リンク短編2

Morning glow

滴る

※「瞳」と同ヒロインです。

 この日、夕食を済ませて食堂を後にした私は自室に戻ろうと廊下を進んでいた。そして部屋に前に着くと、背後からネスとリュカのコンビが焦った様子で呼びかけてきた。何かあったんだろうかと思い、取り敢えず私の部屋に招いて二人の話を聞くことにした――

「で、どうしたの? あんなに慌てて」
「うん、その……ナナシにお願いがあって」

 ネス達の話によると、今週末に子供達だけでキャンプをしようという話が上がっているという。メンバーはネス、リュカ、トゥーン、むらびとの四人。
 しかし目的のキャンプ場は十七歳以上の保護者二名以上の同伴が入場の決まりになっていて、このままでは計画倒れになってしまうということだった。

「お願い! 他の人にも頼んでみたんだけど、みんな用事があるとかで断られちゃったんだ。もう頼れるのはナナシしかいないんだよ……」

 ネスとリュカの懇願するような眼差しが私の心を掴んで離さない。そんな顔が並んでいたらますます断りにくいというのに。
 この子達のことだからそれを分かっている上でお願いしてるのかもしれないけど。私は今週末の予定を思い浮かべるも、特にこれといったものは浮かんでこなかった。

「うーん……私はいいけど、もう一人いないとダメなんでしょ?」
「うん、そうなんだよ……どうしようかって悩んでいるんだ」

 私は良くても、キャンプ場に入場するのに必要な保護者の人数は二人以上。もう一人いなければ意味が無い。
 他に誘えそうな人物をと考えてみるも中々思い浮かばない。そこでふと、ある男の姿が脳裏に浮かぶ。彼のことだからもしかしたら乗ってくれるのでは。

「ねえ、リンクには声かけてみたの?」
「リンク兄はすぐに姿をくらますから中々捕まらなくてさ……そうだ! ナナシはリンク兄見つけるの得意だったよね?僕達の代わりに頼んでみてくれないかな?」
「……やっぱそうなるのね」

 何となく予想できていた流れだった。私はため息を漏らしながら明日にでもリンクに聞いてみると告げると、ネスとリュカは顔を見合わせて大喜びしていた。
 ここまで期待されているからには絶対リンクには参加してもらわねば。ある意味使命のようなものを帯びた私の中には、ひとつの決意が芽生えていた――


 翌日。相変わらず試合をサボって森を散策していたリンクを捕まえた私は、必死に頼み込んでいた。これは子供達の為なんだ。あの希望に満ちた愛らしい表情が落胆の色へ染まっていく姿なんて見たくはない。

「という訳なんだよ。だからリンクにも参加してほしくて」
「へえ、キャンプか」
「お願い! ネス達にも期待されちゃってて」

 両手を合わせて頭を下げる私を横目に、リンクは少し考え込む仕草を見せる。まさか、彼も週末には用事があったりするんだろうか。
 普段試合をサボるぐらい暇そうにしている彼にも。脳内でそんな失礼なことを考えていると、彼は口を開いた。

「ナナシ、そのキャンプ場って川とか水場はある?」
「え、確かネス達に見せてもらった地図にはあったと思う。結構大きな川でね、釣りも許可されてるんだって」
「そうか。良いよ、行っても」
「本当? ありがとう!」

 あっさりと了承してくれて拍子抜けしたものの、これで一安心だ。ネス達に朗報を届けられると思うとこちらも自然と頬が緩んだ。それを見たリンクは何故か口角を上げる。

「それにしても、ナナシがオレのこと誘ってきたのは意外だったな。候補は他にもいただろうに、オレのこと思い浮かべてくれたんだ」
「ちょっと、勘違いしないでよ。いつも君が暇そうだったからだっての!」

 即座に否定してやるとリンクは適当に相槌を返しながらも、その口元は緩めたままだった。屋敷に戻って子供達にリンクも同伴してくれるということを話すと、彼らは跳ねたりしながら歓喜の声を上げていた。後は安全に思いっきり楽しんでくれればいい――

 当日になり、広大なキャンプ場の中で私達はそれぞれ大きなリュックを背負いながらテントを張るのに良さげな場所を探す。
 取り敢えずリンクが水辺に関心を持っていたのを思い出して、緩やかな川の付近にテントを張ることに決まった。皆で協力しながらテントを張り終えると、子供達は真っ先に川へ駆けていった。

「ほら、魚が泳いでる! 結構大きいぞ」
「沢山釣り上げて昼ご飯にしちゃおうよ!」

 トゥーン達は興奮した様子でこぞって釣竿を取り出すと、意気揚々とルアーを投げていく。しばらくは会話を挟みながら釣りを楽しんでいたものの、中々釣れないようで飽きてきたのか子供達は川原で水を掛け合ったりして遊び始めた。
 私とリンクはというと、彼らが深いところに足を取られないように気を配りながらも釣りに興じていた。折角来た訳だし少しぐらい楽しみたいという思いもある。静かにウキを眺めていると、不意にリンクが小さく声を漏らした。

