ネス短編4

Morning glow

雪解けのように

 私の故郷である日本には春夏秋冬、所謂四季というものがある。"この世界"も例外ではなく、紅葉が散ると同時に冬の時期が訪れた。昨夜は記録的な大雪に見舞われ、雪雲が去った翌朝には一面銀世界となっていた。
 使用人である私達は屋敷から敷地外へと通じる道の除雪をする為、早朝から厚着をしてスコップやバケツを用意して作業に取り掛かった。
 ――順調に進んだ除雪作業も午前中には終わり、私のシフトは昼までだったので午後からは自由となる。この日は特に予定もなく、散策がてら前庭に行ってみることにした。

「わぁ……改めて見ると昨日は相当降ってたんだなあ」

 屋敷の門までの道は除雪してるものの、そこ以外はまだまだ雪が深く積もっている。太陽に照らされた雪が光を反射して、なんとも眩しい光景だ。
 私が銀世界に見とれていると、何やら賑やかな声が聞こえてきた。これは恐らく、屋敷の裏手からだと思う。とりあえず声のする方へ足を進めると、そこには雪玉を転がしているピカチュウ達の姿。
 どうやら雪遊びをしているらしい。彼等の周りにある大小様々な雪だるまは、どれも木の枝や木の実などで装飾されていて可愛らしい。

「あっ! ナナシ!」

 私に気付いたピチューがこちらに手を振る。それに気付いたピカチュウやプリン達もこちらに寄ってきた。

「みんな、今日は乱闘お休み?」
「うん! せっかくだから雪遊びしてるんだ」
「ナナシも遊びましょ!」

 プリンに手を引かれ、私もポケモン達と一緒に雪だるま制作に取り掛かった。暇だったし、こうして遊ぶのもたまにはいいかもしれない。こうして時間が経つのも忘れて、彼等と一緒に雪だるま作りに没頭していた。
 みんなそれぞれ自慢の雪だるまを作り上げるとお互いに見せ合い始める。刺した枝に雪を纏わせて耳の形にしたり、草で模様を付けていたりと子技が光る。

「みてみて、できた!」
「お、ピチューのも可愛いじゃん」

 ピチューが作ったのはシンプルなもの。だけど本人に似て小さな小さな雪だるまだったから、より可愛らしく見える。
 ほっこりしていると背後から何人かの足音が聞こえてきた。誰だろうと思って振り返ると、そこには防寒着を着込んだネスとリュカ、レッド、リーフがいた。

「あ、雪だるま作ってる」
「どれも可愛い!」

 彼女達はポケモンが作り上げた雪だるまをひとつずつ見て回っている。その様子を眺めていた私の所にネスが近付いてきた。

「やあ。今朝は庭の雪かきしてくれてたんだよね。お疲れ様」
「ありがとう。ネス達も今日の試合は終わったの?」
「ああ、今日はやたら他のファイターの連戦希望が多くて枠が埋まっててね。僕達も暇になったから雪を見に来たんだ」

 このように他愛のない話をしていると、リュカ達が集まって話し合っている姿が見えた。やがて話がまとまったのか、リーフが私達の所に駆け寄ってくる。

「ねえナナシ、ネス。ピカチュウ達と話してたんだけど、皆で雪合戦しない?」
「雪合戦か、いいね。やろうよ」

 リーフの提案にネスは賛同するように頷く。雪合戦――最後にやったのは小さい頃だったな。懐かしい思いに浸りつつ、私も参加の意を表した。

「よーし、じゃあ始めよう!」
「実は私、雪玉の中にマトマの実を入れて投げるのが必殺技なのよ」
「何だそれは……顔に投げるのは無しだからな」
「ふふん、今時普通の雪玉じゃ勝ち上がれないのよ!」

 そういうものなのかと疑問を抱きつつも、私もしゃがんでいくつか雪玉を作る。そして作り上げた雪玉を掴むと、近くにいたネスの方を見る。彼も雪玉をストックしている最中みたいで、背後の私には気付いていないみたいだ。ふふふ。
 音を立てないようにゆっくりと雪玉を構え、ネスの背中目掛けて思いっきり投げる。次には彼の悲鳴が聞こえるかと思いきや。

――甘いね、ナナシ」

 ネスは即座に振り向き、体を傾けて私の渾身の雪玉を躱した。まさか避けられるとは思わず、少なからず動揺する。
 しかしすぐに我に返ると、真っ向から雪玉を投げることにした。今度は彼の足元を狙って投げるが、それも軽く避けられる。

