リュカ短編3

Morning glow

力が示すもの

 ある水曜日の午後。この日入っている試合が少なかった僕は、トレーニングルームに篭って超能力――所謂PSIの使い方を重点的に鍛えていた。
 僕のように特殊な能力を持つ存在は"この世界"ではあまり珍しくないようで、ファイターとして招待されたばかりの頃は自分よりも上の実力を持つ者が大勢いることを思い知らされた。
 それからというもの、出会った仲間達と鍛錬をしたり他世界から来た強者達と試合を重ねていく内に、更に強くなれた気がする。
 でも油断は禁物で、うかうかしているとあっという間に追い抜かされてしまう。だからこうして時間が出来た時は鍛錬の時間に回したりしていた。

「PSIの光って綺麗だよね」
「そう?」

 今まで僕のトレーニングを静かに見学していたナナシが不意に声をかけてくる。彼女は住み込みでこの屋敷で働いている使用人の一人で、僕と同い年。夜勤明けのこの日は休みということで、僕のトレーニングの見学に来ていた。
 ちなみに、僕はナナシにひっそりと片想いをしている。秘めている想いを打ち明けられないまま時は流れていき、こうして友人という距離感を維持してきた。

「うん。色んな色の光がキラキラしてて……それを使って戦ってるリュカやネスは格好良いなって!」
「そんな、いきなり褒めないでよ」

 好きな人から自分の力を褒められることはとても嬉しくて、心の器が暖かなもので満たされていく。同時に照れくさくなった僕は、それを誤魔化すように右手を真上に掲げて力を放つ。
 するとそれは花火を彷彿とさせる勢いで炸裂し、予想外の威力に僕自身えらく驚いてしまった。どうやら湧き上がる"嬉"の感情がそのままPSIの力として反映されたみたい。

「わあっ、今の一番凄かった……!」

 ナナシは上空で散っていく光を指さし、またも感嘆の声を上げていた。昔よりもこの能力を制御できるようになってきたとはいえ、相変わらず彼女が絡むと分かりやすいぐらいに表れてしまう。
 それが自分でも可笑しくて、少し切ない。不思議な力を持って良かったと思える瞬間。僕はこの力をもっと上手く使いこなせるようになりたい――

***

 数日後の休日。僕はナナシと一緒に屋敷の付近にある森の中を歩いている所だった。この日、ナナシはDr.マリオさんから生薬の材料となる薬草を調達してきてほしいと頼まれていた。
 その薬草はこの森にしか自生していないらしく、外部から安定して取り寄せるのも難しいものなんだそう。
 今日のDr.マリオさんは急患への対応に追われていて、普段のように自分で採取しに行くにも時間が取れず彼女に頼んだということみたい。
 それを知った僕は彼女を一人で行かせたくなくて、付き添うことにしたんだ。彼女も実は少し心細かったみたいで、同行を快諾してくれた。

「ありがとね、リュカ。一人でも行けそうって思ってたんだけど、やっぱり不安で」
「いいよ。もし何かあったら大変だし、僕としては楽しいから」

 そう言って微笑んで見せると、ナナシは安心してくれたのか口元を綻ばせた。その緩んだ表情を見るだけでも胸が高鳴ってしまう自分がいる。
 本当は二人で一緒に過ごしたかったから――なんて本音までは言えない。悶々としたまま暫く歩いていくと、開けた場所に出た。木漏れ日が差し込んでいてとても気持ちが良い。

「ここ、良い感じかも。頼まれてた薬草は日当たりの良い場所に生えてるって教えてもらったんだ」
「そうなんだ。手分けして探してみよう」

 ナナシは出かける前にDr.マリオさんから薬草の写真とメモを受け取っていて、僕達はそれを頼りに探すことに。葉は一見ヨモギに似ていて判別が難しく、根の色や形で見分けるのが確実だと教えてもらった。
 とりあえず似た植物を片っ端から見ていくしかない。小鳥のさえずり、風が吹く度に木々がざわめく音が耳に心地よく響く。
 天気予報ではここ数日快晴が続くと言われていたし、こんな気持ちのいい日にナナシと穏やかに過ごせて嬉しい限りだ。
 僕はいつの間にか自分の顔が緩みきっていたことに気付いて、慌てて彼女に背を向けて薬草を探す。そんな時だった。
 草が激しく揺れるような物音を耳が拾ったと同時に、ナナシの悲鳴が周囲に木霊する。

――ナナシっ!?」

 焦燥に駆られた僕の目に飛び込んできたのは、尻餅をついているナナシの姿。よく見ると左手で右腕を抑えながら体を小さく震わせていた。
 すぐに駆け寄って様子を伺うと、彼女の右腕からは血が流れていた。その横顔は青ざめていて、恐怖の痕を色濃く残している。

