ポーラ短編2

Morning glow

潤み

 定められた運命の元、仲間達と世界を巡る旅を終えて数ヶ月が経った。私はここ、ツーソンで家族とともに平穏な日々を過ごしている。
 両親や街の人々が変わりなく過ごしている姿を見ては、大切な人々を守れたという実感を噛み締めていた。そんなある春の日のこと。
 今、私の部屋には一人の女性が遊びに来ている。名前をナナシといって、私の家の近所に住むちょっと年上のお姉さん。
 彼女は昔から私のことをよく気にかけてくれていて、隣町に遊びに連れて行ってくれたり、時には悩みについて相談に乗ってくれていた。
 今回も私がハッピーハッピー教団に誘拐された時、毎日のようにツーソンだけでなく隣町のスリーク、オネットにまで足を運んで探し回ってくれていたということを、以前ママが教えてくれた。
 それを聞いた時私はどれだけ胸が締め付けられたことか。そしてもう二度と彼女に心配をかけまいと心の中で誓った。
 そんなことを思い出しながら、私はナナシの体に寄りかかると腰に腕を回して抱きついてみる。昔からこうすることはよくあって、ナナシも慣れっこという感じで受け入れてくれる。

「普段はしっかり者のポーラも、まだ甘えん坊なところがあるよね」
「私だって誰かに甘えたい時はあるわ」
「それもそっか。誰にもそういう時はあるもんね」

 小さく笑いながら私の頭を撫でてくれるナナシの手は、私の手より少し大きくて温かくて、柔らかい。
 私は昔からこうしてナナシに触られるのが大好きだった。ママやパパと触れ合う時とはまた違う幸福感に包まれるから。
 ナナシといるだけで心地良い切なさが波のように押し寄せては引いていく。心の中で暖かなものが満たされて、揺れ動くのである。
 ずっとこうしていたい。うっとりとして目を閉じると胸の辺りからナナシの心臓の鼓動が聞こえてきて、それすらも私に心地よさを与えてくれる。

「はぁ、こんなに可愛い子が妹だったら毎日楽しいのに」

 これはナナシの口癖のようなものだ。ナナシは昔から私のことを妹のように可愛がってくれていて、私自身もナナシを実の姉のように慕っていた。
 それでいいと思っていたのに、最近では心の中に違和感が見え隠れするようになっていた。
 "妹"ね。できればもっと別の関係になれたら更に素敵だと思うのにとさえ思う。ナナシの膝の上でうつ伏せに寝転び彼女の顔を見上げれば、丁度上目遣いになるような体勢になる。

「ナナシが私のお姉さんになったらそれはそれで嬉しいけど……もし私が男だったら、ナナシに言い寄ってたかもしれないわよ?」
「えぇ!? でも……ポーラが男の子になったらそれはそれで美男子になってそうだなあ。見てみたいかも」

 目を丸くして驚きはするけどそこに照れる様子はない。元々無謀な想いだっていうのは覚悟していたけれど、やっぱり切ない。
 ナナシにとって私という存在は"妹"であるということ。永遠に変わりはない。胸の痛みは数多の雫を引き寄せ――やがて大きな淀みを作り出す。
目の前の彼女の顔が少しぼやけてきて、すぐに顔を逸らした。

芽生えたものに気付きかけているけど、自分の中で上手く割り切れない的な話。 




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