幼馴染はポリスメン
私の幼馴染であるネスは、地元のオネット警察署に務める警察官。子供の頃は絵に描いたような野球少年で、勉強よりもクラブ活動に専念しており"将来はメジャーリーガーになりたい"なんて息巻いていた。
しかしそれは十二歳の頃までの話。当時オネットの裏山に隕石が落ちてきた日を境に姿を消し、帰ってきたのはそれから約ひと月後のこと。久々に会った彼の顔つきはなんだか逞しく見えて、間違いなくこの一ヶ月間で大きな"何か"を成し遂げてきたんだと悟った。
その後ネスは野球だけでなく勉強にも身を入れ始め、大学卒業後はなんと警察学校に入学。当時の私は彼の進路を聞いた時、とてつもなく驚いたものだった。
"えーっ! ネス、警察官になんの……!?"
"うん、実は結構前から決めてたんだ。採用試験に受かったし、来月から警察学校での寮生活になるからしばらくの間会えなくなると思う"
飄々とした性格で、時には私を茶化して遊んできたお調子者に、一体どんな心境の変化があったんだろうかと。それでも彼が選んだ道だからこそ、私は精一杯応援しようと決めた。
社会人となった今でも多少おちゃらけた一面は残しているけど、市民の安全の為に奔走する姿は立派な警察官そのもの。
そんなネスの生き様に、少しずつ心がグラついているというのはここだけの秘密。本人に知れたら最後、どんなにからかわれるか――きっと心臓が耐えられない。
そして私は現在、偶然公園をパトロールしていたネスに声をかけられ平静を装うことに必死なのである。
「やあナナシ。見たところ買い物の帰り?」
「うん。今日は私が夕飯作ることになっててさ。これでも昔に比べれば料理の腕上がったんだよ」
「へえ、かつては玉子焼きですら焦がしてたナナシがね……今度君ん家に夕飯食べに行こうかな? 久しぶりに審査してあげるよ」
「もう私の料理はネスの舌で測れるほど単純じゃないんでーす」
こうしたやり取りも相変わらず。昔と変わらない空気で少し安心する。それでも楽しげに口角を上げる顔には青年らしさが滲み、袖から伸びる腕も筋肉質で引き締まっていて――駄目だ、頬が勝手に熱くなってきた。
ただ俯くことしかできず地面を見つめていると、ネスは何事かと覗き込んできた。互いの身体がより近付き、私は反射的に肩を引く。悟られないように努めていたのにこれでは台無しじゃないか。
「ナナシ、急に黙り込んでどうしたのさ」
「だ、大丈夫だから! それより仕事中に雑談とかしてていいのっ?」
「傍から見れば僕が君に職質してるようにしか見えないし、これならサボりだと思われないよ」
「ネスは良くても私はダメじゃんそれ!」
話を逸らすにしてはあまりにも可愛げのないこと。彼が新米警官となった頃は"あのネスが警察官の制服着てるんだから世の中分からないね"なんて茶化していたけど、一度意識し始めた途端にこの有り様。我ながら重症である。
とにかくこれ以上ボロが出ない内に離れようと考える自分と、もう少しだけ彼と居たいと思う自分がせめぎ合っている。そして再び悶々とする私を差し置いて、突然ネスの口から飛び出した思いも寄らない発言。
「そうだナナシ、今度の日曜は暇かな。その日僕も非番だし、良かったら二人でドライブ行かない?」
「勤務中にナンパしてくる警官がいるとか、私この町の未来が心配だよ」
「ははっ、言うようになったね。君にしかしないんだけどな、こういうの」
そう呟いて後頭部を掻く姿すら格好いいと思ってしまうんだから、本当にどうしようも無い。最後の言葉だってきっと私をからかう為だと読んでいるのに、嬉しさに沸き立つ心を抑えきれない。このままでは今まで必死に取り繕ってきたものが壊れてしまう。
だけどもし、期待通りのことが待っているとしたら――私は素直に踏み出していいだろうか。気付けばそっとネスの顔を見上げて、今にも首を縦に振ろうとした時だった。
「おい、ポリ公!!」
ふと割って入った怒声によって私の意識は割かれた。そこには一人の少年がおり、鋭く細められた双眸でこちらを睨みつけている。見た目からしておそらく十代後半といったところか。
ネスは少年の顔をしばらく見つめ、何か思い出したかのように軽く手を叩くと私の前に庇うように立つ。不穏な空気に戸惑っていると彼は振り向き、"大丈夫だから下がってて"と囁いてきた。
「誰かと思えば、先週取り逃がしたっていう強盗の残りじゃないか。ようやく出頭する気になったのかな?」
「何ヘラヘラしてんだ!? テメェらが捕まえた俺のダチ、早く返せよ!」
「そんなに会いたいなら、ここで大人しく捕まっておけばいずれ再会できるよ?」
「舐めた口利きやがって……! そこの女ごとやっちまうぞ!」
激昂した少年は上着のポケットからナイフを取り出すと、こちらに迫りながら振り上げてきた。ネスは軽く真横に身体を反らしただけで避けきり、少年の腕を掴んで捻りあげるとナイフを奪い地面に捨てる。
次に足を掛けてうつ伏せに転倒させ、その上に跨ると後ろ手に拘束し身動きが取れないようにしてしまった。
武器を持った相手に対して素手で立ち回れるとは。あまりに流れるような制圧劇に思わず感嘆の声を漏らす。けれどこれも彼にとっては朝飯前なんだろう。
「くそっ、離せ畜生! こんなふざけた奴に……!」
「はいはい、続きは署でいくらでも聞いてもらうといいよ」
少年は起き上がろうと藻搔いているものの、体格差があるので完全に抑え込まれていた。ネスはジュニア・スクールを卒業して以降爆発的に身長が伸び、警察学校での厳しい訓練を経てきたことで鍛え上げられている。
そして驚くことに本物の"超能力者"。だけどこれだけは彼の身内の中でもほんのひと握りの人物しか知らない極秘情報。仕事の時にやむを得ず使うことはあるけど、それも滅多にないことらしい。
現に今だって、超能力に頼ることなく涼しい顔をして犯人を押さえつけているのだから。彼は片手で拘束したまま自身の胸元に掛かっている無線機を取ると、警察署へと連絡を入れ始めた。
***
間もなく駆けつけた警官によってパトカーに乗せられていく少年は、最後まで罵詈雑言を並べ立て続けていた。その間ネスはどこ吹く風とばかりに聞き流していたのだから、ある意味笑えてしまう光景である。
きっとこういうのも日常茶飯事なんだろうな。他の警官に続いて乗り込もうとしたネスは、小さく声を漏らすと私の元に近付いてきた。そして耳元に顔を近付けてくると。
「次の日曜の十時、車で君の家まで迎えに行くから」
「あのさ、少しはこっちの返答聞く気ない?」
「今日のナナシ見てたら、きっとOKしてくれるだろうなって確信できたから。それじゃ、帰りは気をつけて」
全くもってそのつもりだったのでぐうの音も出ない。ネスは最後に意味深な笑みを向けると、今度こそパトカーに乗り込んでいく。残された私はふらふらと公園のベンチに腰掛け、頬の熱が引くまで買い物袋を抱きしめていた。
どれだけ振り切ろうとしても彼の姿や声は私の心に深く絡みつき、まるで手錠のように捕らえて離してくれないのである――。
実はオネット警察ネタ気に入ってるのでまた書くかも。