ネス短編19

Morning glow

始まりの予感

 僕はルイージ。あのスーパースター"マリオ"の弟で、自分で言うのもなんだけど世界的に名の知れた兄弟。今は兄さんと共に"スマッシュブラザーズ"の一員となって"この世界"で過ごしている。
 そんな生活の中で近頃気に掛かることがあった。それは同じくファイターとして"この世界"に呼ばれた超能力少年、ネスについて。
 実は彼、僕とは同期のようなものでスマッシュブラザーズ最古参メンバーの一人。それもあって絡む機会も多く付き合いは長い。
 気になる点というのは、そのネスがよくぼんやりとするようになったことだ。それだけでなく時には不自然なほどに張りきったり、ひどく落ち込んでいたりと、一言で言えば情緒不安定。
 普段は穏やかであまり感情に振り回されず、何事にもポジティブに構えている少年。だからこその変化に僕は少なからず戸惑っていたんだ。
 なんでも最近、彼はこの屋敷で働く使用人の女の子、ナナシのことを意識しているらしい――というのは同じくスマッシュブラザーズの一人であるデデデ大王の見立て。
 普段は何かと強引に意見を押し通してくる大王だけど、ここぞという時の"読み"の強さには幾度も助けられてきた。おそらく今回も、彼の目の付け所は間違っていない気がする。それもあの一件を目にした時、確信したからなんだけども――

***

「あっ、ネス。乱闘終わったとこ? お疲れ様ー!」
「わ、あ、ナナシ……! 君もお仕事お疲れ様……」

 ――三時間前のこと、廊下を歩いていたら偶然ネスとナナシの姿を見つけた僕。この通り彼女は元気溌剌で、誰にでも親しげに挨拶をし、日々真面目に仕事に励んでいる。
 その裏表のない明るさから、この屋敷に来て間も無くファイター達とすっかり馴染んでいったんだ。
 そして肝心なのは今のネスの態度。ナナシに声をかけられた途端にしどろもどろになる様は、いつもの彼にしては珍しいもので。

「確か午後にも試合あるんだよね? 久しぶりに観戦しようかなって!」
「えっ! ナナシ、見に来るの……?」

 ひどく狼狽えだしたネスとは対照的に、ナナシはきょとんとした様子で首をかしげていた。分かりやすい。実に分かりやすいよ、ネス。

「うん。今日の仕事お昼までだし時間はあるから、せっかくだし見たいなって……あれ、もしかしてマズかった?」
「う、ううん! そんなことないよ! むしろ見てもらいたいくらいだよ……! はは、あはは……っ」

 廊下に力ない笑いが響く。なるほどなるほど。ナナシを前にすると、あの頼もしい姿が鳴りを潜めてしまうと――そういうことか。

「そっか、良かった! じゃあ私、大広間の掃除に行かないと。次の試合頑張ってね、応援行くから!」
「う、うん……ありがとう」

 ナナシは笑顔と共に激励を贈ると、用具入れのカートを押して廊下の奥へと消えていった。ネスはというと、彼女の姿が見えなくなると同時に側の壁に力なく寄りかかる。
 片腕を額に押し当て、そこから覗く頬は紅色に染まっていた。まるで燻っている熱を逃がそうとするかのように、深く長く吐き出されるため息。

「はぁ……絶対勝たなきゃ。絶対に……」

 その吐息に滲むのは、ナナシを意識するあまり沸き立つ想いなのか。ネスは彼女の存在にこれほどまでに翻弄され、胸を高鳴らせている。その姿を見ればもう十分だった。
 いやはや、これは実に貴重な場面に出くわしたものだよ。もしかしたら大王もこうしたものを目撃していたのかも。ネスの異変の原因は間違いなく――"恋患い"からくるものだと、僕は確信した。

***

 こうして三時間後、つまり今に至るという訳だ。しかし原因がはっきりした所で、僕にできることは限られている。
 それでもネスは大事な仲間だし、放ってはおけないよ。取り敢えずはこれから始まる彼の試合を見守るしかない。
 ナナシを意識しているであろうネスが、どこまで普段通りに闘えるのか。勿論勝てたらそれが一番良いけど、もし緊張が足を引っ張ってしまったとしたら――まずい、またいつもの心配性が顔を出し始めた。
 慌てて頭を振る僕の横に、誰かが座る気配。そこには首をかしげながらこちらを見つめるナナシの姿があった。

「ルイージさん、どうしたんですか?」
「や、やあナナシ。君も観戦に来たんだね」
「はい、久しぶりに試合を観戦したいなって思って。これからネスの試合で、彼には観に行くって伝えてあるので!」

 期待を瞳に宿し、にっこりと微笑むナナシ。さあネス、ここからが頑張りどころだよ。開始時間となり、ファイター達が一斉にステージに降り立つ。
 スピーカーから溢れんばかりの歓声が響き渡る中、モニターに映る彼の表情は石のように固くなっていた。
 その後、試合が進むにつれてネスの動きはぎこちないものとなる。その挙動はまるで玩具のロボットのようで、いつもの超能力を駆使したメリハリのある動きには程遠い。
 それに気付いた他のファイター達に隙を狙われては点差が開き、なんとか取り返そうとするも尽く空回りしている。やっぱり、と独りごちる僕の隣でナナシも違和感を覚えたらしく、小さく唸っている。

