それは太陽にも似て
朝日を浴びて一日の始まりを感じたら、家のことを済ませて今日もあの場所へと足を運ぶ。これはあの日から私の日課のようなものになっていた――。
タツマイリ村の北、ミソシレ墓地に入り静かな坂を上ると、開けた場所にでる。今日も少年はそこにいた。私はその小さな背中に声をかける。
「おはよう、リュカ」
「ナナシ、おはよう。今日も……来てくれたんだ」
リュカと呼ばれた少年は私に小さく笑顔を返すと、再びくしゃりと眉を下げた。先程まで泣いていたのか、目元は赤く腫れており痛々しかった。
私達の目の前にあるのはひとつの墓石。ここには――彼の母親が眠っている。少し前の自分には想像すらしなかったことだろう。それはきっと、この村に住む誰もが思っていたであろうこと。
あの人が、この世から旅立ってしまうなんてこと。あの日から何もかもが、この世のバランスそのものが崩れていくような、漠然としたものが胸に燻っている。
杞憂に終わればいいのにと願いつつ、周りが少しずつあらぬ方向に変化していく様を見ていることしかできない。自分には何もできない。ただただもどかしい日々。
「クラウスは……まだ帰ってこないんだね」
「うん。お父さんが毎日探しに行ってるけど……それでも見つからない」
リュカはまっすぐ空を見つめたまま、そう返してきた。この子はこうして毎朝、泣き腫らした目で遠くを見ている。そこには以前の子供らしく元気だった頃の面影はない。
母親を喪い、双子の兄までも行方不明になっている。あの日以来、唯一の肉親であるフリントさんともまともに会話すらできてないという。
その幼い心には重すぎる喪失。それをこの子は壊れそうになりながらも必死に受け止めていた。いつか全てを受け入れられるようになるまで、ひたすらに。
今もタツマイリ村はどこか哀の色に染まっていて、笑顔という明かりは掻き消えそうなものになっていた。私も、遣り場のない心を癒すためにこうしてここに通っている。
ここに来ると不思議と心が落ち着くから。抱えたままだった花束を、そっと墓石に供えた。ピンクのカーネーションを数本束ねた小さなものだ。
「この花の花言葉は、"感謝"なんだ」
そこまで言うとリュカは目を丸くして私を見つめてきた。
「感謝?」
「うん。ヒナワさんには色々とお世話になったけど、一番はリュカをこの世に生み出してくれたことに感謝したいんだ。あの人がいたから、リュカ、クラウスと出会えたんだもん。だから"感謝”」
本当は直接伝えたかったけれど、いくら後悔しても遅い。もう二度と叶わないことだけど、せめてあなたが眠るこの丘からなら届くかもしれない。
リュカとクラウスをこの世に生み出してくれた人へ、この花とともに精一杯の感謝を向けた。そのまま空を見上げていると、右手が温かくて柔らかな感触に包まれた。ああ、これはリュカの手だ。
「……ぼくも、ナナシと会えてよかった」
そう呟いたリュカの顔には笑顔が浮かんでいて、太陽にも向日葵にも勝るとも劣らない暖かなものだった。ふと彼の顔にあの人の笑顔が重なった気がした。
――やっぱり君はあの人の息子なんだよ。その血、涙、笑顔は確実に未来に受け継がれていく。私にはもうひとつできることがあるのかもしれない。それは、これからもリュカに寄り添い続けること。
決してあの人の代わりにはなれないけど、せめて側に有り続けていきたい。この小さくも確かなものを秘めた笑顔を守っていけたら。我ながら大層な決意をしたなと思いながら、彼の小さな手を握り返した。
「ナナシは、いなくならないでね」
「当たり前だよ! 何かあったらすぐに私を頼っていいんだから。村の皆だってきっとリュカを助けてくれる。今までもそうだったみたいにね」
寂しげに瞳を揺らしてこちらを見上げてくるリュカを、無意識に抱きしめていた。独りじゃないってことを分かってほしくて。
そっと腕の中にいるリュカの様子を見ると、耳が赤くなっていた。彼は私と視線が合うと、慌てて腕の中から抜け出した。もしかして照れてるんだろうか。
「ごめんね、驚かせちゃったよね」
「ん……大丈夫」
まだ顔を赤くしたまま俯いているリュカに、母性のようなものを感じていた。
彼女の墓前でこの感情を抱くのは烏滸がましいとは思いつつも、胸の奥からは暖かなものが湧いてきて止まらないのである。
そんな中、突然リュカの腹から大きな音が鳴り出した。それが何を意味するのかは考えなくても分かっているから、小さく笑い声を漏らしてしまった。
「……朝ごはん、食べないできちゃったから」
「そうだろうと思った。私の家に来なよ。リュカが食べたいもの色々作ってあげる」
居た堪れないといった仕草を見せるリュカの手を引き、彼の歩幅に合わせて歩き出す。そして丘を離れる前に、もう一度振り返る。
――あなたのようにはなれないかもしれないけど、私なりにリュカを支えていきたいんです。だから、どうか見守っていてください。
「ぼく……オムレツ食べたいな」
「いいよ。沢山作るから、お腹いっぱい食べなよー?」
正直、まだまだ料理に関しては勉強の日々で胸を張れる自信はない。これからもっと頑張らなきゃ。リュカの為だと思うと、何でもやっていける気がする。実は以前から彼の側にいると、こうして心が暖かくなって優しい気持ちになっていくことが多い。
こうしてみると、彼には生まれつき何か不思議なものが宿っているのではないかと思えてしまうから不思議だ。私とリュカを繋ぐ手からは、陽の光にも似た熱が伝わってきていた。
幼少期のリュカ夢書こうとすると自然にこうなってしまう。