真逆の君
僕はナナシが好きだ。勿論一人の女の子として。以前からナナシと二人でいると妙な気まずさを感じるようになりつつ、それでも一緒に過ごしたいという気持ちは変わらなかった僕。
そしてひょんなことがきっかけで気まずさの正体は緊張なんだと気付き、ナナシに恋をしていることを自覚した。ここからが大きな変化の始まりだった。
"ナナシ"、と彼女の名前を声に出すことすら照れ臭くなる上に彼女の顔を直視できなくなった。よくもって五秒が限界。更にはナナシに触れることを躊躇ってしまうようになった。前までは何気なく触れ合えたのに――。
そして最近の僕には不穏な色が混ざりつつある。更なる異変を感じたのはある休日のこと。トゥーンから"ナナシと遊びたい"ということで彼女の居場所を聞かれ、僕はそれを知っているにも関わらず知らばくれてしまったんだ。
「そうかあ……ありがとうなリュカ!」
「こっちこそ役に立てなくてごめんね」
自分じゃない誰かがナナシと二人きりになるなんて嫌だ、という彼女への独占欲が芽生え始めていることに気付き、何だか自分の恋心が悪い方向へ向かっている気がしたんだ。
"このままじゃ不味い気がする。こうなったら――"
嫉妬を覚えて歪に膨れる心を抑えるため、僕はナナシとしばらく距離を置こうと考えた。そこまでは良かったのに、この決断は大きな懸念を生み出してしまう。
自分と離れている間ナナシが他の誰かと親密になって、その上付き合い始めてしまったらどうするんだ。そんな不安に駆られた僕は、結局距離を置くことを断念して自分の心に正直であることにした。
こういう不安定な時こそ慣れないことはするものじゃない。そうだ、今は普段通りに振る舞えば良いじゃないか。こうしてなんとか自己解決し、一人頷いた途端――いきなり背後から衝撃が襲ってきた。
「うわぁっ!?」
僕の裏返った声が廊下に響く。何事かと振り返ると、そこには僕の背中に抱きつくようにしてへばりつく人物の姿があった。その人物とはなんと、今僕が恋い焦がれている少女ナナシだ。
「えへへ、リュカ捕まえたっ!」
彼女は無邪気な笑みを浮かべて実に楽しげな様子。僕はというと、その表情に釘付けとなり硬直していた。正確には突然ナナシが現れたことによって思考が停止したからだけど。そんな僕の気も知らず、彼女はにこにことしたまま。
「あれ、どうしたの? 固まっちゃって」
「……いや、何でもないよ。ちょっとびっくりしただけだから」
何でもないはずがないだろう。今だってこんなにも心臓がうるさいんだから。でもそんなこと言えるはずもなくて、適当な言葉で誤魔化すしかなかった。
対するナナシは僕の名前を気軽に呼んでくれるし、真っ直ぐに見つめてくれるし、こうして遠慮なく触れてくる。今の僕ができないことを、君は意図も容易くやってみせる。僕達ってまるで真逆のようだね。
「君こそ、いきなりどうしたのさ……?」
「さっきトゥーンに会ってね、遊びに誘ってくれたの。でも私、リュカとも遊びたいからずっと探してたんだ」
「それで、わざわざ僕を探して……?」
普段は何より遊ぶことを優先している彼女が、その時間を使ってまで僕を探してくれていた。その事実を知った瞬間、嬉しさで胸が暖かなもので満たされていく。
「最近さ、リュカがいないと何か落ち着かないんだよね。一緒にいるのが当たり前っていうか……多分、これが"好き"ってことなのかな」
ナナシの声は少しずつトーンを落としていき、最後の方は呟くように小さくなっていた。頬をほんのりと色付かせて、僕から視線を逸らす姿に今度こそ見惚れてしまう。
しかしそれも束の間。ナナシはぱっと顔を上げると、僕の右手を掴んで急かすように引いてきた。
「なんてね! ほら、トゥーン待たせてるから行こう?」
いつもの明るい調子に戻ったナナシは僕を先導するように歩き出す。後ろからじゃ彼女の顔は見えないけど、髪の隙間から見える耳にはまだ赤い色が宿っていた。
さっきの言葉、本気で受け止めても良いんだろうか。表し方が違うだけで本当はお互いに同じ想いを抱えているんだとしたら。君が僕のことを"好き"なんだとしたら、僕も同じ気持ちを伝えたい。そしていつかは、堂々と君の手を引いて歩いていけるような男になりたいんだ――。
想いの形や表し方は人の数だけあり、それと比例するように様々な受け止め方があるのかなと…そんな話。