リンク短編3

Morning glow

天は二物を与えるか

 屋敷の裏手から果物のような酸味の含まれる甘い匂いがしてきて、空腹の私は誘われるままに足を運ぶ。ふらふらと匂いの発生源に辿り着くと、そこには大きな鉄鍋を用意しているリンクの姿があった。
 その足元にはリンゴやメロンといった果物が入った箱が置かれている。甘い香りの正体はこれかと納得すると、そのままリンクに近付いていった。

「何やってるのリンク。良い匂い撒き散らしちゃってさ」
「お、ナナシか。今からお菓子でも作ろうかって思ってたところ」
「えっ、リンク……お菓子作れるの?」

 意外な特技を知り目を丸くする私にリンクは微笑むと用意した大鍋に油を注ぎ、下の薪に火をつけて熱し始めた。油を張った鍋で作るお菓子というと――ドーナツといった揚げ菓子ぐらいしか思い浮かばない。
 しかし足元の果物は何に使うんだろうか。まさか熱した油の海に投げ込む訳ではないだろう。困惑している私を他所に、リンクは着々を準備を進めていく。

「あのー、何作ろうとしてんの?」
「まあ見てな。すぐできるからそこに座っててよ」

 言われるままに芝生に腰を下ろすとリンクの調理を見守ろうとした。しかし、彼の"調理"は私の想像をはるかに超えていた。
 彼は果物と小麦粉、砂糖を腕に抱えると油の煮えたぎる鍋の中にまとめて投げ込んだのである。

「はぁ!?」

 思わず腰を浮かせた私の目の前で踊るように跳ねる材料達。楽しそうに鼻歌を歌いながら成り行きを見守るリンク。
 無造作に放り込まれた材料は最後に大きく跳ねて鍋の中に収まると、それは――ケーキの形になっていた。
 何が起こったのか分からない。リンクは出来上がったケーキらしき物体を鍋から取り出すと皿に乗せ換え、切り分けると私に差し出してきた。

「ほら、できた」
「できた、じゃないが。今の何? これ、本当にケーキ?」
「まずは食べてみればいい」

 確かにそうなのだが、今の光景を見てからこれを口に入れるのはかなりの勇気がいる。でも皿の上の物はどこからどう見ても美味しそうなフルーツケーキ――
 果物特有の芳醇な甘い香りまで漂わせるそれに思わず喉を鳴らす。しかし数分前まであの油の中を泳いでいた訳でもあるし。
 様々な葛藤を振り払い、遂に私は意を決して恐る恐るケーキのようなものを一欠片口に放り込んだ。
 ――次の瞬間、口内に広がるのはフルーツの豊かな酸味とふわふわのスポンジの食感。クリームもなめらかで舌触りもいい。

「お、美味しい……」
「だろ?」

 呆然とする私にリンクは得意げに笑いかけてくる。この人、一体何なの。それともこの鍋が特殊なのか。私は彼と大鍋を交互に凝視しながらもケーキを食べる手は止まらなかった。
 これ程美味しいスイーツは滅多にお目にかかれないだろうから、仕方のないことだ。困惑と幸福を噛み締めながら彼を問い詰めようとした時――
 私達の背後から何人かの足音が迫って来る。振り返るとネスやトゥーンといった子供達が声を弾ませながら駆け寄ってくるところだった。

「あ、リンク兄またお菓子作ってる」
「今日はケーキだ! 僕達にも作ってよ!」
「はいはい、すぐできるからそこで待ってな」

 するとリンクはまた材料を鍋に放り込んでいた。鍋の中から飛び出さんばかりの勢いで跳ねる材料をわくわくとした表情で見ている子供達。というか彼らはこの異様な光景を疑問に思わないのか。
 それとも、まだ"この世界”の常識についていけていない私がおかしいだけなのか。そう思うと何だか突っ込む気も失せ、リンクや子供達と一緒にケーキを味わうことだけを考えていた――


 その後皆で後片付けをしている間、私は大鍋を洗いながら様々な角度から眺めてみた。何か仕掛けがあるのではと注意深く調べてみたものの、特に何の変哲もないただの大鍋にしか見えない。
 ならば調理をしていたリンクの持つ何らかの能力が作用したと考えるべきなのか。そういえば調理をしている間、リンクは鼻歌を歌いながら鍋を見つめているだけだった。
 それなのにあの見事なフルーツケーキを作り上げたということは――まさか彼も超能力者の一人だということなのか。人並み外れた身体能力に加えて超能力まで兼ね備えていたとは。
 ”天は二物を与えない”とはやはり嘘っぱちなんだと改めて実感しながら、私は大鍋に付いた水滴を布巾で拭き取っていく。
 あの大鍋はリンクの所有物とのことで、彼に返すと大事そうに風呂敷に包んでいた。

 ――後日、リンクに超能力者なんだろうと問いただしてみるとあっさり否定された。隠さなくてもいいのに、と笑う私に対して彼は珍しく眉を下げて首を横に振る。どうやら本当に違うらしい。

「違うって言ってんのに。というか何でオレが超能力使えると思ってたんだ?」
「だってこの前ケーキ作ってた時さ、手も触れずに調理してたじゃん。あれって超能力じゃないの?」

 さらに問い詰めるように聞くとリンクは目を丸くして小さく吹き出した。何か彼のツボに入るようなことを言っただろうか。
 肩を震わせているリンクを訝しげに見つめていると、まだ口元をひくつかせたままの彼と視線がかち合う。

「ナナシ、いいか。この世にはあまり深く考えない方が良い事もあるんだよ」
「は……? 何それ――

 その意味を問うてもリンクは意味深に微笑みを返してくるだけだ。結局彼が何を言いたかったのか分からずじまいで、私の中で新たな疑問が生じただけに終わった。
 やはり私はリンクについて知らないことが多すぎて、彼を知ろうとする度に謎が増えていくばかりだ。
 それでも側にいると気持ちが落ち着くのも事実で、だからこそ彼のことを深く知りたいと思える。そんな私は今後ももっとリンクを注意深く観察していかなければ、と心の中で静かに燃えていた。

リンクの場合は二物どころじゃないような。




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