「惜しい惜しい! ほら、頑張って!」

 余裕そうに笑顔を向けてくる姿は、完全にこちらを煽っている証だ。つい悔しくなりムキになった私は、腕の中の雪玉を連続で投げつけた。

「これでどう!?」

 勢いよく投げられた雪玉は真っ直ぐネスに向かって飛んでいく。流石に一発は当たるだろうと確信する。だがその予想は大きく外れることになる――
 ネスは私の雪玉を避けるのではなく、飛んでいった一つを片手で受け止めてしまったのだ。これには私も唖然としてしまう。

「そんなの、アリ……?」
「あれ、ナナシは球切れかな? それじゃあ今度は僕からいかせてもらうね」

 ネスは口角を上げると、受け止めた雪玉を鋭い速球ストレートで投げてきた。流石ベースボールクラブに所属していただけのことはある。
 私は急いで避けるも、ネスはそれを見越していたかのように素早く次の玉を用意していた。またあの速球を投げられる前に、と慌ててネスから距離を取ろうとする。

――僕のことも忘れないで」

 ふと背後から聞こえてきた声。振り返れば、楽しげな表情を浮かべながら雪玉を構えているレッドの姿。
 彼はモンスターボールをどんな距離からでも的確な位置に投げられる猛者の一人。狙われたらひとたまりもないことは重々分かっている。

「ええっ!? ちょっと待って!」
「問答無用――

 前方にはネス。背後にはレッド。完全に挟まれた私は両方の雪玉に当たることを覚悟し、きつく目をつぶった。
 だけどいつまでも想像していた衝撃がくることはなく。恐る恐る目を開くと、レッドが雪原に倒れこむ光景が飛び込んできた。

「駄目だよレッド。ナナシは僕の獲物なんだから」
「うぐっ、無念……」

 恐らくネスは私の背後にいたレッドに気付いて、狙いを私から彼に変えたんだろう。助かったと胸をなで下ろしたのも束の間、ネスの台詞を思い出す。
 聞き間違いじゃなければさっき、私のことを"獲物"って。確かめるべく恐る恐るネスの方に向き直る。

「え、獲物って……嘘だよね?」
「本当だよ?」

 ネスの爽やかな笑顔が怖い。いつの間にか彼は私との距離を大きく縮めており、私が一歩後ろに下がると更に一歩詰め寄ってくる。おまけに彼の腕の中には雪玉が何個かストックされている。
 対する私は片手に一個持ってるだけ。明らかにこちらが不利な状況だ。ネスは笑顔を貼り付けたまま雪玉を掴み、硬直する私に向けて投げてきた。

「ふふ、覚悟!」
「きゃっ……!」

 私は全身の筋肉を総動員させて横に飛ぶ。雪玉はそのまま地面に当たり、辺りに小さな雪煙を立てた。

「あ、危なかった――

 胸を撫で下ろしたのも束の間、ネスの方を見て愕然とする。なんと、彼の周囲には幾つもの雪玉が浮かんでいたのである。まさか雪合戦でPSIを使うとは、予想外もいいところだ。

「ネス! PSI使うなんて反則だって……!」
「何言ってんのナナシ。雪合戦は雪玉をぶつけ合うゲーム。投げ方そのものにルールはないよ」

 ネスは余裕げな態度でにじり寄ってくる。ファイターでもない私の身体能力じゃあんな数の雪玉、避けきれるわけがない。
 でも彼がその気なら。私も使っていいよね、アレ。本来なら遊びの場で使うべきではないけど、相手が相手だからここは仕方がない。
 彼が私に人差し指を向けると、周囲に浮かんでいた雪玉が一斉に飛んでくる。それに合わせて私はシールドを展開させて、彼の操る雪玉を全て防いで見せた。
 緊急時にと以前フィットレさんからシールドの張り方を教えてもらったのが、ここで活かされるとは。

「へぇ、シールドか。やるねナナシ」
「ネスがPSIを使うなら、私もシールド使っていいでしょ?」
「もちろん」

 ネスはどこか楽しそうに口元を緩ませる。ここで仕切り直しだ。私はすぐに雪玉を作りネスに投げつけるも、やはり簡単に避けられてしまう。
 そして即座に体勢を立て直したネスも雪玉を投げてきた。私は急いでその場から離れつつ、雪をかき集める。

