だからそれを止めろと
※「だだ漏れdesire」の続編です。
憧れの最推しファイター"ルカリオ"に、自身の想いがばれてしまうという大事件からひと月が経った。その間私はというと、彼に指摘されてしまったこの駄々漏れの波導を何とかするため、必死に試行錯誤を重ねてきたのである。
ルカリオのように他人の心を感じ取ることができる能力者達に感情の抑え方を相談してみたり、メンタルの補強も兼ねて身体を鍛えてみようとフィットレさんの元で筋トレに励んだり。
このように我ながら涙ぐましい努力を重ねてきたのである。その甲斐あって彼らからは"前より随分マシ"という評価を頂いた。だというのに、肝心のルカリオは私が側にいると顔を背けるようになってしまった――。
「る、ルカリオ、こんにちは~! って今は夜ですね、あははっ……」
浴場から部屋に戻る途中、廊下でばったりと出会った私達。動揺のあまりおかしくなった挨拶にも返答はなく。やはり今日も駄目かと、項垂れながら彼の横を通り抜けようとした時だった。
「……ナナシ。裏でコソコソと何をしている」
一瞬足が固まったかのように動けなかった。これが一ヶ月ぶりの彼との会話か。ゆっくり振り返るとこちらを真っ直ぐに見つめる赤の瞳と視線が合わさった。
久しぶりに彼の顔を正面から見たような気がする。こんな機会を作り出せたのだから、私の努力は無駄ではなかったと思いたい。
"やっと、私の顔見てくれた……!"
場違いにも頬が緩むのを抑えられない。そんな私の反応を見たルカリオは再び顔を逸らしてしまった。よく見るとどこか機嫌が悪そうで、眉間に皺を寄せていた。恐らく先程の発言と関係しているのは間違いないと思うけど。
「あの……それはどういう意味、」
「この一ヶ月の間、突然静かになったと思ったら気配まで変わった……一体何をしていたかと聞いている」
「いや、ちょっと波導を抑える訓練的なものを……ルカリオ、私の波導で困ってましたし、それでっ」
「わざわざ他の連中を頼ってか」
あれ、ますますルカリオの皺が濃くなっているような。伝わってきた声にも唸りに似た音が混ざっている。何故怒っているのか見当も付かない。これは今度こそ嫌われたのではなかろうか。折角会話を交わせる程の関係にまでなれたというのに。
いや、本来は近付くことができただけでも奇跡だった。それなのに私は調子に乗って彼の気に障ることを――。
「何故、波導使いの私に頼らなかった?」
「えっ……? だってルカリオ、私から漏れてる波導のせいで嫌な思いをしてるんだとばかり、」
「一度も嫌とは言っていない。ただ……ナナシから伝わる波導をどう受け止めれば良いか、ずっと考えていた」
ふとルカリオは窓に寄り、夜空を見つめる。その横顔にはほんのりと赤が差しているように見えた。先程の発言が本音であるとすれば、彼は私の事を迷惑だと思っていなかったということ。
その事実が胸に沈んでいた鉛のような気持ちを軽くしていく。私はそっと彼の隣に立つと、胸を撫で下ろした。
「良かった、私てっきり嫌われたのかと……でも対応に迷っているなら、結局あなたを困らせているのと同じですよね。それなら私、更に訓練頑張るので――」
「また"彼ら"の元で、か?」
「えっと……引き続きそうした方が良いのかなと」
「波導のことなら私が適任だと言ったはずだが」
最早有無をいわせぬ気迫を感じて後ずさるも、この背に冷たい感触が伝わり逃げ場を失ったことを悟る。あたふたとしている間にもルカリオは私を追い詰め、互いの距離は僅か一メートルにも満たないものとなっていた。
「ルカリオ、あの、」
「明日からの訓練は私が見てやる。お前と過ごすことで、私自身もこの迷いに答えを見出だせるだろう」
ルカリオの瞳には、"断ることは許さん"とばかりの強い意志が込められていた。その眼差しに射抜かれた私は、ただ頷くことしかできなかった。
それにしても私が他の誰かと訓練をしていると知った途端、何故かルカリオは不機嫌になったけどこれはどういうことなんだろう。もしかしてもしかしたらまさかの嫉妬だったり――なんてことは絶対に聞いてはならないと、本能が全力でそう告げている。
「訓練については一切手を抜く気はないからな」
「は、はい。なんとか頑張ります~……」
ルカリオによる訓練、一体どういう内容なのか。口振りからするにかなり厳しそうな予感がする。もしや過酷な筋トレメニューや瞑想の修行、果てはあんなことやこんなことまで――駄目だ、これ以上余計なことは考えないようにしなければ。
そう自分に言い聞かせ、深く頭を下げる。まさか最推しが自分の先生になる日が来るとは夢にも思わなかった。これは私の推し活に新たな風を呼び込んでくれるのでは。
まずい、今まで押さえつけてきた反動なのか、愛しいという気持ちが膨れ上がって止まらない。
「……明日だけは少し手を抜いてやろうかと思っていたが、考えが変わった」
「ぎゃっ! 私ってばまたまた……必ず改善するのでどうかお許しを~!」
深いため息をつくルカリオの足元で必死に土下座をする私。こんな心持ちでは元の木阿弥になってしまうじゃないか。今まで親身になってくれたフィットレさん達や何よりルカリオの為にもしっかり励めよ、私!
ナナシさんが上手く波導を抑えられるのが先か、ルカリオが答えを見出だすのが先か…。