ルカリオ短編1

Morning glow

だだ漏れdesire

 入浴を終えて明かりの消えた廊下を進み、自室に戻ってきた頃には夜の十一時過ぎ。今日は廊下の汚れが尋常ではなく、私達使用人はいつも以上に慌ただしい一日だったのである。
 理由は昼頃から続くこの土砂降りの雨。慌てて屋敷に帰ってきた人達が歩き回ったことで午前中に綺麗にしたばかりの廊下は泥だらけ。掃除する側からすぐに汚れていくので、こちらとしてはいたちごっこのような気分だったのである。

「はあー今日も疲れた……みんなあちこち汚してくんだから!」

 ベッドに転がりながらつい愚痴がこぼれてしまう。誰も聞いてないんだからいいじゃないかと開き直り、私はサイドテーブルの引き出しを開ける。そこから取り出したのは掌に収まるサイズのぬいぐるみ。
 これは私が"あのポケモン"を象って作りあげた、最高の自信作だ。両手で包み込み、抱き締めると先程までの苛立ちは何処かへと吹き飛んでいく。ちなみに机の引き出しには同じく"彼"を模したお手製のグッズ達がしまわれているというのは私だけの秘密だ。

「はあぁ……癒される。やっぱりルカリオしか勝たん」

 そう、私はあの"はどうポケモン"のルカリオを密かに推している女なのである。彼の何が良いか。それはあのしなやかでスマートな上半身と、それを支える獣らしさ溢れる逞しい下半身。
 体色は青と黒という王道的な組み合わせ。そしてあの紅く輝く瞳が凛々しい顔立ちを際立たせているのだ。さらに素敵なのは外見だけにとどまらない。
 普段の性格はまさに冷静沈着で、物静かだけど常に周囲に気を配れる優しさも併せ持っている。その上いざ戦闘となると、"波導"の力で相手の動きを読み取りながら荒々しく舞う姿には痺れざるを得ない――といった感じで、推し所は語り尽くせないほどある。

「本当たまらん……いつかあの肉球で頬をムニムニされたい……」

 こんなうわ言を浮かべながら、天井を見つめる瞼は次第に重くなっていく。そして気が付けば眠りに落ちていた――

***

 翌朝。休日ということで九時過ぎに起床と、のんびりした目覚めを迎えた私は朝食を食べ終えると気晴らしに街に出掛けることにした。
 ついでに切れかけている日用品を買うのが目的だけど、季節の変わり目だし新しい服を買うのもいいかも。そんなことを考えながら屋敷を出て街へと続く森の道を進んでいた時だった。

「ん? あそこにいるのってもしかして……」

 この道から逸れるように続いている獣道の向こうへと、人影が動いていく。よく見れば愛しい青の三角耳がぴんと立っており、これだけで"彼"だということが分かってしまった私は街に行くという目的を置き去りに、森の中へと足を踏み入れていた――
 ニ十分程歩いただろうか、ルカリオは滝に辿り着くと崖下へと降り、滝壺の岩場に腰掛けると目を閉じて瞑想を始めた。その光景を目の当たりにした私は胸が踊るのを感じつつ、そっと崖の縁から覗き込む。ここが彼の修行の場なのかもしれない。
 激しく冷たい水の流れに打たれながらも、表情ひとつ変えずに佇む堂々とした姿にときめかずにはいられない。"水も滴る良いポケモン"とは正に彼のこと。ここまで彼に着いていく道のりは険しいものだったけど、苦労の甲斐があったものだ。
 こうしてしばらくの間、眼福とばかりに眺めていると――不意にこちらを見上げてきた紅い瞳と視線がかち合った。まずい、と思い身体を後退させるも時既に遅し。瞬きする間にルカリオは私の隣に立ち、静かにこちらを見下ろしていた。

「お前は……屋敷の使用人だな。此処で何をしている」
「え、えっと、その……散歩です! いやホント偶然通りかかって!」
「……ニ十分も私の後を尾けておいてか?」

 尾行していたことにも気付いていたのか。一度もこちらを振り向かなかったから、運良く気付かれてないとばかり。よく考えてみれば彼は"波導"で周囲の気配など手に取るように把握できることはよく分かっていただろうに。

「ご、ごめんなさいぃぃ……! 実は私、る、ルカリオのファンでして……偶然あなたの姿を見かけて勝手に着いてきてしまいましたあぁぁ!」

 地に頭がめり込むぐらいに深く土下座をして謝罪すると、沈黙が流れる。しばらくして顔を上げると彼は何ともいえぬ顔でこちらを見つめていた。やはり不快に思われたのだろう。当然か、ストーカー染みたことをしていたんだから。

"ああぁぁぁ、ファンとしてあるまじき行為……! これは末代までの恥ぃ!!"

