リュカ短編5

Morning glow

闇を灯す

 狂い猛る雄叫び。自身の悲鳴。身を震わす冷たい川の流れ。心を穿つ雷鳴と雨音。そして、呼び止めることも叶わず見送った背中。
 大切なものが次々と、手の届かない場所へ行ってしまう。叫んでも、足掻いても、伸ばした手に触れることなく――遠く、遠くへと。
 二度と戻らないという事実を叩きつけられ、途方に暮れていた幼き日々。ずっと僕の脳にこびりついて、剥がれることはない。
 息苦しい。時にはうなされ、吐き気すら覚える。もう、あんな思いを重ねるのは御免だ。三年前のあの日から、僕は変わってしまった。

"――もう二度と、失いたくない。"

 最早今の僕に残されていたのは、この想いだけだった。”心から祈れば叶う"、なんてものは幻想だ。そんな事実は"この世界"の何処にもない。
 祈るだけでは成せないと知るからこそ、人はあらゆる手段を講じるのではないか。願いを実現させるのはいつだって"力"を持つ者だけだ。
 成した者だけが踏み込める"願いの先"。例え忌み嫌われてでも、どんな手を使ってでも僕は目指す。こうして闇の中にひとつの"道"を灯した。
 結論に辿り着いた夜、僕の中に素敵な贈り物が舞い降りた。それは、僕が心の底から求めてやまなかった――"力"そのものだった。
 しかし、性質を理解して使いこなせるまでに三年を要した。その間、この力は次々と”正解"を教えてくれた。
 不快なら排除すればいい。必要なら奪えばいい。そして――"失いたくなければ、囲えばいい"ということを。
 今や、僕は誰よりも強くなった。だからこれから先、思うままに大切なものを守ることが出来るはずだ。

***

「お願い、リュカ。いい加減、ここから出して……!」

 タツマイリ村の北に位置する廃墟"オソヘ城"の一角、石造りの見張り塔の地下室。目の前の少女は潤んだ瞳を揺らし、僕を見上げている。
 彼女の名前はナナシ。僕の幼馴染で、家族と同じくらい大切な女の子。今の僕に残された、最後の宝物。
 そんな彼女の足首は、壁から伸びている古びた鎖によって繋がれている。理由は簡単だ。僕が彼女をここまで連れてきて、繋ぎ留めたから。
 ここにしまい込んでからひと月。その間ナナシは何度もここから脱走しようと試みていた。その度に僕は"力"を使い、少しずつ逃げる気力を削ぎ落としていった。
 勿論傷つけたりはしていない。眠りを誘う力で意識を落とし、連れ帰る。そういったことを繰り返してきた。
 その甲斐あってか最近では大人しくなり、静かに僕の帰りを待ってくれるようになったのである。

「まだ駄目だよ。君を守るためなんだ。そろそろ分かってほしいな」

 ここ数ヶ月――豚のマスクを着けた不愉快な連中が村に居座り、我が物顔でのさばっている。奴らは昔、森の動物達を捕らえて改造しては、凶暴なキマイラへと変貌させた危険な集団だ。
 それだけじゃない。村には"カネ"という概念を植え付け、奇妙な物体をばら撒き、村に根付いていたものを何もかも狂わせていった。
 現在は奴らに意を唱えようものなら"不自然な雷"によって制裁が下される。村の人達も次第に奴らを受け入れ、今では従順なものだ。
 だけど僕は違う。守りたい人がいる限り、奴らをこの地から退けるまで足を止めることはしない。ナナシも僕と同じく奴らに不信感を抱いている人間の一人。しかし僕と違って彼女は無力だ。
 万が一奴らの手に落ちたら、どんな酷い目に遭わされるかわかったものじゃないよ。いざとなったら誰かが守ってくれるわけでもない。もしかしたら、二度と会えなくなるかもしれない。そんなことは、絶対させない。
 だからこうして、ナナシの存在を大事に大事にしまっておこうと決めた。誰だって、大事な宝物は安全なところに置いておくものだろう。
 そう、全てはナナシを失わないようにするため。その為に今まで力を研ぎ澄ませてきたんだから。

「……本当にどうしちゃったの? 今のリュカ、昔とは別人みたいで……怖いよ」
「何言ってるの。僕は今も昔も変わらず、ナナシのことが大好きなんだよ」
「余計分かんないよ……こんな所に閉じ込めることと守ること、何が関係あるの!?」

 ナナシが叫ぶように言葉を叩きつけてくると、その目尻に溜まっていた雫が飛び散る。蝋燭の灯りに照らされた顔は濡れていて、それはそれは尊く感じられた。
 完全に怯え切った表情を見ていると、自然と頬が緩んでしまう。大丈夫、時期が来れば僕が言った言葉の意味を理解する時が来るから。
 僕の"願い"が成就した暁には、二人で新たな景色を見られるようになる。そうしたらきっと、君は僕の隣で心から笑ってくれるはずなんだ。
 望む未来の実現の為にも、今の僕にはやらないといけないことが山積みだ。名残惜しいけど、一旦ここを離れないといけない。

「やることがあるからそろそろ行くね。また逃げ出そうとか考えたら駄目だよ。外はここよりも遥かに危険なんだから。また夜、ご飯を持って行くから待っていてね」
「う、うぅ……なんで、こんなことに……っ」

 梯子に向かう僕の背にかけたものか、或いは独り言か。上擦った声で呟かれた言葉は、無機質な石壁の中で反響するだけ。
 床の扉を閉める直前、僕は一度振り返り彼女の様子を窺った。そこには涙を浮かべながら唇を引き結び、こちらを見上げている姿があった。
 ああ、なんて愛おしいんだろうか。彼女と過ごすこの時だけは、いつも心が満たされていく。せっかく芽生えたこの感情も僕の一部。今度こそ守り通してみせる。
 僕はオソヘ城を後にし、来る日のための準備を進めるべくお爺ちゃんやウェスさんの住むシルバーハウスへ向かっていた。

もし一章の頃に"別の純粋さ"を見出してしまったら、というIF的な話。
この世界線のリュカは自力でPSIを目覚めさせ、ボニーと共にブタマスク軍団に立ち向かってたり。
マジプシーと出会っていないので七本のハリや闇のドラゴンのことは知らないまま。
ですが利害が一致しているクマトラやダスターとは、時には協力するといった関係になってます。




戻る
▲top