「んー……ネス、何かあったのかな。いつもの余裕さが無いみたい」
「ま、まあきっと気のせいだよ」
「そうなら、いいんですけど……」

 いや、本当は君が原因なんだろうけどね――なんて口が裂けても言えないよ。その後もネスが逆転することはなく試合終了。残念ながら僕の懸念が当たった形となった。あれから廊下で待ってみても、彼が控え室から出てくる気配はない。

「ルイージさん。私、ネスの様子を見てきます!」
「あ、ナナシ……!」

 止める間もなく彼女は控え室のドアをノックし、ノブに手を掛けると遠慮気味に声をかける。

「ネス……大丈夫? 開けてもいい?」

 返事がない代わりにがたがたと物音が聞こえてきた。多分ナナシの声だと分かって余計に出られなくなったんだろう。
 同じ男としてなんとなく分かる気がする。好きな人の見ている前で負けてしまった上に、その人から慰められでもしたら余計に辛くなるかもしれない。
 このままそっとしておくべきなのか。悩みに悩んでいると、ドアノブに掛かったままのナナシの手に力がこもる。

「ネス、ごめんね。入るよ」
「え……ちょ、ちょっとナナシ……!」

 僕の制止も虚しく、彼女はノブを捻って扉を開いた。静まり返った控え室。ネスは部屋の隅で椅子に腰かけて俯いていたらしく、ナナシの突入で慌てたように顔をあげた。

「あ、ナナシ……!?」
「試合お疲れ様。残念、だったね」

 控えめにかけられた声にネスは視線を逸らすだけだ。僕自身もかける言葉が見つからない。再び訪れた静寂の中、このまま時間が流れるばかりか、と思われたその時――

「……そうやっていつまでもウジウジしないの! 男の子でしょ!」

 憂いも何もかも吹き飛ばさんとする声が部屋中に木霊した。普段温厚な彼女から発せられた叱責。ネスは弾かれるように顔を上げ、鳩が豆鉄砲を食らったかのように呆然としている。
 もうこうなると、彼が調子を出せなかった原因なんてとてもじゃないけど言えないや。ナナシはネスの前まで歩み寄ると、そっと屈んで目線を合わせた。僕が間に入り込む余地はなさそうで、ただ二人の成り行きを見守る。

「負けて悔しい気持ち、全部とはいえないけど分かってるつもりだよ。今日のネス、調子が悪かったんだろうなってことも……でも最後まで諦めずに戦ってたネスは、その……格好良かった!」
「ナナシ……」
「負けたらさ、また頑張ればいいんだよ。諦めないことって、すごく大切だと思う。だから……」

 ナナシは言葉を区切ると大きく息を吸い、突然ネスの手を取り包み込むとにっかりとした笑みを浮かべて見せた。

「特訓しよう!」

 思いもよらない提案にネスは何度も目をまばたきさせている。かくいう僕も呆気に取られたままだ。当のナナシは至って本気のようで、立ち上がると有無を言わさず話を進めていく。

「今ならトレーニングルームも空いてるだろうし、行こうよ!」
「ちょっと待って……! ナナシ、僕はっ、」
「そうだ、ルイージさんも一緒に来てくれますよね!?」
「え、僕も!? い、いいけど……」

 前のめりなナナシの勢いに流されて頷くと、彼女は善は急げとばかりにネスの手を引いてドアへ向かった。"ファイターでない彼女が一番張り切っているような"、とこぼしつつ続くように部屋を後にする。
 しかし控え室を出たこちらの前に、巨大な影が立ちはだかった。分厚い赤のマントに独特な模様の腹巻き。その巨体に見合ったハンマーを片手に鼻を鳴らすのは、デデデ大王その人であった。

「ふん、オレ様も特別に付き合ってやるか。丁度いい暇つぶしになる」
「デデデ大王!?」
「わあっ、大王も手伝ってくれるんだって! 頑張ろうネス!」
「えっと、分かったから引っ張らないでっ、」

 誰よりもはしゃぐナナシに腕を引かれ、ネスはなすすべなくトレーニングルームへと連行されていく。そんな光景を眺めながら後を追う僕達は、顔を見合わせると小さく息をついた。

「やれやれ、あれじゃ将来は尻に敷かれたりしてな」
「あはは……後はネスの頑張り次第かなあ。今後何かあったら相談に乗ってあげよう。でもネスとナナシなら大丈夫だと思うけどね」

 前を走る二人の未来は明るいと、僕にしてはなんとも前向きな予感がしていた。何故なら、あれだけ沈みきっていたネスの横顔には、仄かな熱の色と共にいつもの穏やかな笑みが戻っていたから。
 きっと君の恋は、これからが始まりなんだ。頑張れネス。負けるなネス――

たまには少しカッコ悪いネスサンも。亜空トリオの絡み、大好きです。




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