「え、何。どうしたの?」
「あっちの方、大きな魚が泳いでいった」

 そう言ってリンクが指さしたのは川の淵、深くなっているところだ。目を凝らすと確かに大きめの魚が悠々と泳いでいる姿が見られる。
 今私達がいる場所は浅く、比較的魚の影は少ない。場所が悪いのだろうかと考えていると、リンクは立ち上がった。
 そして釣竿を置くとそのまま躊躇いなく深みへと入っていく。突然の行動に私は一瞬呆気にとられるも、我に返ると声を張り上げた。

――ちょっとリンク、何してんの!?」
「ん、やっぱりオレにはこっちの方がいいや」

 腰ぐらいの深さまで入ると彼は泳ぐ姿勢に入った。流れをものともせずに進んでいく姿に唖然とする。まさか彼がしようとしているのは。考えられることといえばひとつしかない。
 リンクはしばらく川中で魚と格闘しているようで、水飛沫が上がっていた。私はただそれを見ていることしかできなくて、気付けばネス達も私の側で応援するように声を上げて見守っていた。

「すっごいな、リンク兄!」
「いつも思ってたけど、リンク兄って人間離れしてるよね」

 リュカの言葉に思わず吹き出しそうになったけれど、納得してしまう。一見普通の青年に見える彼は素手で何メートルもある崖を登り降りできるし、この間なんかは鍋の蓋で子供一人分ぐらいの大きさの落石を弾いてみせた。
 おまけにファイターの中で一二を争う程の弓の名手。つまり恐ろしい程身体能力に優れているのである。普段から乱闘の試合を抜け出しているせいで中々彼の実力を見ることは叶わなかったものの、いざこうして超人の片鱗を見せつけられると言葉が出ない。
 やがてリンクは勢いよく水中から顔を出した。見事に獲物を捕らえたみたいで、その手にはしっかりと魚が握られている。手掴みとは恐れ入った。びちびちと跳ねる魚を見て子供達から歓声が上がる。

「やった、流石リンク兄! それなんていう魚?」
「これはハイラルバスだな。結構大きい方だから三人分の昼飯ぐらいにはなるよ。もう一匹獲ってくるから待ってな」

 そう言うなり再び泳いでいくリンクの背中を見ていた私は額に手を当てて空を仰ぎ、小さく溜息をつく。それからすぐにもう一匹仕留めて満足そうに戻ってくると、一息つくように岩場に腰掛けた。
 陽光に照らされた金髪には水が滴っていて――それを片手でかき上げる仕草は妙に色気溢れていた。つい見蕩れてしまって、慌てて視線を逸らすと視界の外から彼の小さな笑い声が聞こえてくる。

「やっぱりナナシって結構分かりやすいな」
「え、何のことっ?」

 意味ありげな笑みを浮かべる彼に、何か反論しようと口を開くも結局何も言えずに終わる。何を言っても墓穴を掘りそうな気がしたからである。
 ――その後、私達はテントに戻って昼食の準備を始めた。と言っても殆どリンクのお陰で準備は整っているようなもので、彼が捕ってきた二匹の魚を六人分に捌いて串に刺し、焚き火にかけるだけ。塩を塗して焼くだけで十分美味しく頂ける。

「いただきまーす!」

 皆で一斉に焼き上がった魚を食べ始める。香ばしい匂いと共に、弾力のある食感が口に広がった。おまけに涼しげな風が吹き抜けてきて、気分も高揚してくる。

「わ、凄く美味しいね!」
「うん! それに楽しいし、来て良かった」
「ナナシとリンク兄が一緒に来てくれたお陰だよ。ありがとう!」

 ネス達が夢中で魚を頬張っている間、ちらとリンクの方を見ると彼は優しげに目を細めて彼らを見つめていた。きっと彼にとってもこうして仲間達と過ごす時間はかけがえのない大切なものなんだろう。そう思うと胸の奥が暖かくなった。
 食事を終えて一通り片付けを終えると、今度は皆で付近の森を探索したりと豊かな午後を過ごした――
 テントに戻る頃にはすっかり日が傾いていて、空がオレンジ色に染まっていた。本格的に暗くなる前に、手分けしてキャンプの定番であるカレーを作ると焚き火を囲って食事を楽しんだ。
 ちなみにカレーを作る最中、リンクが紫の変な小瓶を取り出して鍋に混ぜ込もうとした時は全力で止めた。これを入れると刺激的な味になるのに、と口を尖らせていたけどあの魔物のような絵のラベルを見る限り絶対まともな香辛料ではない。

「僕、将来はリンク兄みたいになりたいな」
「ボクも! 毎日剣の修行だって怠ってないんだ」
「うーん。まあ、頑張れ」

 子供達の輝く瞳を一身に受け、リンクは困ったように苦笑している。どうやら普段からリンクは子供達の間では憧れの象徴らしい。
 分かるような分からないような。強さとかを見習うのはいいと思うけど、あの自由すぎる所やサボリ癖までは真似しないようにしていただきたい。
 そんな子供達の話し声をBGMに、私は溢れる笑みをそのままに揺れ動く炎を見つめていた。髪に水を滴らせながら微笑むリンクの姿が、今も頭から離れずにいる――

ブレワイのリンクって絶対子供ウケ良いと思ってる。 




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