ネス短編10

Morning glow

Straight!

「それじゃいくよー」
「いいよ」

 休日の昼時。私は今、近所の公園でネスとキャッチボールをしている――とは言うものの実際は私のボールの投げ方とかを彼に指導してもらってる所なのである。

「私の投げ方凄いんだからね、驚くなよー」
「はいはい」

 私はネスのグローブ目掛けて全力投球した、はずだった。私の手を離れたボールは真っ直ぐどころか明後日の方向に飛んでいき、近くにあった木に当たると私の顔に跳ね返ってきた。

「ぶっ――!!」
「……なるほど。驚異のコントロールだね」

 痛がっている私を見てネスは呆れたように肩をすくめていた。こちらとしては幸い鼻血は出てなくて一安心だけど、なんとも居た堪れない。

「ま、まだ体が温まってないだけだもん!」

 じんじんする鼻を押さえながらも言い訳をすることで羞恥心を振り払おうとする。こちらの必死の弁明に彼は大きなため息をつくと、近付いてきて私の後ろに回ってきた。

「え、何」
「まずフォームがなってないんだよ。だからあんな風になるんだ。ほら、もう少し足開いて、腕はこうして、」

 ネスは背後から私の腕や肩に手を沿え、正しい姿勢を教えてくれる。そして言われた通り投げてみると、さっきよりは遠く真っ直ぐに飛んでいった。

「あ、ちゃんと投げられた!」
「うん、良い感じだね」
「ありがとうネス! やっぱり持つべきものは親友だね!」
「はいはい……全く、調子良いんだから」

 ネスは呆れながらもその口元は緩んでいた。すると彼はベンチに立てかけてあったバットを手に取り、少し離れた位置に立った。なるほど、実際の野球のようにやってみようということか――望むところである。

「じゃあ実践だね」
「えぇー、いいの? 投げ方を理解した今の私ならネスを三振させちゃうかもよ?」
「へえ、やってみれば?」

 バットを肩にかけて余裕綽々といった表情でこちらを見つめてくるネス。なんだか悔しくなってきた私は、彼を驚かせてやろうと思いっきり力を込めて投げる。
 しかし投球は真っ直ぐに飛んでいっただけで、彼へは届かずに空中で勢いを落としてしまった。
 足元に転がるそれを見ていた彼は肩を震わせる。明らかに笑いを堪えている姿を見てムキになった私はまた投げるも、やはり届かない。

「えぇ……何でぇー!?」
「くくっ、ねえ、僕を三振させるんじゃなかったの?」

 まだ頬をひくつかせているネスに挑発されると胸の底から込み上げてくるものがあった。今に見てなよ、次こそ。
 そう思って全速力で投げた。私の渾身の一投は勢いを落とすことなく彼の構えたところに一直線。今度はもらった、と確信した瞬間――どこか爽快な金属音が響き渡ると同時に、ボールが恐ろしい速さで青空を横切っていった。

「へ……?」

 呆けた顔でゆっくりとネスの方を見ると、彼は既にバットを振り抜いた姿勢で立っていた。ということは、見事にホームランを打たれてしまったということか。

「今のは良い球だったね。まあ、まぐれかもしれないけど」
「な、何を!」
「ほら、早く次の投げてきて。一回でも僕を空振りさせてみせてよ」

 まだ挑発的な態度を取る彼に熱くなった私はボールを投げる。しかし結果は同じこと。どう投げても綺麗なスイングで打ち返されてしまう。何度も繰り返している内に遂に疲れ果て、私はその場に座り込んで空を仰ぐ。

「……悔しいなあ」
「でもナナシ、練習する前よりは随分良くなったと思うよ」

 そう言って優しく笑いかけてくるネスを見ていると、今までの疲れなんて吹き飛んでしまった。昔から薄々感じてはいたけど、私って単純な性質なのかもしれない。

「でも……もう少し体力つけようか」
「ふう、はぁい」

 肩で息をしながらなんとか返事をした。一回休憩を挟み、一度大きく背伸びをする。結構頑張ってるつもりだけど、ネスからしたら私は足元にも及ばないんだと思う。
 バッグから水の入ったペットボトルを取り出して水分補給をし、ベンチに座って遠くを見ていると突然ネスがバットを手渡してきた。

「そろそろ休憩終わり。次は打球のフォームを見てあげるから」

 促されるままにバットを受け取ると、ネスは私の両手を持って正しいフォームに直してくれる。

「肘はもう少し上げて、あとは軸足の膝の曲げ伸ばしを意識して……そう、それでいいよ」
「……えっと、こう?」
「うん、いい感じ。それじゃあ打ってみようか」
「えっ、今から!?」
「大丈夫、ナナシでも打てるような速度で投げるから」

 そう言うなり私から少し離れたところに立つと、ネスは静かにボールを構えた。打つ側になるなんて初めてだからとても緊張する。
 でもさっき私が打てる速度で投げてくれるって言ってたっけ。私は深呼吸をして、教えてもらった姿勢をなんとか思い出しながらバットを構える。
 そしてネスが振りかぶってボールを投げた。しかしボールが迫ってくる瞬間、私は思いっきり目を瞑ってしまう。
 ダメだ――やっぱり怖い。こうして情けないことにバットを振れずに飛んできたボールを見送ってしまった。

「ナナシ、目を瞑ってたらボールが見えないよ?」
「で、でも何か怖くて」
「しょうがないなあ」

 肩をすくめたネスは再び私の後ろに回って両腕を握ってきた。二度目とはいえども体が密着してしまう感触には慣れないものがある。背中に彼の胸板が当たっているだけで身体は勝手に熱を帯びてくる。

