リュカ短編7

Morning glow

温もり求めて

 早朝五時半。身支度をしている間、頭が重くて仕方がない。寝起きだからだろうと自分を納得させて、作業前のミーティングに向かう。

 八時。朝食を済ませたファイター達が食堂から出ていくのに合わせて片付けに入る。なんだか顔がほんのり熱い気がするけど、気温が高いからだろうと自分を納得させた。

 十一時。廊下の清掃をしている途中、足元がふわりと浮いたような感覚を覚える。次第に頭もぼんやりとしてきて、自分を納得させる言葉が浮いてきては消えていった――


「夏風邪、だな。疲労の蓄積も原因のひとつだろう」

 午後一時。私は自室のベッドの上にいた。ぼやける視界。動かない身体。Dr.マリオさんの声だけがはっきりと聞こえてくる。
 どうやら仕事の途中で倒れたらしい。彼は"数日は絶対安静だ"と告げると、部屋を出ていった。ドアが閉まる音と同時に大きなため息を浮かばせる。
 日頃から気を付けていたはずなのに、至らない部分が顔を出してしまった。不甲斐なさに呆れながら、目を閉じようとしたその時。
 控えめなノック音と共に、少年の声を拾う。

「ナナシ、起きてる……?」
「うん、どうぞ」

 遠慮がちにかけられた声に、出せる限りの声で応える。これも廊下まで聞こえるかどうかの掠れたものだけど、なんとか届いたようだ。ゆっくりと扉が開かれていく。
 声の主はリュカだった。私と同い年ぐらいで、この屋敷に住まうファイターの一人。普段は大人しいけど、芯は強くて心優しい男の子だ。
 彼はそっと歩み寄ってくると、眉尻を下げたまま覗き込んでくる。

「大丈夫? 君が倒れたって聞いた時、いてもたってもいられなくて……」

 軽く顔を傾けて見せると私は笑みを浮かべた。本当はまだ頭が重いし、身体も芯から火照るようで辛い。それでも目の前のリュカを少しでも安心させたかった。

「大丈夫大丈夫。寝不足だったんだよ。ちょっと寝てればすぐに――
「何で、嘘つくの?」

 言葉を遮るようにして、リュカは問いかけてきた。まるで隠し事をしている子供を嗜めるような声色。
 私を映す瞳には、海のように深い青を湛えている。それも私を咎めるかのように細められていて、少し勿体無い気がした。

「嘘じゃないよ、リュカは心配性だなあ……」
「風邪と過労だって聞いた」

 何だ、先にDrマリオさんから聞かされていたのか。どこまでも格好がつかないな。
 思わず苦笑いしてしまうも次の瞬間――彼の手が私の額に触れた。それが少し冷たくて心地よく感じるのは、この身に宿る熱のせい。

「こんなになるまで無理して……もっと自分を大切にしてよ」

 いつもより低めに放たれた声には、確かに暖かなものが込められていた。それは紛れもなく、心の底から相手を思いやる"優しさ"という形。
 私は額に添えられた手を取ると、その平に頬を擦り寄せた。彼の気持ちを受け止め、そして精一杯の感謝を込めるように。
 普段ならこうしたことは絶対にできないけど、熱に浮かされた今ならできてしまう。今は目の前の男の子に甘えていたい。
 一人になりたくない。いつまでも側にいてほしいとさえ思う。人間は身体が弱るとここまで人肌が恋しくなるものなのか。
 彼は驚いたように目を丸くしていたけど、振り払うことはしない。そういうところなのである。

「ありがとう、リュカ」
「別に、お礼言われるようなことじゃないよ……」
「こうして部屋にまで来てくれて、嬉しい」
「そう……それなら、良かった」

 手に触れたまま微笑むと、リュカは慌てた様子で俯いてしまった。表情は伺えないけど、それでも耳まで真っ赤に染め上がっているのが分かる。
 そんな姿に見蕩れている自分に気付いてしまうとどうしようもなく、ようやく彼の手を解放する。温もりが重なっていた頬が外気にさらされる感覚は切なくて堪らない。

「そ、そうだ。お腹すいてない? お昼、まだ食べてないでしょ」
「大丈夫、それより……少しでもここにいて。一人になりたくない……」

 無意識に出た本音は、自分でも戸惑うぐらいに甘ったるいものだ。リュカは私の言葉に一瞬固まっていたけど、やがて大きく頷いてくれた。
 我が儘に付き合わせてしまい申し訳なく思いつつも、彼の底知れない優しさに触れていたいという本能には抗えなかった。
 ここまで心が弱っていることを自覚させられるなんて。これもきっと熱が生んだ悪戯なんだろう、なんて思ってみたり。
 風邪が治ったら、今度は私がリュカの支えになってみせる。いずれは彼が遠慮なく甘えてくれるような、彼だけの特別な存在へと――

看病ネタ、好きなので何度も書いてしまう。




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