小ネタ集②
①
※会話文中心です。
友達のレッドからポケモン図鑑を借りていた私とネスは、色々な情報を眺めている内にあるポケモンのページで指を止めた。そこには何とも恐ろしい記述が――。
"ユンゲラー:あるあさのこと。 ちょうのうりょく しょうねんが ベッドから めざめると ユンゲラーに へんしん していた。"
「……なんで僕を見るの」
「なんとなく」
「まさか僕がポケモンになったら、とか思ってる?」
「まあ"この世界"だし……なくはないかもってね」
「へえ……じゃあもし本当にそうなったら、真っ先にナナシにイタズラしてみようかな」
「だったらその前にモンスターボール投げてゲットしちゃえば問題ないね」
「ということは、僕はナナシのものっていう意味になるけど?」
「え、それは……!」
「へえ、そこで詰まるんだ?」
「そ、そもそもネスの解釈が吹っ飛んでるの!」
「ふうん……"昔はポケモンと恋愛や結婚をした人達もいる"って、前にレッドから聞いたんだけどな」
「レッドめ、余計なことを……ネスなんてゲットしたらすぐボックス送りにしてやる」
「まあ待ってよ。僕ってそれなりに強いしさ、ポケモンになったとしても君を守れるんだから悪い話じゃないと思うけど」
「うわあ、凄い自信」
「それにナナシに悪い虫がつかないように側で見張ってられるしね」
「何かネスの目……据わってない?」
「気のせいだよ。でも、やっぱりナナシの側にいるなら人間のままが良いや。だってさ……」
「ちょ、ちょっと! いきなり何すんの!?」
「こんな風に抱き締めたりも出来ないでしょ?」
「ネス……って、何変な雰囲気に持っていこうとしてんの!」
「ちぇっ、良いところまでいったと思ったのにな」
「全く……油断も隙もない」
「でも満更じゃなさそうだったよね。あともうひと押し、ってところ?」
「う、うるさい! もう自分の部屋に帰る!」
「ナナシって本当に分かりやすいよね」
ネスのからかうような声を背に廊下へと逃げ出した私。初めはただポケモンの話をしていたのに、どうしてこんな展開になってしまったのか。
いつの間にか流されていた私にも非はあるけど、それを認めるとネスの方が上手だったという事実をより強調してしまうことになるわけで。何だか少しずつ追い詰められてる気がした私は、誰もいない廊下の真ん中で頭を抱えたのだった。
「ほんと……ネスのバカっ!」
日を追うごとに増していくこの胸の高鳴りは、一体どうやって静めれば良いんだろう。
◇◆◇◆◇◆◇◆
②
最近、恋人のナナシはほぼ毎日といっていい程に覇気のない疲れきった顔をしていた。それというのも季節の変わり目であるこの時期、使用人達が次々と体調を崩してしまい、その分の仕事がナナシ達に回ってきたからだ。
そんなある日、偶然廊下ですれ違ったナナシの足取りはふらついていて、思わず声を掛けてみるも"別に平気だって!"と、空元気ともいえる力ない笑みを返された。
いい加減痩せ我慢を続けるナナシを見ていられなかった僕は、日曜日になると彼女を半ば強引な形で自室に招き入れることにした。戸惑うナナシをベッドの上に座らせ、彼女の背後に回った僕は立て膝になりその両肩に手を添える。
「え、何っ、急にどうしたの?」
「いいから、身体の力抜いてて」
ナナシが従ってくれたのを確認した僕は、そのままゆっくりと肩を掴む手に力を込めた。親指でうなじの辺りから肩甲骨の周囲を押していくと、彼女の口から気持ち良さそうな吐息が漏れる。
「ああ……そこ、良いかも……っ」
「やっぱり結構凝ってるみたいだね」
「うん……でも何でいきなりマッサージ?」
「だって君、僕がいくら休むように言っても聞かないし。だから強行手段に出たってわけ」
するとナナシは言葉を返すこともなくだんまりしてしまう。どうしたのかと覗き込むと、彼女は耳を真っ赤にして俯いていた。
「心配かけたくなかったんだもん……特にネスには」
「何でさ」
「だって……ネスはいつも何かと私のこと気遣ってくれてるし、だからこれ以上不安にさせたくないっていうか……」
ぽつりぽつりと、辿々しく言葉を選びながら話すナナシの声色は悲しげに感じられる。そんな彼女の丸まった背中を見ていると、こちらまで胸が締め付けられるようだった。まるで僕に寄りかかることを躊躇っているかのようで。
「そんなの気にすることないのに……僕ってそんなに頼りない?」
「ち、違うよ! 寧ろ頼りになるからこそ私もしっかりしなきゃって思って……」
振り返ったナナシの表情は焦りに染まっていて、自分の発言に後悔しているみたいだった。それでも彼女が僕のことを考えてくれていたことに変わりはなく、つい口元が緩んでしまう。
こっちこそいつもナナシの明るく優しい所に助けられているというのに。どうして君は自分のこととなるとこんなにも不器用なんだろう。
「でも僕の前では素直になってほしいよ。その方が嬉しい……彼氏として」
「それじゃネスの負担に、」
「はあ……いい加減僕に寄りかかってって言ってるの。君が潰れちゃう方がよっぽど嫌だ」
ナナシの肩に乗せていた両手を下ろし、今度は後ろから包むように全身を抱き締める。腕の中に収まった身体は微かに震えていて、それすらも可愛らしいと思ってしまう自分がいる。
彼女の肩に顎を乗せ、互いの頬が触れ合う程の距離。少しでも顔を動かせば唇が触れてしまいそうだけど、敢えてそうはしないでおく。今はただ、ナナシを安心させてあげたい一心だったから。
「ありがとう……ネス」
想いが通じたのかナナシは背中の僕にそっと体重をかけると、ようやく身体を預けてくれた。この調子で今後も僕にたくさん甘えてきてほしい。君の我が儘を受け入れる準備なんて、とうの昔に出来ているんだから――。
久しぶりの小ネタ2本立て。たまにはたっぷり甘えてみても良いと思うのです。