Witness
ある寒い日の夕暮れ時、同棲している彼氏のネスとこたつに入りながらぬくぬくと雑談していた。今日は私達二人共休みで、ゆっくりと過ごすこの空間が安らぎを与えてくれる。
しかし、そんな私にはここ最近ひとつの悩みが出来ていた――それはベランダに干してあった洗濯物、その中でも下着だけ盗まれてしまうようになったこと。
近所の人の話によると、他の家でも被害が出てるらしい。穴場にされてるのかもしれないと思って今では部屋干しにしてるけど、本当なら洗濯物は外で乾燥させるのが一番良い。
下着だって決して安いものではないから、本当に勘弁して欲しい。ぼんやりしていた中で嫌なことを思い出してしまって、小さくため息をつく。
「ナナシ、どうしたの?」
溜息に気付いたネスが心配そうにこちらの顔を覗き込んできた。私は内心しまった、と思いながらも平静を装う。
「え、何でもないよ」
「いや。そうやってる時のナナシは絶対大きな悩みを抱えてる」
「何それ、何で分かるの」
「付き合い長いんだし、それくらい分かるようになるよ」
そう言ってネスは片腕で頬杖を付くと緩く微笑む。その姿に私の顔に熱が集まってくるのを感じた。でも、男性であるネスには非常に言いにくいことで。
「抱えたままなんて良い事はないよ。とりあえず言ってみなって」
ネスは穏やかな表情で私の返答を待っている。こういう時のネスには誤魔化しは通用しないことを私は良く知っている。多分言い逃れはできないだろう。私は覚悟を決めてゆっくりと口を開いた。
「えっと、その……最近私の下着、よく盗まれるようになって」
「……ああ、だから最近君の洗濯物だけ部屋干しにしてたんだ」
「うん、何か言い出しづらくて」
「そうか……それにしても、今時まだそんなことする馬鹿な奴がいるんだね」
勇気が必要だったけど、いざ打ち明けてみると少しすっきりした。ちら、とネスを見る。彼はコーヒーを飲み始めてたけどその目は据わっていて、遠くを見つめているようだ。
ただならぬ空気を醸し出す姿に声をかけられずにいると、飲み終えた彼が立ち上がり壁にかかっていたコートに手をかけた。
「ネス、どこ行くの?」
「ちょっとドラッグストアに行ってくるだけだよ」
口元は緩く弧を描いていたけれど、目が笑っていない。本当にどうしたんだろうかと些か不安になる。私の心境を知ってか知らずか、ネスは私の方に向くとにこりと笑いかけてきた。
「すぐ帰ってくるから大丈夫。そうだ買ってきて欲しいものとかある?」
「あ、じゃあ……ミルクティー、お願いしてもいい?」
「OK,それじゃ行ってくるね」
そうしてネスは寒空の下へ出て行った。彼が戻ってくるまで暇になってしまった私は、近くで充電しておいたゲーム機を手に取る。
――数日ぶりのゲームだったから思わず集中してしまい、気が付くとネスが出かけてから40分は経とうとしていた。
おかしい。この家から最寄りのドラッグストアまでは片道で5分ほどの距離にある。いくらレジが混んでいたり買うものに迷っていたとしても、本来ならとっくに帰ってきてる時間。まさかネスに何かあったのでは、と一瞬最悪の事態が頭をよぎった。
「そうだ、ネスに電話してみよう」
彼はスマホを持ったまま出かけたから、すぐに連絡できるはずだ。私は震える手で彼の連絡先をタップし、電話をかける。早く出てと願いながら繋がるのを待っていると、彼はすぐに電話に出てきた。
「ネス、どうしたの? 帰り遅いし……」
「ああ、ごめんナナシ。もう少ししたら帰るから、夕飯作って待っててよ」
スマホを通じて聞こえてくる声はいつも通りで、彼に何かが起きた訳ではないと分かって安心した。胸をなでおろしたその瞬間――スマホから何者かの怒声が聞こえてきた。
よく耳を澄ますと、他にも何人かの男性の声のようなものが聞こえてくる。一体ネスの近くで何が起こってるのか。
「えっ、何か怒鳴り声みたいなの聞こえたよ……?」
「あー……うん。帰ったら全部説明するよ。僕は大丈夫だし安心して待ってて――あ、はい、分かりました。じゃ、帰る時になったら僕から電話するよ。後でね」
私との通話の間に誰かに話しかけられたらしく、ネスは急ぐように通話を切った。再び静かになる空間。私は訳がわからないまま、夕飯を作りながら彼の帰りを待つことしかできなかった。
そして彼が帰ってきたのは夜の七時だった。待ちくたびれていたのもあるけど、事態がよく分からず長々と待たされていた私は少し不機嫌になる。
「ナナシ、怒ってる?」
「……すぐ帰ってくるって言ったのに」
「ごめんね、ナナシ」
ネスは私を見て苦笑いすると、手に提げていた袋からペットボトルを取り出してこたつの上に置いた。それは私が彼に頼んであったミルクティーだった。自然とネスの顔も視界に入る。
「とりあえず、夕飯を食べながら説明するよ。君にも関係してることだから」
「私にも?」
「うん。ナナシにとって良い話だと思う」
――その後夕飯を食べながらネスから詳しく事情を聞いた。ドラッグストアから家に帰る途中、例の下着泥棒が犯行に及んでいる所を見つけたこと。それをネスが捕まえて通報したこと。駆けつけた警察に詳細を求められて署に向かったこと。
「色々聞かれちゃってさ。そしたらこんなに遅くなっちゃって」
「そっか、そんなことも知らないで私はネスに怒っちゃってた……」
「いいんだよ。ナナシの悩みを解消できたんだから僕としてもすっきりしたし」
「本当にありがとう……ネス」
私が頭を下げるとネスは照れくさそうに笑う。これを期にもっと彼を信頼して、今まで以上に支えていきたいと思った。
***
後日家に訪れた警察の人によると、捕まえられた泥棒はネスに対して非常に怯えていたとか。
一体ネスは泥棒に何をしたんだろう。つい気になって興味本位で聞いてみる。
「あの、下着泥棒捕まえる時に何したの……?」
「んー、ちょっとお仕置きしただけだよ。もう二度としないって約束させたから大丈夫」
いつもの穏やかな笑顔で流されたけど、絶対穏便に済ませてはいないんだろうなと思う。私は彼の後ろにあるもうひとつの姿を垣間見た気がして、内心冷や汗をかく。この一件でネスは間違っても敵に回してはいけない人間の一人だと確信した。
余談。下着泥棒は警察に対して"あいつ、指から光出しやがった!"とか"触られてもないのに空中で振り回された"等意味不明な発言をしたが、全く信じてもらえなかったとか――。
彼って普段の生活では決してPSIを使わないけど、彼女の為なら遠慮なく使いそう。