リュカ短編14

Morning glow

結んで開いて

 僕は友人のナナシと共に中庭にある木陰のベンチで項垂れていた。折角の休日、部屋にいても勿体ないととりあえず外に出たもののこの暑さ。
 この日陰すら茹だるような熱気に包まれていて、逃げ場なんて何処にもなかった。やっぱり屋敷の中で過ごそうと提案を持ちかけようとした瞬間、ナナシから掠れた声が上がる。

「ああ暑いー……もう耐えらんない……ねえリュカ、トレーニングルーム行こうよ」
「えっ、何で……ってまさか」

 ナナシは吹き出る汗をそのままに何か企むように口角を上げる。なんとなく彼女の考えが読めてきた僕は呆れの入った視線を返した。

「うん、そのまさか。ステージを"氷山"に設定すれば快適な夏を、」
「ダメだって。トレーニングルームをそんな使い方したらまずいよ」
「良いじゃんー、リュカって変な所で真面目だよね」
「いやそうじゃなくって……実はこの前、別の人がナナシみたいにトレーニングルームをサボり目的で使って涼んでたみたいで――

 それに怒ったアイク兄はその人を捕まえ、何と溶岩だらけのステージ"ノルフェア"に連れていき説教交じりの試合を始めたという。
 だからもしまたトレーニングルームの悪用が発覚しようものなら、もっとえげつないことになるのでは。そう忠告するとナナシの表情には怯えの色が浮かんだ。

「ね、僕が止める理由がよく分かったでしょ」
「う、うん……何か別の意味で冷えてきたかも」

 この恐ろしい実話に流石のナナシも考えを改めてくれたみたいだ。それはそれとして、今はどうやってこの暑さを乗り切るかが最優先なんだけど。
 会話が止まった途端ナナシは再びぐったりとベンチの背凭れに寄りかかる。いつの間にか背後の木には蝉が止まっていて、けたたましい音を上げだした。

「ナナシ、やっぱり屋敷に戻ろうよ。部屋の中でゲームでもして過ごした方がいいって」
「むう……折角の休みだからいつもとは違うことしたいのにー。街じゃ色々イベントやってるみたいだしさあ……」

 その気持ちは充分わかるけど。しかし今年は例年に比べて気温の上がり方が尋常ではない。この異常な暑さの下、無理に出掛けたとしても満足に楽しめるだろうか。
 特に熱中症にでもなったら大変なことになる。いつもうるさいくらいに元気なナナシから笑顔が消える、そんなのは絶対に嫌だ。僕は立ち上がるとナナシの手を掴み、半ば強引に屋敷へ向かって歩き出す。

「わっ、リュカ、いきなり何、」
「こうでもしないと君は全然動かないからね」
「……リュカって時々強引だよねえ」

 ナナシはそうぼやきつつも、僕の手をしっかり握り返してくれる。互いの汗ばんだ指がしっとりと吸い付く様な感覚。
 いやだな、何か頬が妙に熱い。これは外気によるものじゃなく、内から沸き上がってきたかのようで屋敷の中に入った後も中々引いてくれない。
 困った、どうしよう。ナナシの方を向きたくてもこんな顔、とてもじゃないけど見せたくない。僕はナナシに見られないように俯きながら歩き続けた。すると横からくすくすと小さな笑い声。

「な、何……?」
「いやあリュカってば、とっくに屋敷の中に入ってるのに私の手掴んだまま歩いてくんだもん」

 そうだ、とっくに手を離しても良かったのに何をやってるんだ。どうやら僕もこの暑さでやられてしまったらしい。慌てて離れようとすると今度はナナシの細い指が僕の手に絡みついてきた。

「しょうがないなあ、甘えん坊なリュカの為に部屋まで繋いでてあげるからねー」
「だ、誰が甘えん坊だよ。僕はただ、」
「ただ、何?」

 首をかしげて僕を見つめてくるナナシには煽情的なものが見え隠れしていて、思わず言葉に詰まってしまう。単に彼女は僕の反応を楽しみたいだけだとは思っていても高鳴る心臓を静められない。
 せっかく涼しい室内に入ったのにこれじゃ意味がないじゃないか。ただ、このままナナシに乗せられるのは何だか癪なので今度は僕から彼女の手を包むように掴んでやる。

「あっ、えっとリュカ、どうしたの」
「さっきはただ暑くてボーっとしてただけ。それにさ、手を離そうとしたのにわざわざ握り返してきたってことは、君こそ僕と手を繋ぎたかったんじゃないの?」

 視線だけ向けて返してみれば、ナナシからは先程の余裕というものは消え失せて狼狽えるばかり。仕返しにしては少し意地悪だったかなと思う。でも僕の気も知らず煽ってきた君が悪いんだからね。

「……そうだよ。てっきり屋敷に入ったら手を離すと思ってたのにさ、リュカは繋いだままでいてくれて。正直驚いたけど……嬉しかった」

 聴いたか僕、"嬉しかった"だって。てっきり普段のようにのらりくらりと言い逃れると思っていたのに、ここまで素直に認めてくるとは思わなかった。ふと彼女を見ると頬を赤く染めているのが見えたので少しだけ勝ち誇った気分になるけれど、それは同時に自分の顔色も知られてしまったということ。
 遂に目を合わせることも出来なくなってお互いに俯いてしまったものの、不思議と繋がれた手が解かれることは無く。多分きっと、離したくないという想いが無意識に僕達を繫ぎ止めているのかもしれない。

「このまま、僕の部屋まで行こうか」
「あっ、うん……いいの?」
「だって嬉しいんでしょ? なら離す理由も無いよね」

 軽く手を引いて歩き出せば、ナナシは戸惑った様子で歩調を合わせようとついてきた。廊下を進む間、交わす言葉は少なかったものの僕の心は少しずつ高揚していく。それは彼女も同じのようで、頬から赤みが引くことは無く繋がった手と僕の顔を交互に見つめては、照れたように微笑んでいた。

「……ふふ、リュカ」
「どうしたの、ナナシ」
「ううん、呼んでみただけ」

 こんな些細なやり取りにすら心地よさすら感じていた僕は、すぐに部屋に着くのは勿体ない気がして敢えて歩を緩める。そんな僕達がより深く結びついたのは、ヒグラシの音色に包まれた夕方のこと――

お互いにほんのりと抱いていたものが顔を見せ始めた二人。というかリュカの話は夏絡みなの多いな。




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