「逃げてばかりじゃ僕には勝てないよ?」
「わかってるよ……っ」

 私は走りながら作った雪玉を握り締めると、それをネスに向かって思いっきり投げる。けれどそれも軽々と避けられてしまった。
 その後も何度か雪玉を投げるけど、全て回避されてしまう。この間に周囲からも雪玉が飛んできては躱したり、当てたり当てられたり。
 この攻防を続けてどれくらい経っただろう。私には体力の限界が近付いていた。対するネスはそれほど疲労している様子はない。動きにくい雪の上だというのに、やはりタフだ。

「もう限界? じゃあ今度はこっちから行くからね」
「え、ちょっと待って――

 慌てて後ろに下がるもそれが最後の力だったようで、私はよろけてその場に尻餅をついた。
 息も絶え絶えになりながらネスを見上げれば、勝ち誇った顔で私を見下ろしていた。その表情がなんだか格好良く見えて、私の顔に熱がこもる。

「……どうしたの? ナナシ」
「な、なんでもない!」

 急いで立ち上がりたかったけど、お尻が雪に埋まってしまい中々動けない。何とかもがいているとネスの手が差し伸べられた。

「大丈夫? 立てる?」
「……うん、ありがとう」

 私はネスに手を引かれながらそっと立ち上がる。手袋越しだというのに、繋がれた手から熱が全身に行き渡る感覚に陥る。
 早鐘を打つ心臓を宥めながら顔を上げると、そこには優しく微笑む顔があった。それを見た瞬間ますます動転してしまう。
 実は以前から、ネスの笑顔を見ると心を乱されてしまうようになっていた。最近では日を増すごとにひどくなっている気がする。

「ナナシ、さっきからどうしたの?」
「……ねえ、ネス。あのね――

 冷静な思考を取り戻せないまま、私はどこかぼんやりと続ける。今まで何度も頭の中に浮かんでは消えていた言葉が、遂に今日、初めて声として飛び出した。

「私……ネスのこと好きなのかもしれない」
「えっ」

 目を丸くして驚くネスを見て私は我に帰る。私、今とんでもないことを言ってしまったのでは。このままでは引かれてしまうかも。急いで訂正しなければ。

「あ、あ、あの、ごめん! 今のは言葉のあやで、私、あんなこと言うつもりじゃあ、」
「まさか今の告白……撤回するつもり?」

 ネスは慌てる私の両手を掴むと、近くにあった木の幹に追い詰めてきた。彼の顔が間近に迫ってきて、堪らず顔を背ける。温かな吐息が耳にかかり、身体がびくりと震えた。

「今のナナシの告白、絶対取り消させないよ」

 これは現実か。今まで男友達だと思っていたネスが、私に異性としての熱を向けているというのか。ありえない、彼は今まで私にそんな素振りなんて見せたことはない筈だ。混乱する私の頬を彼の大きな手が撫ぜる。

「ナナシ、君って本当に鈍感だよね。僕が今までどれだけアピールしてきたと思ってるのさ」

 彼の顔がゆっくりと近付いてくる間、視界の端でリーフ達が赤面しながら私達を見ているのに気付く。居た堪れなくなった私はパニックになり、必死に彼の胸を押し返そうとする。

「あ、あの、待って、色々と段階を飛ばしてるよ!」
「何で? もう君と僕は両想いなんでしょ?」
「だから、さっきは私の気が動転してて……っ」

 この返答を聞いた途端、ネスはゆっくり私から顔を離した。眉を下げ、どこか寂しげに瞳を揺らしている。

「じゃあナナシは、最初から思ってもないことを言ったってこと?」
「あの、その……私ってば、最近ネスといると勝手に顔が熱くなるし、ドキドキするし。友達なのに、なんでこうなっちゃうのか……もう、自分でも分からない……っ!」

 震える声で正直な気持ちを伝えると、ネスの手が私の肩にかけられる。彼は頬を赤くしながら、目を細めて優しく笑いかけた。

「なんだ。もう自分で答えを言ってるようなものじゃん」
「え……?」
「ナナシも僕のことが好きってことじゃないか」

 嬉しそうな笑顔が近付いてきて、私は反射的に目を瞑ってしまう。すると顎に手を添えられる感触がして、唇に柔らかいものが触れる。

「ん――っ!?」
「……ナナシ、」

 そっとネスの舌が私の口内に侵入してくると、歯列や上顎をなぞられていく。酸素を求めて口を開ければ、再び吸い付かれる。
 私は無意識に彼にしがみつきながら、与えられる感覚を受け入れるしかなかった。やがて満足したのか、唇が離れていく。

