ポーラ短編1

Morning glow

Girls time

 ここはツーソンの北部に位置するデパート。私は腕時計と前方を交互に見ながら待ち合わせの場所へと足を急がせる。
 ようやく着くとそこには、一人の少女が椅子に座って本を読んでいる姿があった。彼女はこちらに気付くとぱっと表情を明るいものにさせた。

「ポーラ、お待たせ!待った?」
「いいえ、今来た所よ」

 金色の髪をふわりと揺らしてこちらに向けてくるポーラの笑顔はとびきりのものだ。同性だというのに思わず心臓が跳ね上がってしまう。
 本当にいつ見ても愛らしく、こうして顔を合わせる度に同じ女として羨ましいと思う。

「ちょっと寝坊しちゃって……」
「また夜更かししてたのね? ジェフじゃないんだから……」
「昨日買った漫画が面白くてついつい、ね」

 私が肩をすくめながら言い訳をすると、全くナナシったら、とこれまた楽しそうに声を上げる。彼女もいつもよりテンションが高いのかもしれない。
 こうして私達は談笑しながら食品売り場へと足を運んだ。今日は彼女の家でお菓子を作るという約束をしていて、材料を買うためこうして一緒に買い物に来たのである。
 ポーラスター幼稚園の園児達にも出すものだから、材料はたくさん買っておこうと決めていた。
 お菓子専門の売り場に着くと色とりどりの食用色素が入った小瓶や、お菓子を飾り付けるパウダー、チョコのパッケージが視界一面に広がる。
 やはりこういう所はいつ来てもテンションが上がってしまう。私がカラースプレーの小袋を手に取ると、その横でポーラが渋い顔をしていた。その視線の先には青系の食用色素の入った瓶が並べられている。

「どうしたの? そんな難しそうな顔して」
「え、いえ。何でもないの! ただ、青は食用には向かないって思っただけ」

 珍しく慌てる素振りを見せるポーラに、本当にそれだけなんだろうかと小さな疑問を抱きつつも相槌を打つ。
 もしかしたら以前誘拐されたことと関係があるんだろうか。様々な憶測を浮かばせながら小麦粉やベーキングパウダーなど、必要なものを次々にカートに詰め込んでいく。
 しかしそれだけには留まらず、ポーラのママさんから頼まれていた物も買い込み、デパートを出る頃には二人して大荷物を抱えていた。

「ふう……女二人だとこの量は大変だね」
「こういう時に荷物持ちがいてくれたらね……」
「あれ?それって、もしかしてネスやジェフのこと?」

 ポーラはそれには返答せずに、ただうっすらと微笑むだけ。ひょっとしたら旅をしていた頃は彼らが荷物持ち担当だったんだろうか。
 大量の箱や袋を抱えてひいこらと歩く男子二人を想像してしまう。流石にプーには荷物持ちはさせなかったかもしれないけど。そんなことを想像しながら歩いていくと、見慣れた緑色の屋根が見えてきた。
 裏口の扉を開けて何とか買ったものをキッチンに運び込むと、二人して椅子に座り込む。やっぱり買い込みすぎただろうか。少し休んでいるとポーラのママさんが幼稚園の教室から帰ってきた。

「こんにちは。お邪魔しています」
「あら、ナナシちゃん。いらっしゃい。ポーラも帰ってきてたのね」
「もう、ママったら色々頼むんだから。帰ってくるの大変だったのよ」
「うふふ、二人共お使いありがとう。助かったわ」

 こうして話していると、彼女のママさんも本当に美人だと思う。特に微笑む時なんてポーラそっくりで、流石親子だなと思わされる。
 つい見とれていると、ママさんはエプロンを用意して私達に手渡してきた。エプロンを身に付け、手を念入りに洗う。そして材料を並べれば準備完了だ。

「準備もできたことだし、始めましょうか」
「うん!」

 こんな風に張り切っているけど、実は私もポーラも料理の腕には少し自信がない。だけど今回は彼女のママさんが一緒に付いてくれるから安心だ。今回作るのはカップケーキ。
 片手で収まる程の大きさで作るということになっているけど、こういったお菓子を作るのは初めてだから少し緊張してしまう。それを悟られてしまったのか、ママさんがにっこりと笑いかけてくる。

「二人共心配しなくても大丈夫、何事も難しく捉えすぎないこと。もっと気楽にやりましょう?」
「は、はいっ」
 
 まずボウルにバター、砂糖、溶き卵を入れ、よく混ぜたら篩った小麦粉とベーキングパウダーも混ぜる。こうしてママさんのアドバイスを聞きながら、丁寧に段階を踏んでいく。
 生地が出来上がったら型に流し込み、余熱したオーブンで焼き上げる。そうすれば美味しいカップケーキとご対面というわけだ。
 想像よりもあまりに順調に進んでいくものだから、私もポーラも思わず顔を見合わせた。

