ポーラ短編3

Morning glow

ペチュニアは恋をする

 ねえ、もし私が"その先を望んでいる"としたら、あなたは共に歩んでくれるのかしら――

 長い梅雨を乗り越えた先に待ち受けるのは、地上の全てを焦がさんとばかりに日差しが照りつける猛暑の日々。
 そんな夏休みの真っ只中、私は友人のナナシを誘って地元のデパートに来ている。今日は彼女も暇だったらしく、声をかけた際には"行く!"ととびきりの笑顔で即答してくれた。
 することといえば洋服売場で今流行りのコーデをチェックしたり、可愛らしいデザインの水着に目移りしたり。書店ではお菓子作りの本を試し読みして、二人で作れそうなものを模索してみたり。
 そして今は休憩がてら、フードコートのテラス席でコーラを飲みつつお喋りを楽しんでいるところ。
 パラソルの下、時折吹いてくる風がなんとも心地よい。グラスの氷がカラコロと涼しげな音を立てる中、ストローから口を離したナナシは突如話題を切り替えてきた。

「前から思ってたけど、やっぱりポーラって凄いよ」

 突拍子もない発言に面食らってしまう。彼女とはそれなりに付き合いが長くて、思いがけない発言には慣れているつもりでいたけどこのパターンは初めてだったわ。

「どうしたの、突然?」
「いや、改めて超能力が使えるって良いなあってね」
「そうかしら……?」
「うん、なんたってロマンの塊だもん。テレパシーとか、瞬間移動とか! 不可能なことはないんじゃないかって思えちゃう!」

 捲し立てるナナシの瞳は興奮のあまり大きく見開かれていて、私はその勢いに押されるばかり。
 "不可能なことはない"とまで言われてしまうと、何だかもやもやしちゃう。賞賛されたからには素直に喜びたいところだけど、ひとつだけ訂正させてほしい。

「そうは言うけど、人によって得意不得意というのがあるのよ。現に私はテレパシーには自信があるけど、テレポートは習得できなかったから。前にネスとプーにコツを教えてもらったけど、どうしても形にはできなかったし……」

 折角素晴らしい先生が二人もついてくれたのに――当時の悔しさを思い出していると、ナナシの眉がハの字になっていく。
 きっと、私の心情を悟ってくれているのかもしれない。ナナシは他人の心の動きを敏感に感じとることができる子。楽しい時にはより一層気持ちを高めてくれて、悲しい時には寄り添いながら共に涙を流してくれる。それでいて自分を見失わない芯の強さを秘めていて。
 だからこそナナシの周りには安らぎや癒しを求めるように自然と人が集まっていくの。私からしてみればそういった部分も彼女の持つ素敵な"力"のひとつだと思うわ。
 
「そういうものなんだ……でも、何かの拍子にできるようになるかもしれないよ? 不可能と言われたって、ポーラならそれが出来ちゃうんじゃないかって思える。自分でも不思議なんだけどね」

 ナナシはそう締めくくると、はにかみながらも微笑んでいた。私の方が照れくさくて堪らないのに。いっそのことこの場から逃げ出したいくらいなのよ。
 一度冷たいコーラを飲んで気持ちを落ち着かせなきゃ。という訳でグラスの半分ほど飲んでみたけれど、火照った頬を冷ますには至らない。

「……お世辞を言われたって何も出せないわよ」
「本心だもん。前から、ポーラに憧れてたところもあるし。可愛いし優しくて、何でも卒なくこなしちゃう。服のセンスだっていつも参考にさせてもらってるし」

 ナナシは頬を赤らめながらも熱弁している。ああ、やめて。それ以上は本当に期待してしまうから。何を、とは敢えて言わないけど。
 何だか言われっぱなしでくすぐったいし、そろそろ私からも反撃してみようかしら。

「それなら、私だってあるわよ。ナナシに憧れてるところ」
「え、そうなの……?」

 そのきょとんとする顔すら愛らしいと感じている時点で、私は貴女に落ちているのよ、ナナシ。気付いていないでしょうけど――出会って間もない頃から、あなたに心を惹かれつつあったの。この想いを自覚したのはつい最近だったけれども。
 "超能力者"として良くも悪くも奇異な目を向けられている私のことを、ひとりの人間として真っ直ぐに見てくれる人。私の持つ力を恐れるどころか受け入れて、憧れの眼差しを向けてくれた人。

「ええ。芯が強くて頼りになるところとか。一緒にいるとすごく安心できるのよ。それに、なんだか愛らしくて――
「わわっ、ちょっと待って!」

 ナナシは遮るように両手を振ると動揺した様子で私を見つめた。感情が高ぶっているのか、ブラウンの瞳は小さく揺れている。グラスに反射した光に照らされたそれは、まるで琥珀のような輝きを宿していた。

「それはいつもポーラや友達がいてくれるから……自信を持てるの。だから、これからも側にいてほしいな」

 そう言うとナナシは私の手を握り優しげに目を細める。その表情は例えるなら柔らかく降り注ぐ陽の光のように、暖かく眩しくて――ああ、本当に敵わないわ。
 包まれている手からお互いの体温が混ざっていくような感覚がして、思わず浸ってしまいそう。私は彼女の手を強く握り返し、同じように微笑み返した。

「ナナシこそ、突然私の前からいなくなったりしないでね。もしそうなったら私……どこまでだって探しに行くわ」
「ありがとう、ポーラ。私だって……絶対同じことをすると思う。これから何年経っても、ずっと親友だから……って、なんか言葉にすると凄く照れくさいね」

 "ずっと親友"ね。悪いけど、私はいつまでもこの立場に甘んじているつもりはないわ。
 しばらく見つめ合うと、どちらともなく囁くように笑い合う。私達はそれぞれ想いの形は違えど、互いを求めていることに変わりはない。今はただ、その事実がひたすら愛おしい。
 いつか"その先"へ踏み込みたいと言ったら、一体あなたはどんな顔をするのかしら。何にせよ、簡単に諦めるつもりはないから。

今までの話と違って攻め手に回りそうなポーラさん。




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