「どうしたの、その腕……!」
「茂みに蛇がいるのに気付かなくて……噛まれちゃって。私ってばドジだよね……っ」

 彼女はそう言いつつ笑顔を作って僕に応えようとする。だけどそれが強がっているだけってことは一目瞭然で、痛みをこらえている顔は血色が悪く汗が滲んでいた。
 もしかしたら毒蛇に噛まれたという可能性もある。僕が彼女の側についていれば防げたことかもしれないのに。浮かれている場合じゃなかったんだ。
 そう思うと居ても立ってもいられず、僕はナナシの腕を取ると血の滲んでいる傷口に手をかざす。二つの噛み跡が傷の深さを物語っている。

「えっと……リュカ、いきなりどうしたの」
「大丈夫。じっとしてて」

 ナナシが大人しく従ってくれたことを確認すると、怪我の箇所を見つめて意識を集中させる。僕の手から緑色の暖かな光が溢れると、傷口へと注がれていく。
 やがて光が消える頃には、傷はすっかり塞がり綺麗な肌に戻っていた。それだけだと不安だったから、一緒にヒーリングもかけておいた。これで一安心だろう。

「これで大丈夫だと思うけど、どうかな」
「……うん。痛くないしもう全然平気! ありがとう、リュカ!」

 ナナシは元気な様子で応えてくれて、僕としても安堵の息を吐く。もし彼女の身に取り返しのつかないことでも起きたりしたら、僕は今度こそ耐えられないと思う。
 もう昔のような――あんな思いは二度と繰り返したくないから。過去の光景が頭をよぎった時、何かに気づいたのかナナシが小さく声を漏らした。

「……きっとこれだ。探してた薬草!」

 ナナシは葉の形を確認すると、そっと地面から引き抜く。地中から現れた根の形も写真のものと一致していて、探し求めていたものに間違いないと確信した。
 周辺にも同じ種類の薬草が生えていることに気付いた僕達は、必要な数だけ摘み取ると土を綺麗に落としてバッグにしまい込む。
 これで頼まれたことは達成できたというわけだ。もうすぐ日が傾く時間帯だし、すぐに屋敷に戻らないといけないな。

「良かった、薬草見つかって……私一人じゃ無理だったかも。リュカがついて来てくれたお陰だよ!」
「僕は大したことしてないって」

 嬉しそうに笑うナナシにつられて僕まで頬が緩む。やっぱり彼女と一緒にいると落ち着く。この時間は僕にとってかけがえのない大切なものだ。
 ふと空を見上げると、太陽はだいぶ傾いていて夕暮れが迫っていた。僕達は来た道を引き返すように歩き始める。

「私ね、思うんだけど――

 ナナシはそっと上を向くと、木々の隙間から見える空を見据えるように呟き始めた。木漏れ日によって照らされている横顔は一枚の絵になるような光景だ。

「リュカの力の源って、優しさから来てるんじゃないかなって気がして」
「優しさ……?」

 唐突に告げられた言葉に思わず首を傾げる。彼女は大きく頷くと続ける。

「さっきリュカに傷を治してもらった時……光とは別の暖かいものが流れ込んできてね、それを感じた途端すごく安心できたんだ」

 僕はナナシにライフアップをかけていた時の心境を思い返してみる。大切な人の苦しむ姿を見たくない、救いたいという一心で、力を注ぎ込んでいたはずだ。
 それを彼女は"優しさ"として受け止めている。僕は無意識に想いまで送り込んでいたのかと思うと、段々と恥ずかしくなってきた。
 ナナシの顔を見ていられなくなって俯くと、右手が別の熱に包まれる。驚いて視線を向けると、彼女の両手が僕の手を包み込んでいるのだとわかった。

「……私ね。リュカの優しさとか芯の強い所、尊敬してるんだよ」

 ナナシの声がやけに近く聞こえる。今度こそ顔を上げると彼女は微笑みを浮かべながら、真っ直ぐにこちらを見ていた。
 その瞳は陽の光を受けて輝いていて、吸い込まれてしまいそうな錯覚さえ覚えてしまう。ナナシの手が離れると寂しさを感じて、今度は僕の方から彼女の手を取った。
 指を絡め合うと、再び彼女の温もりが伝わってくる。それがたまらなく愛おしい。しばらくそのまま歩いていると、ふいにナナシが手を握り返してくる。
 見ると彼女の頬は赤く染まっていて、目が泳いでいた。僕も同じように顔が真っ赤になっているに違いない。そう意識するとますます緊張してしまうけど――この手を離すことだけはしたくなかった。

「リュカの手、大きくて温かいね」
「ナナシ……もう少し、こっちに来て」

 木漏れ日の中で揺れていた二人分の長い影は、寄り添い合ってひとつに重なる。僕達はお互いの熱を確かめ合いながら、静かに歩みを進めていた。

リュカの持つ優しさはネスの持つ優しさとは別の形をしてると思う。




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