「意外に簡単にできそうだね」
「そうね。これなら私達でも作れそうよ」
「ね、言った通りでしょう。きっと美味しく焼きあがるわ」
 
 私達が感慨深く呟いていると、オーブンのタイマーが鳴る。いよいよ焼きあがったらしい。私とポーラは固唾を飲んで人生初の手作りカップケーキの出来具合を見た。
 何個かはヒビが入ったりしていて多少歪な形になっていたけど、肝心なのは味だ。それぞれカップケーキを手に取ると、恐る恐る口に運ぶ。

「……あ、美味しい!」
「本当! とっても甘くていい香りがするわ」

 口に入れた瞬間広がる優しい甘みと、鼻から抜けるバター特有の香ばしさ。それは今まで食べたどんなお菓子とも違うもので、私達はすっかり虜になってしまった。
 ついもう一個手に取ってしまう。予想以上に美味しく作れたからか、嬉しくて歯止めがきかなくなりそうだ。

「ほらほら、ちゃんと園児達の分も残さないとダメよ?」
「分かってるんだけども……それにしても本当に美味しいわね」

 私も相槌を打ちながらもう一個に手を伸ばす。するとポーラが苦笑いしながら呆れの入った視線を向けてくる。

「ナナシ、まだ食べちゃうつもり?」
「そういうポーラの手に持ってるのだって3個目でしょっ」
「二人共、いくら美味しいからって食べ過ぎると太っちゃうわよ?」

 その言葉は女子にとって絶大な破壊力を持つもので、私とポーラの動きが同時に止まった。固まる私達を見てママさんは片眉を上げて悪戯っぽく笑うのであった。
 その後はケーキの上にパウダーを篩ったり、カラースプレーをまぶして飾りつけをするとラッピングした。園児達は大喜びでそれを受け取り、迎えに来た親達の元に帰っていく。

「喜んでもらえてよかったね」
「ええ。あの子達の笑顔を見ると頑張った甲斐があるものよね」

 楽しそうに帰っていく園児達の背中を見送りながら、ポーラとママさんは微笑む。あれ程喜ばれたら誰だって嬉しいだろうな。私もさっきから胸の奥が暖かい。
 しばらくしてキッチンに戻って後片付けを始める。ママさんはまだ仕事が残っているとのことで、私とポーラで洗い物から取り掛かる。

「今日は本当に楽しかったわ。こうして友達と買い物をしたりお菓子を作るなんて久しぶりだったから」
「そうなの? でもポーラ、学校でも友達はいるんでしょ?」
「まあ、ね。でもここまで一緒に過ごしてくれる子は殆どいないのよ」

 意外な事実に驚くばかりだった。ポーラなら周囲の子達とも仲良くやってるはずだと思っていたから。
 彼女曰く、不思議な力を持つという噂が流れて取材班などが頻繁に家にやってくるようになってから、周りの子達の見る目が少し変わってしまったのだという。
 本人は至って普通の女の子として過ごしているのに、大抵はやたら特別扱いしてくるか、奇異な目を向けてくる。中には尾ひれのついた噂を信じ込み、彼女を恐れて避けるような人もいたという。
 それを聞いた私は淋しくて堪らなかった。目先の噂よりも、彼女の本質を知ることの方がよほど大切なのに、と。

「どうしてナナシがそんな顔をするの。私は慣れてるから平気よ」
「でも……そんなの淋しすぎるよ」
「本当に大丈夫だから。今だってこうして、ナナシが側にいてくれてるもの」

 ポーラは私の手を握ってくれた。その温もりが優しくて、私も彼女の手を握り返す。そうして洗い物を済ませると、空は夕日に焼かれて橙色へと染まっていくところだった。
 楽しい時間というのはあっという間に過ぎていくものだなと感慨深くなってしまう。

「楽しかった時間ももうすぐ終わりね」

 隣で一緒に空を見上げていたポーラが小さく零した声は、どこか寂しげに聞こえた気がした。それが何だか切なく響いて、私はこの雰囲気を崩したくなる。

「ね、また今度遊ぼうよ。次はネスやジェフ、プーも一緒にさ」
「……そうね。またナナシと存分にショッピングを楽しみたいわ」
「ってことは……やっぱりネス達は荷物持ち確定?」
「冗談よ。今度はサマーズでバカンスなんてのもいいわね。旅してた時はゆっくり観光もできなかったし」

 私の言葉を受けてポーラははにかみながら答える。その横顔は夕焼け色に染まっていて綺麗だと思った。彼女とならきっと何処へ行っても最高の思い出を作れることだろう。
 超能力といったものを持たない私でも、これだけは間違いないと強く確信していた。



ポーラ夢も書いていて本当に楽しい。
彼女のクラスメイト達については完全捏造です。 




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