 俯いたまま目を強く瞑り、ルカリオからの返答を待つ。もう覚悟はできています。今すぐにでも私を思いっきり張り倒して罵倒してください。次に訪れるであろう責め苦を想像していると――突然頭をぽんと叩かれた。震えながら顔を上げてみれば、そこに居たのは困った様子の彼。

「だとしても、こんな森の奥にまで入ってくるとは感心できるものではないぞ」
「す、すみません……っていうかっ、怒らないんですか、着いてきたこと……」
「特に敵意を向けてきた訳ではないからな。それに……お前が先程から発している色にも、合点がいく」

 言い終えるとルカリオは顔をそらしてしまった。その横顔には僅かに赤みが差しているように見えるのは私の気のせいだろうか。それにしても私が今放っている波導はどうやら変わった色をしているらしい。

「あの、今の私の波導、何色なんですか……?」
「……桃色」
「そ、それって、まずいものだったりするんでしょうか……!?」
「桃色は……好意、異性愛の表れだ。お前が私に向けているものは、つまりそういうことで、だな」

 言葉を濁しながら教えてくれたことに私は仰天した。だってまさか内に秘めていたはずの推しへの限りない愛が、こんな形でばれてしまうとは思わなかったからだ。しかも本人の前で無自覚に垂れ流していたとか恥ずかしいにも程がある。

「な、うわ……っ、わ、私とんでもないことをおぉぉ……っ!!!」

 私は嘆きながらただ土に伏せるのみ。もう地上に存在していることすら耐えられない。穴があったらどこまでも深く潜りたい。やがて頭上から彼の盛大な溜め息が聞こえてきた。
 今度こそ嫌われてしまったのかもしれない――そんな不安に駆られて縮こまりながら見上げると、凛々しい顔立ちと紅く輝く瞳が間近にあった。
 あまりの近さに心臓が爆発しそうになり、顔が熱を帯びていくのが分かる。きっと耳まで赤くなっているだろう私の顔を見つめながら、ルカリオは口を開く。

「好意を向ける相手を誤っていないか。お前は人間で私はポケモンなのだから、」
「あ、あの! 誰かを好きになるのにそういうのは……関係ないと、思います……って、生意気言ってすみません……!」

 ルカリオは驚いたように目を見開いたまま。ああ、私はまた余計なことを。でも彼の言おうとしていた言葉は、私にとって寂しいものに感じられたから――つい反論してしまった。

「……そうか。お前、名前は」
「へ!? えっと、ナナシです……」

 彼は言葉を返す代わりに私の腕を引っ張り上げると立ち上がらせた。そして戸惑うばかりの私を先導するように歩き出す。

「あの、何処へ……?」
「屋敷に戻るぞ。隠れて着いてくるのはこれっきりにするんだな。それに、これからは用があるなら声をかけろ」

 一見ぶっきらぼうな言い回しだけど、その言葉にはこちらを突き放すような冷たさはなく、むしろ歩み寄ろうとさえしてくれている気がしたのは都合が良すぎるだろうか。
 本当なら私は忌避された上でこの森の奥に放置されてもおかしくない身。そのはずなのにルカリオは今もこちらに速度を合わせて隣を歩いてくれている。このポケモンの懐はまるで海のように広く、そんな優しさに触れたことで私の胸はやかましいほどに高鳴っていた。

「……っ、お前の波導は主張が激しすぎる。もう少し何とかならないのか」
「え、わああ! 私またっ、ごめんなさいぃ……!」

 今後ルカリオと交流にするにしても、まずはこの感情だだ漏れといわんばかりの"波導"をどうにかせねば。とはいうものの、この溢れんばかりの愛を圧し殺しながら彼と過ごすなんて不可能に決まっている。
 こうして私は項垂れつつ、前途多難な未来に頭を抱えてしまう有り様なのであった。ガチ勢の試練は始まったばかり――

初のルカリオ夢がガチヲタ視点ってよお!




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