔に熱が集まっていくばかりだ。それに先程からずっと喉が渇いているような気がしてしょうがない。

 会計を済ませて店を出た私達は、しばらく無言のまま立ち尽くしていた。どちらともこの場を去るという素振りを見せずに淡々と時間だけが過ぎていく。おかしい、少し前の私は食事さえ終わればなんとかなると思い込んでいたのに。
 どういう訳か私の足は地面に根を張ったみたいに一歩たりとも動いてくれないのだ。それどころか、ここで別れた後のことを考えて切なくなっているだなんてどうかしている。何ともし難い空気の中、口を開いたのはリンクの方だった。

「……オレは屋敷に戻るけどナナシはどうする?」
「私も、帰る」

 そもそも今日街へ繰り出した目的は服を買うことであり、それは既に達成できている。本来であれば買い物が終わったら屋敷に戻るつもりでいた。私の選択は当初の予定通りでしかない。ただ、帰りまでリンクと共に過ごすということ以外は。
 彼が歩き出すと私も少し遅れる形で歩を進める。レストランを出たと同時に私はリンクと偽りのカップルという立場から解放されたので、後は元の距離感を保てばいい。
 それなのに、私の肩にはまだ彼に掛けられた腕の感触が確かに残っていた。やがて街を抜けて見慣れた雑木林を進む中、ふと彼は足を止める。

「なあ、ナナシ」
「……何?」
「オレは"偽り"のままで終わらせるつもりはないから」

 振り向きざまに放たれた一言は私の足を再び地面に縫い付け、脳を揺さぶりだす。ぎこちなく首を動かした先に待ち構えていた視線が突き刺さり、全身の毛穴が逆立ったような感覚を覚えた。

「どういうこと……? だって私って友達じゃ、」
「オレは前からそれを越えたいと思ってた……って言ったら、どうする?」

 いつの間にかリンクに距離を詰められ、背中には木の幹が当たってしまい逃げ場を失っていた。頭上の葉の間から日の光が差し込んでおり、眩しさに目を細めるとすぐ間近まで彼が迫ってくる。

「次こそ、君と本当のデートがしたい」
「突然言われても……今まで、そんな素振り全然見せなかったじゃん」
「それは、照れくさかったんだよ。正直さっきのレストランだって、恋人の振りだと分かっててもナナシが一緒に入ってくれただけで凄く嬉しかった」

 後頭部をがしがしと掻きながらはにかむリンクに、私は不覚にも見惚れてしまった。レストランでの彼の行動は全て照れ隠しだったというのか。気の無い振りをしていたかと思えば私のことを茶化したり、スキンシップを図ろうとしてきたり。

「……全然気が付かなかったよ」
「オレこそ今まで回りくどかったからな。でもさっきナナシが怒ってる気がしてから、吹っ切れた」
「え、私が、怒ってた……?」
「ああ。だってオレのこと少しも意識してなかったら、あそこまで空気がヒリつく訳ないだろ。だからオレはここらではっきりさせたいと思ったんだ」

 リンクに指摘され、私はやっと理解した。私は心の底では彼に意識して欲しかったのだ。だから彼の言動がいちいち気に掛かり、態度にも表してしまった。そして目を背け続けてきた感情の正体にも気が付いてしまう。
 私は、リンクのことが好きだったんだと。

「ナナシ。これからはオレのこと、男として見てほしい。すぐには難しいかもしれないけど」

 私の両手を取り、真っ直ぐに見つめてくるリンクの青い瞳から目を逸らせない。彼の声はいつもの飄々としたものとは違い、優しく甘い色を含んでいた。

「うん……分かった」

 明らかに今までの彼とは違うのだと信じて頷くと、安心したのかリンクは眉を下げて微笑む。

「はあー……良かった」
「へっ、うわあっ!?」

 リンクはため息混じりに呟くと、私にもたれ掛かるようにして抱き締めて肩に顔を埋めてきた。私は驚きつつもなんとか受け止めたものの、そこからどうすれば良いか分からずに固まってしまう。

「ちょっ、ちょっと……リンク!」
「ナナシ、大好き。君に本気で好きになってもらえるように頑張るから」

 耳元で囁かれた言葉によって全身へ更なる熱が行き渡っていくのを感じる。先程から締め付けられるように痛む心臓は早鐘を打ち続け、いい加減どうにかなりそうだ。
 それでもこの抱擁を拒めないのは、きっと本能からリンクを求めているからか。気付けば私の腕は無意識に持ち上がり、彼の背中にゆっくり回すと縋るように力を込めていた。
 今日買った服を最初に見せる相手は彼になりそうだな、なんてことを頭の隅で思い浮かべながら――

器用すぎる彼は恋愛に限り途轍もなく不器用なのでした。




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