リュカ短編2

Morning glow

癒し、冷やし

 窓の外では景色が陽炎のように揺らいでいる。今日は一段と暑くなるって予報で言われていたし、外に出るなんてありえないと思っていた。こんな日はエアコンが効いている部屋で音楽を聞きながら読書をしているのが一番。
 ベッドに寝転びながらヒーリング系の音楽をバックに、この前買った小説を楽しんでいた時だった。エアコンはブゥン、という異音を吐き出すと、それっきり機能を停止してしまった。
 リモコンのボタンを連打しても反応すらしない。フィルターの掃除はこの間済ませたばかりだし、私にできることはほぼ尽くした。でも電源すら入らないということは――つまりそういうことである。

「よりによってこんな暑い時に壊れなくたっていいのに!」

 つい叫んでみたものの事態が好転するわけではない。それどころか部屋の温度が上がっていく感覚がして、顔から汗が吹き出てくる始末だ。
 堪らず窓を開けてみるものの部屋に流れ込んでくるのは温い微風。これでも少しはマシかと思うけど、暑さに慣れる前に身が持たない。
 どうするか悩んだ末に、フォックスに見てもらおうかと考えた。彼は愛機アーウィンやランドマスターの整備の他にも、ちょっとした家電なら直せる技術も持っている。
 前に部屋のモニターが映らなくなった時も直してもらったことがあった。今回は整備用のパーツ代を奢るという約束で頼んでみようと思っていた。
 これでまた快適な真夏日ライフを取り戻せる。この時はそう確信していたんだけど、現実は甘くない。フォックスは急に舞い込んできた遊撃隊の依頼を受けるため、昨日から自分の世界に戻っていたのである。
 他に機器に強い人達もそれぞれ乱闘の試合が詰まっていたり、フォックスのように一時的に自分の世界に帰っていたりで頼めそうな余裕はなかった。
 どうにもできなくなった私は最後の手段に出ることにした。机の引き出しから自分の通帳を取り出し、預金額を見つめると小さくため息を零した。

「もう新しいやつを買う他ないよなあ」

***

 ――冷房に慣れきって弛んでいた体に鞭を入れつつ、私は街のデパートにやってきた。昼過ぎのこの時間帯、客はまばらで静かなものだった。
 そして何より、店内は涼しくて居心地が良い。しばらくベンチで涼んだ後、家電製品のコーナーに向かおうとしていた時だった。

「あれ、ナナシ?」

 聴き慣れた少年の声がして振り返ると、紙袋を片手にこちらを見上げるリュカの姿があった。私が片手を上げるとどこか嬉しそうに駆け寄ってきた。彼も買い物の途中だろうか。

「おぉ、リュカじゃん。そっちも買い物?」
「マスターに頼まれたものを買いに来たんだ。そろそろ帰ろうかと思ったらナナシを見つけてね。今日はどうしたの」
「実は部屋のエアコン壊れちゃって。新しいの買おうかなって思って来たんだ。最初はフォックスに修理を頼もうと思ってたんだけど今は元の世界に帰ってていないし」

 私が事情を話すと、リュカは仕方ないよと苦笑していた。それから私の方を見て何かを言いかけたところで思い留まったように口を閉じる。そんなことを何度か繰り返した後、彼は意を決したような表情をした。

「あのさ……もし良かったら僕も一緒についていっていい?」
「え、いいけど……お使いは?」
「いいよ。急ぎの物じゃない。それに、今屋敷に戻っても特にする事もないから」

 そう呟くリュカの顔は何故だかほんのりと赤く染まっていた。店内はこんなにも涼しいのに、一体どうしたんだろうか。
 そんな疑問も浮かびはしたけど私自身、今日は用事もなくて暇なのは彼と同じだということを思い出す。折角だしエアコンを買う前に少し遊ぶのもいいかもしれない。

