He's a Hero!?
その人は、元いた世界では"英傑"と呼ばれていたらしい。称号に違わぬ洗練された身体能力と剣技を携え、滅びかけた国の未来を賭けて世界を奔走していたと。
目的のためには手段を選ばない人物らしく、求める物を探すためにたった一晩で森一つを丸裸にし、敵を殲滅する際には辺りを火の海にしたこともあるとか。更には口に入るものなら何でも食し、糧にする健啖家だという。
まさに畏怖するべき容赦ない振る舞いからついた二つ名は"厄災"――というのは冗談だと、隣を歩くヨッシーさんは悪戯っぽく微笑んだ。
「国のために戦っていたことや相当な実力者というのは本当ですけどね。普段は穏やかで頼もしいんですよ。ただちょっと……気まぐれすぎる方ですが」
「その、リンクさんとは一体どんな人物なのか……全然想像できないんですけど」
「大丈夫ですよ。面白い方ですし、ナナシさんともすぐに親しくなれると思います」
"この世界"に迷い込み、使用人として屋敷に住むことになりひと月が経つ。その間ここに住むファイター達とはほぼ全員対面していた――にも関わらず、リンクという人にだけは一度も会えずにいた。
というのも、彼は屋敷に滞在していることの方が珍しいとされる放浪癖の持ち主。時には自分が出るべき試合すら放棄して行方をくらますこともあるらしい。
私の方も日中は働きずくめであるし、それほどの人物なら会えずとも不思議ではない。それでもせめて、一度は交流をしてみたいという気持ちも捨てきれずにいる。
そんな私のささやかな願いを聞き入れてくれたヨッシーさんの協力で、この日ようやく対面できる機会が設けられた。
彼はリンクさんと付き合いが長いらしく、行動パターンなどはある程度把握しているとのこと。
「昨日市場で色々買い込んだって話してましたから、今日は裏庭に来ているんじゃないかと。あの人は調理や作業の際、大抵そこにいますから」
ヨッシーさんに続くように中庭を歩いていると、何処からか香ばしく奇妙な香りが漂ってきた。彼の言う通り、この付近に来ているんだろうか。
そもそも調理をするなら厨房を借りればいいのに、野外にこだわっているのも謎だ。いや、もしかしたら室内には収まりきらないほどの大男――という可能性もあるか。
この屋敷には巨漢のファイターもいることだし、充分ありうる仮説である。
「リンクさん……一体どんな豪傑なのか」
「ナナシさん、"豪傑"ではなく"英傑"ですよ」
「いや、そういう意味ではなく」
「あぁ、やっぱり。此処にいましたか」
中庭から渡り廊下を潜った先に裏庭はある。ヨッシーさんの指差す先には、木箱の上に腰掛けている人影があった。その体格は想像していた大きさとはかけ離れた、至って普通の人間のもの。
よく見ると足元には大鍋が置いてあり、湯気が絶えず空に向かって立ち上っていた。嗅いだことのない形容しがたい香り。一体何を煮込んでいるのか。先程よりも濃くなった匂いが私達を包み込む。
その人物はこちらの存在に気付いたのか、ゆっくりと立ち上がると大きく伸びをする。
「お、ヨッシーじゃないか。またアイクか誰かに頼まれてオレを探しに来たってところ?」
「半分はそれも兼ねてるんですけど。今日はリンクさんに会ってみたいという方がいまして」
"リンクさん"と呼ばれた人がこちらに向く。いつの間にか緊張していた私は、張り詰めていた息を吐き出すと勢いよく頭を下げた。
「は、初めましてっ。私、ナナシといいます。先月からこの屋敷で働かせて頂いておりましてっ」
「ああ、知ってるよ。マスターに拾われた人って君のことだろ?」
は、と声を漏らしつつ顔を上げるとすぐ目の前に――リンクさんがいた。たった数秒間で、この距離を縮められた。
もうひとつ動揺したことといえば、その容貌が人並み外れていることだ。輝く金髪を後ろで束ねており、目鼻立ちの整った顔には笑みを浮かばせている。纏っている衣服と同じ色をした青い瞳が、私を捉えていた。
なるほど、彼もまた俗にいう"美男子"と呼ばれる存在か。先週に対面したマルス王子やサムスさんにシュルク君といい、この屋敷に住まう人々はとことんレベルが高いようだ。
間近で浴びせられる輝きに後ずさると、彼もまた距離を埋めるように歩み寄ってくる。これはもしかして、私の反応を楽しんでいるのか。或いは天然か。
「あ、あの……初対面ですよね? いつから私のこと知ってたんですか!?」
「さて、いつからだろうな?」
どこか愉快そうに微笑み頭の後ろで手を組む姿からは、少なくとも悪意は感じられない。むしろ変に気が抜けてしまいそうな、謎の大らかさすら醸し出していた。
もしかしたら、思っていたより親しみやすい人なのかもしれない。しかし、そんな思考は鼻腔を突くえもいわれぬ悪臭によって打ち消された。
「お、そろそろ煮えたな」
リンクさんは大鍋に駆け寄ると火を消し、箸で中身を掻き回した。お湯を滴らせて挟み上げられたそれは、弾力のある張りを持つ紫色の塊。
それらを次々と鍋から取り出して皿に乗せていく彼の横顔には、嬉々とした表情が浮かんでいる。この強烈な匂いはアレを煮込むことによって生まれたものだったんだ。
濃くなった刺激臭に思わず涙が滲む。鼻を押さえながらも、私は問いかけてみた。
「あの、それは一体……?」
「ん、これは魔物の肝。薬の材料や食材用に煮込んでたんだ。生だと味がイマイチだから」
平然と答える彼に、私は唖然として言葉を失った。薬の材料はともかく、食用にもしているときた。
そこでヨッシーさんが話していた内容を思い出す。彼は口に入るものなら何でも糧にしてしまう、と。あの話は誇張ではなく紛れもない事実であるのだと、この時初めて理解した。
「君も食べてみる?」
「結構です」
もちろん即答である。彼は口を尖らせ、"慣れれば鳥レバーみたいで美味いのに"と零す。
どう考えてもそんな訳がない。何より、アレを口にしたら人として大切なものを失ってしまう気がした。
いくら"英傑"と呼ばれる人物であっても、ここまで人並み外れた感性を見せ付けられるとは。外見だけは麗しの美青年なのに、内面は混沌と化していて。
こんな人と付き合えるヨッシーさんも凄い――と感心する一方で、いつか彼の餌食になるのではないかと心配になった。
ふと思考に耽る私の足元に影が落ちてきて、再び彼が近付いてきたことを示す。
「それはさておき。これからよろしく、ナナシ。それと今後は敬語じゃなくていいよ」
「え、あ、わかりま……分かった。その、こちらこそよろしくね。リンク」
差し出された手を握り返しながら、私は小さく答えた。こんな自由すぎる人と一緒に過ごすなんて、果たして平穏にやっていけるだろうか。
一抹の不安を抱きつつ、それでも不思議と沸き立つ高揚感も感じていた。きっとこの出会いが、私にとって新たな始まりを告げることになるだろうと――。
馴れ初め的な。なんでかリンクだとギャグ寄りになる。
厄災云々は知ってる人は知ってる感じのネタ要素です。ヨッシーと仲が良い設定はXの亜空の使者から引用。(別人ですけど)