リュカ短編10

Morning glow

珈琲は苦いから

"リュカ、今日は大人のデートをしよう!"

 先週から恋人のナナシと約束していたデート当日。朝から何度も鏡の前で服装や髪型を整え、はやる気持ちを抑えて待ち合わせ場所に来た僕に向けられた一言。
 以前から突拍子のないことを言い出しては周りを驚かせてきたナナシ。最初はかなり変わった子という見方をしていた僕だけど、一緒に過ごしている内に彼女の魅力に気付き始め、いつの間にか惹かれていった。
 そんなナナシは僕と付き合ってからも相変わらず。まさに今も、彼女の発言に戸惑っている最中だ。

「一応聞くけど、ナナシのいう大人のデートって、どんなの……?」
「普段子供だけで寄らないような店を回ったりするの! 今から経験しておけば今後困らないと思うし。言うなれば大人になった時のための予行練習だよ!」

 そういって胸を張るナナシの顔は得意気だ。意図が分かった僕はしばし考えてみる。"大人になった時のための予行練習"か。
 恋愛というのは少しずつ経験を重ねていくものだって、いつかピーチ姫達が話していたのを思い出す。そういう点でもナナシの言うことは理にかなってると思うし、これは良い機会かもしれない。

「面白そうかも。今日はそれでいこうか」

 僕が手を差し出すと、ナナシは満面の笑みを浮かべて握り返してきた。

「そうこなくっちゃ! そうと決まれば、早く行こっ……じゃなかった、行きましょう?」
「流石に口調まで大人を意識しなくてもいいんじゃない?」
「うーん……確かに。何か疲れるし程ほどにってことで!」

 こういった適当なところにも振り回されがちだけど、不思議なことに全く気疲れしないのである。だからか、ナナシの回りには何だかんだ言いつつも友達が絶えない。これも彼女の魅力の一つなんだ。

「ナナシ、行く場所は決まってるの?」
「うん、昼時だしまずはお腹を満たさないとね。というわけで今から入るのはあのお店!」

 メインストリートを歩く中、ナナシが楽しげに指を指した先には一軒の喫茶店。ログハウス調の外観を入り口に据えた、落ち着いた雰囲気のお店だ。

「ここね、五十年以上続いてる老舗なんだって! 見た目からして大人って感じしない?」

 目を輝かせて僕の答えを待つナナシ。予想はしていたけど、彼女はやはり形から入るタイプみたいだ。僕自身、この店の前は何度も通ったことがあるけど、こうして中に入る日が来るとは思わなかったな。

「うん。落ち着いてる感じで良いと思う」
「でしょ! ここで過ごせば私達も大人の仲間入り確定だよ。早く入ろうっ」

 この返答に満足したらしいナナシは僕の手を引くと、意気揚々と木製の扉を開いた。真鍮のベルが鳴ると共に、ふわりとコーヒーの香りが鼻を通り抜ける。
 出迎えてくれた店員さんは僕達を見て一瞬目を丸くしたけど、すぐに微笑んでボックス席に案内してくれた。

「注文がお決まりになりましたら、ベルでお呼びください」

 丁寧に頭を下げて去っていく店員さん。僕達は向かい合うように座り、ようやく一息吐くことができた。改めて周囲を見渡してみると、他のお客さんは大人のお姉さんだったり年配の老夫婦だったり。
 内装も店の入口と合わせるように木製のインテリアで統一されていて、所々に動物を象った陶器のオブジェが飾られていた。年季の入っているジュークボックスからは穏やかな音楽が流れ、店内の空気は時間の流れを忘れさせる程にゆったりとしている。
 時折通りかかる人が僕達にちらりと視線を向けてくるけど、無理はないと思う。子供二人だけで、こういった店に入ってくるのは珍しいと思うから。
 それにしてもさっきから静かすぎるな。正面を向くと、そこにはもじもじとして俯いているナナシの姿があった。心なしか顔が赤い気がする。もしかして体調が悪くなったのかも。

「ナナシ、大丈夫……?」
「えっ! あ、うん、平気平気!」

 ナナシは大きく肩を跳ね上がらせると、ぎこちない笑顔を浮かべてみせる。この様子だと多分緊張しているんだろうな。入る前までの勢いは何処へいったのやら。自分から提案してきたのに、いざ入った途端ここまでしおらしくなるとは。
 これはこれで貴重な一面だな。何より可愛いし、もう少しこのまま眺めていたい――なんてことを考えていると、僕達のお腹が同時に空腹を訴えてきたではないか。そっと二人で顔を見合わせると、どちらからともなく笑みが溢れてくる。

「……ずっと我慢してたけど、もう限界!」
「ふふ、実は僕も」

 立てかけてあったメニュー表を手に取ると、特製サンドウィッチやパスタといった美味しそうな軽食の写真が並んでいた。
 しかしここも"大人"らしく、ファミレスと比べるとどれも高く感じる値段。だけど心配はない。僕はファイトマネーを、ナナシは使用人としてのお給料を毎月貰っているのでお小遣いに関してはそこそこ余裕があるんだ。

「どれも美味しそうで迷っちゃうなあ。とりあえずこのBLTサンドにフレンチトースト、ミートパスタと……あっ、この特製パフェも欠かせないよ!」
「その量は流石に食べ過ぎじゃない? この前ダイエット頑張るって意気込んでたでしょ」

 思わず苦笑するとメニュー表のページを捲る彼女の手がぴたりと止まる。まずい、地雷を踏んでしまった――かと思えば今度は逆方向にページを戻し始めるナナシ。どうやら選ぶことに集中していて僕の言葉は聞こえていなかったみたいだ。
 これはしばらくの間決まらないだろうな。今の状態だと会話も続かないだろうし。暇になってしまったけど、それはそれでいいか。彼女が夢中になって選んでいる姿を眺めるのも悪くない。

「飲み物どうしよ、コーヒーは苦いしなあ……リュカ、もうちょっと待ってて!」
「はいはい」

 難しい顔をしながらメニュー表と睨めっこしている姿は、彼女の理想とする"大人"の振る舞いからは完全にかけ離れたもの。でもそれが本来の彼女らしさであって、一切包み隠さず見せてくれる偽りのない姿。だからこそ僕は改めて惹かれてしまうんだ――


 結局、ナナシが注文を決めたのはそれから三十分後のことだった。

のんびり背伸びデート。MOTHER3のswitch配信記念も兼ねて。




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