「そっか! だったらエアコン買う前に少し遊んでいかない? 上の階にゲームコーナーあるしさ」
「……うん! いいよ」

 笑顔で答えてくれたリュカと一緒にエスカレーターに乗り込むと、私達は上階へと向かった。ゲームコーナーに着くと早速対戦格闘ゲームに興じていた私達だったが、結局どちらも負けず嫌いなものだから勝敗がつかず、引き分けのまま終わってしまった。

「リュカってこういうの得意だったんだね。知らなかった」
「ナナシこそ、結構やりこんでるんだ。少し意外だった」

 お互いに笑いながら次のゲームを探している時、ふとある物が目に留まった。それはクレーンゲームの筐体で、景品はなんと小型プラネタリウムの装置だった。

「へえ、今のクレーンゲームってこういう景品とか取り扱ってるんだ。プラネタリウム、いいなあ」
「ナナシ、星座に興味があるの?」
「星座というよりか、星空が好きなんだよね。小さい頃からよく外に抜け出しては眺めてたりしてたんだ」

 懐かしいと思い出にふける私を、リュカは目を細めながら見つめていた。なにか妙なことを言ってしまったんだろうか。何となく気恥ずかしくなった私は慌ててその場を離れた。その後も色々と見て回った。
 レースゲームでは二人とも熱くなりすぎてつい大声を上げてしまい、通りすがりの人達から微笑ましい視線を向けられたりした。
 ――時間はあっという間に過ぎていき、時計を見ると既に四時を回っていたところだった。遊び疲れた私とリュカは、フードコートで買ったアイスクリームを食べながら一息つく。

「これ美味しい。迷ったけどこれにして正解だったなあ」
「そんなに美味しい?」
「うん。一口食べてみる?」
「え、えぇっ、いいの?」

 私が頷いてスプーンを差し出すと、リュカは戸惑いつつもぱくりと口に含んだ。その途端、彼の目がきらきらと輝いた。どうやら彼の好みにぴったりだったらしい。
 その横顔に微笑ましさを感じながら自分の分を食べていると、不意に私の顔の前にアイスクリームが乗せられたスプーンが突き出される。驚いてリュカの方を見ると、こちらから目を逸らしつつ顔を赤くさせていた。

「……僕のも、美味しいよ」

 どうやら一口分けてくれるつもりらしい。それに気付いた私は小さく笑うと、遠慮せずに一口頂戴することにした。彼が選んでいたのはクッキーバニラで、こちらも美味しくて頬が緩んでしまう。

「ありがとう。とっても美味しかったよ」
「そっか。なら良かった」

 リュカはまだどこか照れくさそうにしていて、それが可愛くて思わず笑みを浮かべてしまう。今日は彼の色んな姿を知ることができて、なんだか充実した時間を過ごせたと思う。
 その後は残っているアイスを堪能しながら、通り過ぎていく人々を眺めていた。しばらくするとリュカは私の方をまっすぐ見つめてきて、その表情が真剣なものだったから私も自然と背筋が伸びた。
 彼は意を決したように深呼吸をした後、私の方に向き直るとこう告げた。

「また一緒に遊びたいな。その、今日みたいに二人で。ナナシのこと、もっと知りたいから」

 リュカも私といて楽しいと思ってくれたんだろうか。それが嬉しくて、私は何度も首を縦に振って同意を示した。そしてどちらからともなく手を繋ぐと、私達は帰路についた。
 本当に今日は満たされた日だな。数時間前まではエアコンが壊れて最悪だと思っていたのに――ん? エア、コン……。
 私は今日、何のためにあのデパートに向かったんだ。その夜、私は自分の間抜けさを悔やみながら汗だくになりつつ眠りに就いた。
 後日、新しいエアコンが届くまでリュカのPKフリーズに救われていたのは私とリュカだけの秘密である。

目的を忘れるほど楽しいことが起こる日もあるかもしれない。 




戻る
▲top