「あの、ちょっと! 今度は何?」
「いいから、ほら」

 私の方は緊張して声が上擦るもネスは気にならないようで、そのまま私の腕を持ちながらもう一度構え方を教えてくれた。

「ボールが怖いのは自分のフォームに自信が無いからだよ。今教えた体勢を保ったまま、まずはこの状態でバットを振るんだ」

 彼の指示に頷きながら言われた通りに再度フォームを整え、何度か素振りをしてみる。すると段々と肩や手に馴染んできたみたいで、違和感なくバットを振れるようになってきた。

「じゃあ次こそバットに当ててみようか」
「うぅ、できるかな」
「そんな不安そうな声出さないでよ。ちゃんとフォローするから」
「……わかった。やってみる」

 ネスは笑顔で頷くと私から離れていく。触れていた背中や腕にはまだ彼の温もりが残っていて、胸の奥にもじんわりと熱を宿していく。
 位置についた彼がグローブをはめてボールを構えた。いよいよだ、ここまできたらやるしかない。

「よし、じゃあ行くよ?」
「……いいよ!」

 ネスが大きく振りかぶる。丁寧に教えてもらったんだから、今度こそ打ち返してみせる。
 投げられたボールは予想よりも遅く、彼は宣言通り私にも打ちやすい速度で投げてくれているのが分かった。これなら、いける――
 そう思って私はバットを思いっきり振った。次の瞬間ボールが当たった衝撃がバットを伝って腕に響く。
 しかし当たり所が悪かったのか、思ったような快音は鳴らずボテボテとした音が転がるだけだった。
 それでもなんとかバットに当てること自体は成功し、ボールは私達の間をコロコロと転がっていく。

「お、当てられたね」

 ネスは私の方に来ると嬉しそうに私の肩を軽く叩いてきた。私もつられて笑顔を浮かべるものの、自分はまだまだ未熟だと思い知らされる。

「でもネスみたいに上手く打ち返せないよ」
「もっと練習すれば伸びるって。ナナシは初心者なんだし、これからだよ」

 彼は何かと言いつつ、いつも私のことを気にかけてくれてる。いつも私がドジをするとすぐに駆けつけてくるし、心が沈んでる時にも支えようとしてくれて。
 今日だって、突然だった私のお願いを聞いて嫌な顔一つしないで練習に付き合ってくれた。
 やっぱりネスは優しい人だと実感すると同時に、昔から今日まで微かに感じていたもうひとつの感情が溢れそうになる。

「ねえ、ネス」
「何?」
「……なんでもないや」

 私は今、何を言おうとした。突然こんなことを打ち明けても彼を困らせるだけじゃないか、やめておこう。
 唇まで出かけた言葉を飲み込むと、首を横にふって誤魔化した。すると今度はネスが喉の奥で言葉を捏ねくり回していたようで、やがて小さく口を開いた。

「あのさ。僕、君のそういう頑張り屋な所とか……良いなって思ってるから」

 私は思わず固まってしまった。顔に先程の熱が寄り戻ってくるのを感じる。なんで急にそんなことを言い出してきたのか、分からない。
 そもそもこんな風に褒められるなんて思わなかった。私は必死に戸惑いを隠し、平静を装いながら返事をする。

「そ、そう、ありがと」
「でもすぐ調子に乗ろうとするところはダメだけどね」

 ネスはそう言って私の好きな笑顔を浮かべる。彼はこうして私の良い所も悪い所もすぐに見つけて教えてくれて。
 そんな所にも私は惹かれたんだと思う。でも、言われっぱなしは癪だから少しだけ反発したくなる。私は彼の袖を引っ張って笑顔で返してやった。

「そういうネスの何かと一言多いところ、私は"良い"個性だと思うよ?」
「何それ、嫌味として受け取っておくけどいい?」
「どうぞお好きに」

 私の返答にネスは余裕げに浮かべていた笑みを少し崩して、片眉を吊り上げた。もしかして怒ったのかな。珍しく私にムキになる姿がなんだか可愛く見えてきた。

「何か今日のナナシ、ちょっと生意気だね」
「ネスの方こそ、いっつも妙に余裕ある感じじゃん? 昔はそんなことなかったよね。もっと愛嬌もあったしさ」
「僕は君みたいな子供とは違うんだよ」
「はぁっ? 私と同い年じゃん!」
「そういう意味じゃなくて、」

 後頭部を掻きながらため息をつくネス。このように、私は最近彼に対して素直になれなくなることが増えた。
 ささくれのように引っかかる余計な一言に反発したいっていう気持ちもあるけれど、それ以上に何だか恥ずかしくてつい憎まれ口を叩いてしまう。

「まあいいか。それより今度また野球教えてあげる。ナナシはまだまだだからね、色々と」
「何それ。そこまで言うならこっちだってもっと練習して、上手くなってみせるんだから」
「はいはい、期待せずに待っといてあげるよ」

 ネスは私を軽くあしらうと歩き出す。もう、その態度がにくらしい。私は追いかけて彼の隣に並ぶと、そのまま手を握ってやった。驚いたのかネスは一瞬肩を震わせると、目を丸くしてこちらを見つめてくる。

「ナナシっ?」
「そうやって笑っていられるのも今の内なんだからね! すぐにストレートで三振取ってやるから!」

 それだけ告げると、ネスを追い越すように駆け出す。なんだかこのままだと私の心が持たなかったから。
 ネスはしばらく呆気に取られていたけど、すぐに我に返ったようで"楽しみにしてるよ"と私の背中に声をかけてきた。
 今はこの距離感でもいい。いつか真っ直ぐに自分の想いを伝えられる日が来ると良いんだけども。燻る熱を胸に秘めたまま、彼との日々は続いていく。


さっぱりとした青春的な。 




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