「ごめん、さっきの君の表情が可愛くて……我慢できなかった」
「何それ。私、そんなに可愛くないよ……」

 自分の容姿は良くも悪くも"普通"であり、どこからどう見ても地味な女子。だからこうして同年代の男子から告白されて迫られるなんて夢にも思わなかった。

「君がなんて言おうと、僕は君のことが大好きだから」

 ネスは私の頭を撫でると、そのまま額にキスを落とした。その瞬間私の全身が再び熱を帯びて、勝手に身体中が火照ってくる。銀世界の凍てつく空気でさえも、今は感じられない。
 どうしよう、私。本当にネスのこと――

「……ナナシ。僕とキスするの、嫌だった?」

 ネスの声は、ほんの少し震えていた。正直に言って彼とのキスはとても気持ち良かった。今も唇や絡められた舌の感触が残っていて、それを思い出すたびに胸が締め付けられる。
 思わぬ形でファーストキスを奪われたけど、その相手がネスで本当に良かったと心から思える自分がいた。だからこそ私は彼の問いに対して、小さく首を横に振る。

「嫌……じゃないよ」
「本当?」

 私の答えを聞いて、ネスは照れながら嬉しそうに呟く。彼のこういうところは年相応らしい。そんなことをぼんやり考えていると、ふいに腕を引っ張られる。
 バランスを崩して倒れそうになったところを受け止められると、彼の胸に顔を埋める体勢になり背中に腕を回された。

「え、え……っ、ネス!?」
「ずっと前から、君とこうしてみたかったんだ」

 彼の吐息が耳にかかってくすぐったい。きっと今の私の顔は林檎のように真っ赤になっているだろう。だけど、彼に抱きしめられていると不思議と落ち着くことに気付いた。

「ふふ……こうしてるとあったかいね」
「そ、そりゃあ、ここは冷えるし……っ」
「それだけじゃないよ。君もわかってるでしょ?」

 ネスは私を抱き寄せる力を強めて、隙間もないくらいに密着してくる。お互いの体温が溶け合うように混じり合って、すごく心地良い。
 もう恥ずかしさよりも、もっとこのままでいたいとさえ思った。私、本当にネスのこと――好きなんだ。この気持ちを誤魔化すのは今日で終わりにしよう。

「ナナシ」

 名前を呼ばれ、慌てて見上げると黒紫色の瞳が私を見つめている。なんとなく表情が固く見えるのはこの寒さのせいだけだろうか。

「僕と、付き合ってくれる?」

 少し上擦った声で返事を促される。私もネスと同じ気持ち。それを認めると、なんだか胸の奥がすっきりした。静かに答えを待っているネスを見つめて、私はゆっくりと頷く。

「……あの、これからもよろしくね」
「ナナシ……やったあ!」

 彼は幼子のように喜ぶと、私を今まで以上に強く抱き締めてくる。その勢いが可笑しく、そして可愛らしく見えてしまう。
 私もつられて微笑み、気付いたら彼の背中に手を回していた。ああ、やっぱり彼の腕の中は落ち着く。
 暫く心地よさに浸っていると、私達の成り行きを見守っていたレッド達が駆け寄ってきた。一部始終をずっと見られていたことに恥ずかしさはあるけど、今は嬉しさの方が遥かに大きい。

「ネス、ナナシをゲットっていうところか……」
「何か……見ててハラハラしちゃった!」

 リュカもネスに意味深な視線を向け、微笑んでいた。ネスもそんな彼に笑顔を返すと親指を立てる。

「やったねネス。随分長い間、ナナシに片思いしてたもんね」

 随分と言われるほどの間ネスからアプローチを受けていたというのに、当の私はそれに気付かずに過ごしてきたのか。そう考えると私って本当に鈍感で残念な女だったんだな、と思う。
 それでもネスはめげずに私のことを想い続けてくれたんだ。思考に耽っていると不意に肩に手を乗せられた。振り返るとネスが優しげに目を細めている。

「こちらこそよろしく、ナナシ。これからもずっと僕の側にいてよね」

 ネスの言葉に思わず心臓が跳ね上がる。どうやら彼は恋愛が絡むと独占欲が強くなるみたいだ。これからもこうして彼の知られざる一面を目の当たりにしていくんだろう。それも楽しみで仕方ない。
 私は言葉の代わりに、そっとネスに寄り添う。今、心の中は雪解けの春のように暖かなものとなっていた。

(ネスってば、あれだけナナシと激しく雪玉投げ合ってたのに、彼女には一回もぶつけてないんだよなあ)

 こっそり二人の雪合戦を観戦していたリュカは、ひとり微笑んでいた。

このサイトにいるネスはやたら奥手か積極的か割と極端な傾向にある。




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