リュカ短編9

Morning glow

シアワセの形

※本編から十年後。ヒナワ・クラウス生存IFです。

 夕陽が山の向こうに隠れていく頃、夫は仕事を終えて帰ってくる。私はそれに合わせてテーブルに出来上がった夕飯を並べ、彼の戻りを心待ちにするのだ。
 ややあって木製のドアを叩く小気味良い音が届くと共に、柔らかくも落ち着きのある男性の声が聞こえてきた。

「ただいま、ナナシ」
「おかえりなさい、リュカ!」

 玄関先で出迎えると、私の夫リュカは穏やかな微笑みを浮かべて立っていた。片手には紙袋を提げていて、こちらに差し出してくると靴を脱ぎ始めた。

「それ、帰りにフエルから貰った。お菓子だって言ってたから後で食べよう」
「わあ、甘い香り……何が入ってるのかな」
「それは開けてからのお楽しみ。僕としては、今漂ってる匂いも堪らないんだけど」

 そういってリュカは自身のお腹を擦すると、肩に掛けていた荷物を椅子の上に置く。どす、と重厚感のある音。これには金槌や細かな工具といった、仕事に使う道具が詰め込まれている。
 これがかなり重たいもので、毎回リュカの代わりに奥の部屋へ運ぶ時は地味に腰にくる。彼はお義兄さんのクラウスや幼馴染みのフエルと共に建築会社を設立し、日々現場で汗を流しているのである。
 ちなみに今住んでいる家はリュカと私の結婚祝いにと、クラウスとフエルが仲間を募って建ててくれたもの。間取りなどはリュカと話し合いを重ね、快適に過ごせるように設計してくれた暖かな住居だ。

「さてと……今日の夕飯は何だろうな」
「ふふっ、今日は自信作だよ!」

 私がテーブルの真ん中に出して見せたのは、大きな鍋に入ったポトフ。これは家庭菜園で作った野菜を使ったもので、たっぷり時間をかけて煮込んだおかげでホクホクに仕上がっている。
 横にはカロリーヌさんのお店で買ったこのみパンが香ばしい匂いを漂わせ、今朝のとれたて卵を使ったオムレツはふわふわに仕上げてある。

「お、今日はオムレツもあるんだ」
「オムライスにするか迷ったんだけど、パンと合わせるならこっちかなって」

 リュカは子供の頃から兄弟揃ってオムレツが大好物。料理が得意ではなかった私だけど、オムレツだけは上手く作れるようになりたくて、昔からお義母さんに彼好みのオムレツの作り方を教わってきた。
 その甲斐あって料理の楽しさに気付き、今では色々作れるようになったけど自分の母やお義母さんの腕にはまだまだ敵わない。

「ポトフに入ってるの、昨日一緒に収穫した野菜だね」
「うん。今年も美味しく実ってくれて良かった」
「これもナナシが大切に畑の世話をしてきたからだよ」

 スープを一口飲んだリュカは、ほっと息をつく。どうやら味付けも口に合ったみたいで一安心。それからお互いに何気ない会話を交わしつつ、食事を進めていく。
 やがて食卓が片付くと、いよいよお待ちかねのデザートとご対面することとなった。冷蔵庫から取り出した箱からはあの甘い香りが立ち込めてきて、思わず頬が緩んでしまう。
 蓋を開ければそこにはつやつやとしたチョコレートケーキが入っていた。表面に散りばめられたパウダーシュガーが雪のようで、食べるのが勿体ないくらい。

「あ、チョコケーキ! 最近食べてなかったなあ」
「確かフエルは隣町の仕事に行った時のお土産って言ってたな。あの町、美味しいケーキ屋があるって有名だしそこで買ったんだろうね」

 フォークで切り分けたそれをひと口食べてみると、スポンジ生地に濃厚なチョコソースがよく染み込んでいてしっとりとした食感。後味も程よい苦味のお陰でくどくないものとなっている。これならいくらでも食べられそう――いや、体重計が怖くなってしまうじゃないか。
 慌てて小さく頭を振る私。ふと視線を感じて顔を上げると、向かいに座るリュカがにこにこしながらこちらを見ていた。

「……幸せ?」
「リュカ、いきなりどうしたの?」
「いや、何となく。ナナシは今、幸せ?」

 そう問いかけられた途端、脳裏に懐かしい光景が浮かんだ。世界が元の形を取り戻してから六年が経った頃。ある夕暮れ時の帰り道、彼から突然かけられた言葉。

"僕は君と出会えたことで、改めて幸せの意味を実感しているんだ"

 その時のリュカも優しく微笑んでいて、私はそんな表情を見て胸が熱くなったことを覚えている。それと同時に、これからは私の手でこの人のことを幸せにしたい――そう心の中で誓った。

「勿論、幸せだよ。こうしてリュカと一緒に過ごす時間が一番の楽しみだから」

 自然と口をついて出た言葉は偽りのない本心だ。今、私の"幸せ"はリュカによって形成されているといっても過言ではない。
 リュカは私の返答に頷くと、椅子から立ち上がるなり隣に来てそっと抱きしめてくれた。彼の体温を感じると同時に私もまた彼の背に腕を回し、互いの鼓動に耳を傾けながら存在を確かめ合う。

「こうしてるとさ、子供の頃を思い出すね」
「うん。僕が泣くたびにナナシが抱きしめてくれたこと……今でも覚えてる」
「あの頃のリュカは泣き虫だったもんね。今じゃこんなに逞しくて、素敵な旦那さんやってるけど」

 照れくさくなり、最後の方になると声が小さくなってしまった。でもリュカにはしっかり聞こえたらしく、抱きしめる腕の力が強くなる。ちょっと苦しいけど、彼なりに加減をしてくれているのは伝わってきた。

「あの頃からずっと、このままじゃいけないって思ってたんだ。いつかナナシを守れる男になりたいって、心から願ってきたから」
「……これからも頼りにしてるよ、リュカ」

 互いに顔を見合わせて笑い合った後、どちらともなくキスをする。触れ合うだけの優しい口付けだけど、それだけで心が満たされていくのを感じた。大好きな人が傍にいてくれるだけで、”幸せ”はこれほどにも大きく膨らんでいく。
 これから先、何が起ころうともこの手を離すことはない。例え再び世界を揺るがすような運命に囚われたとしても、きっと大丈夫――

世界再生後の話。タツマイリ周辺もそこそこ発展してます。ちなみに大人リュカは職業柄細マッチョ風というイメージ。




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