魂に焼きつく
今は午後の小休憩の時間。ロビーで休んでいた私は、偶然居合わせたカービィと会話に花を咲かせているところ。
「聞いてナナシ! ボク、さっきの試合で誰よりもたくさんの食べ物取ったんだよ!」
「それはまた凄いけど……試合には勝ったの?」
「ううん、負けちゃった! でも良いんだ、オヤツ食べたらまた頑張れるし!」
悔しさなどどこ吹く風といったように、マキシムトマトを片手に満足げなカービィ。まだ食べるのかと苦笑しつつ、時計を確認しもう少し休憩できそうだと安心した時――私達にひとつの影が被さった。
見上げると、そこにはこめかみに青筋を浮かべたアイク。彼の表情を見れば言わんとしていることが分かる。
「ここをリンクが通ったはずなんだが、見てないか? もうすぐ俺と奴の試合が始まるんだが……」
「あー、リンクってばまたか……私は十分前からここにいたけど見てないよ」
アイクはカービィにも問うように視線を向けたけど、"ボクも知らなーい"という返答を受けて大きなため息をつく。
「そうか……見つけ次第すぐに教えてくれ」
「うん、分かった」
「今日こそは引き摺ってでも試合に連れ戻してやる……!」
そう意気込んでアイクは去っていったけど、多分すぐには見つからないだろう。彼は気配を隠すのが上手いし、次々と新たな手段を編み出しては他のファイター達の手を焼かせているんだから。
「本当、リンクのサボリ癖はなんとかならないのかな?」
「うーん、多分無理だと思うなあ。歴代のリンクはみんなマジメに試合やってたんだけどね」
「"歴代のリンク"って……、」
「ボクも詳しいことはよく知らないんだけど、ある周期になると別のリンクが"この世界"にやってくるんだ。勇者ってとこは同じだけど、性格とか全然違うの。面白いよねー」
そういえば以前、マリオさんやネスといった古参のファイター達からも似たような話を聞いたことがあった。他のみんなと違ってリンクやゼルダ姫、ガノンドロフさんは事情が異なるらしい、と。何故なのかはマスターのみが知るということも。
しかし疑問はもうひとつある。別の世界のリンクが此処に現れたとして、その場合元いたリンクはどうなるのか。それをカービィに訊ねてみると、"その時には既に前のリンクはいなくなっていたよ"とのこと。
「でもトゥーンリンクや子供のリンクはいるじゃん。なら今いるリンクだって、もしかしたらずっと"この世界"にいるってことも、」
「あの子達もかなり特殊な立場みたいでね。それに今まで、大きい方のリンクが"この世界"に二人以上いたことはなかったんだ」
さらっと放たれた内情に言葉を失う。それはつまり、私の知るリンクもいずれ"この世界"からいなくなってしまうかもしれないということを意味していた。
あっけらかんとしているカービィとは対照的に、きっと私の顔は青ざめていることだろう。背中の辺りから冷えていく感覚と、不規則な呼吸を刻む喉元。
「ナナシ大丈夫? 顔色が……あれ、むっ、んぐぐっ……!」
突然カービィの口がもごもごと動き出したと思えば、そこから飛び出してきた一本の腕。いきなり訪れた恐怖の瞬間に、私は短い悲鳴をあげて椅子から転げ落ちた。
すぐにもう片方の腕も出てくると、カービィの口がゆっくりと開かれ――中から顔を出したのは今まで話の渦中にいた人物。
「ふぅ……アイクは行ったか。今回はやたらしつこかったなあ」
「り、リンク……!? まさか、ずっとカービィの中に?」
「ああ、今日はそうでもしないと逃げ切れそうになかったから。カービィ、ありがとな」
「いいよ。マキシムトマト貰ったし、これくらいはねー」
なるほど。カービィを好物で買収し、匿ってもらっていたと。サボる為なら手段を選ばないということか。あっさり協力するカービィもカービィだけど。
リンクはカービィの口の中から這い出てくると軽く背を伸ばし、難しそうな顔をしていた。
「これが通用するのも後一回ぐらいだな。次の手を考えておくか……」
「毎回しっかり試合に出ればそんなこと考える必要なくなるよ?」
正論をぴしっと言い放つと、リンクは"それは無理"と即答。
「どうしても気が乗らない時っていうのがあるんだよ。真面目なナナシにもいずれ分かる日が来るさ」
「何それ、来なくていいよそんなの……」
呆れて物も言えず、私は深いため息をつく。そんな日が来ないことを切に願いたいものだ。そしてリンクのサボり癖が直る日は、果たして来るのだろうか――と、そんなやり取りをしている最中、先程のカービィとの会話を思い出す。
"ある周期になると別のリンクが"この世界"にやってくるんだ"
"その時には既に前のリンクはいなくなっていたよ"
今、私の目の前にいるリンクもいずれ――気付けば私の手はリンクの腕を緩く掴んでいた。彼は何事かと、きょとんとした顔でこちらを見下ろしている。
「ナナシ、どうした?」
「あのさ……リンクは突然いなくなったりし――」
続きの言葉はリンクの人差し指によって塞がれる。彼はほんのりと笑みを浮かべるとそっと唇を開いた。
「ナナシ。例え姿形が消えたとしても、最後まで残るものって……何か分かるか?」
「そんなこと、急に聞かれても……」
不意の問いかけに対し、私は自分なりの答えを出せずにいた。するとリンクは私の頭を優しく撫でながらこう答えた。まるで動揺している心を宥めるかのように、柔らかな声色で。
「"記憶"だよ。もう触れることすらできなくなっても、その時過ごした思い出は魂に焼きついてる」
「魂に……?」
どうしてリンクは突然このようなことを言い出したんだろう。もしやカービィの中に隠れている間に話を聞いていたのかもしれない。
だとしても、敢えてそれは聞かないことにした。リンクは私の寂しがる心を察してくれた、そう思いたいから――私は精一杯の笑顔を見せつけるんだ。
「なら、一度はリンクがカッコよく乱闘で勝つ姿を刻みたいなあ……"ここ"に」
そういって私が自分の胸元に手を当てて見せると、リンクは途端に眉を下げて微笑む。
「そうきたか……ま、いずれ」
「絶対だよ?」
いつか訪れる"その時"までに、必ず。言外に含ませた意味に、君は気付いてくれるだろうか――。
記憶というのはブレワイリンクにとって非常に重要なものなので、大切な人と同じ記憶を共有する喜びを誰よりも感じてると思う。