ピカチュウ短編1

Morning glow

それでも君は

「今日は天気良くていいよね、ピカチュウ」
「ぴ」
「相変わらず素っ気ないなあ」

 麗らかな日差しが降り注ぐ休日。人気のない公園でベンチに座る私。そしてこの膝の上に乗るはピカチュウ。先に言っておくけれど、この子は私のポケモンではない。
 "この世界"を束ねるマスターハンドの下に結成された、"スマッシュブラザーズ"の一員だ。その上あのマリオさんやフォックスが名を連ねる最古参のメンバーだったりする。
 方や自分は、彼らが住まう屋敷の使用人。しかし何故だか"この世界"では使用人とファイター達の間に、身分の差によるものは感じられない。
 他の使用人達もごく自然に彼らと交流している。先輩の一人はあるファイターと恋仲だったり、後輩の子もネスやピットといった歳の近い子達と仲が良い。このように、双方の関係性は自由度が高く、良好だと思う。
 では私とピカチュウはどうだろうか。今、彼が私の膝に乗って寛いでいるならこれも友好な関係だと思うだろう。しかしそれは間違いである。これからそれを証明してみせよう。

「まんまるになってるピカチュウも可愛いねえ」

 なんて声をかけながら丸い背中をひと撫で。するとどうだろう。閃光が瞬き、私の右手は弾かれると同時に感覚を失う。
 これは紛れもなくピカチュウの"でんきショック"によるもので、毎回スキンシップを図ろうとする度こうして感電させられてしまうのだ。
 これでも彼なりに手加減してくれているらしいけど、一般人の身として受けるには強烈であることに変わりない。
 しかし不思議なのはここから。痺れた右手をぷらぷらと振っている間も、ピカチュウは私の膝から降りる気配はない。それどころか欠伸を漏らすと、うつらうつらと船を漕ぎ始めてしまう始末。

「ぴーか……」
「えー、ピカチュウ寝ちゃうの? せっかく一緒にいるなら遊んでみない?」

 返事の代わりなのか、雷を模したかのような長い尾が左右に大きく揺れた。これは"お断り"の意思表示。二ヶ月もこんな関係を続けていたら、嫌でもわかってしまうもの。
 そう、二ヶ月の間私とピカチュウはこのなんとも形容しがたい奇妙な関係を続けてきたのである。辛うじて例えられるなら――気難しい野良猫に翻弄される人間。それが今の私の立ち位置だ。
 これはしばらく動けそうにないな、と空を仰ぐ。周囲の枝葉が風に揺られ、木漏れ日がちらちらと顔に降り注いだ。

「ねえ、そのピカチュウはお姉さんのポケモンなの?」

 突如かけられた声で、ぼんやりとした意識が覚醒する。声の主はひとりの少女。彼女はこの近辺に住んでいる子らしく、私は前からこの公園を駆け回っている姿を見かけていた。
 しかしこうして言葉を交わすのは初めてである。少女は私の隣に腰掛けると、膝の上のピカチュウをまじまじと見つめていた。

「ううん、ただ一緒に暮らしてるだけだよ」

 現状そうとしか言い様がないのである。パートナーでもなければ友達でもない。ただ、同じ屋敷に住んでいるだけ。後はピカチュウが私の膝を気に入っているらしいということぐらいで。

「そうなんだ。いつも膝に乗せてるの見かけてたから、てっきりお姉さんのポケモンかと思ってた」

 この少女も前から私達のことを認識していたらしい。確かにいつもこんな姿を見ていたら、誰でも仲が良いと思うのは当然なのか。しかし悲しいかな、真実は異なるわけで。

「この子は私に心を許してないみたいで……こっちとしては仲良くなりたいけど、どうすればいいのかなあって」
「ふうん、変なの。普通嫌な人だったら側に行かないよね。なのにこのピカチュウはいつもお姉さんと一緒にいる。それって、きっとすごく特別なことだと思うよ」
「……特別、かあ」

 ピカチュウに視線を落とす。すっかり眠ってしまったようで、小さな寝息が聞こえた。起こさないようにそっと頭を撫でると、柔らかな毛並みの感触。
 このように寝入った時でないとこちらから触れることはできない。この子にとって、私はどうなんだろう。やはりただの使用人に過ぎないのだろうか。それとも少女の言う通り、私のことを特別視しているんだろうか。
 思い返してみれば、いつもピカチュウは私の側にいた気がする。気付けば視界に映りこんでいるのに、こちらから近付こうとすると瞬く間に距離を取られてしまう。
 それでいて休日になれば私の後ろをついて周り、隙を見せれば遠慮なく膝の上を占拠してしまうのだ。

「本当に好かれてるのかな、私」
「うん、絶対そうだよ。 だってその子、こんなにリラックスしてるんだから」

 無邪気な笑顔に後押しされ、心が少し軽くなった気がした。そうか、ちゃんと距離は縮まっていたのかもしれない。そう思うとなんだか嬉しくて、黄色くまん丸な背中がとても愛しく映った。

「ありがとう、君のおかげで自信でてきたかも」
「そう? それなら、ゲットしてみたら?」

 "ゲット"――その単語に身体が固まった。そもそも私とピカチュウの関係は、レッド達の世界で言うトレーナーとポケモンの枠組とは違った形なんだと思う。きっとピカチュウもそれを前提として私に近付いている。
 
「うーん、そういうのはいいかな」
「えぇー、もっと仲良くなれるかもしれないのに」
「ゲットとか、そういうことをしなくても築けるものはあると思う。だから今はこのままで良いんだよ」

 少女に微笑みかけると、彼女は渋々といった様子で納得したのかそれ以上何も言わなかった。すると膝の上からもぞもぞと動く感触。気付けば日は傾きかけていて、西から眩い陽光がさしていた。

「さてと、そろそろ帰らないとね。君も気を付けて帰りなね」
「はーい。またピカチュウ連れてきてね、お姉さん」

 手を振る彼女に頷くと、こちらもベンチを後にする。眠りこけているピカチュウを起こさないように抱えようとした途端、ゆっくりと開かれたまん丸の瞳。
 そのままするりと腕から抜け出すと、二本の長い耳を小刻みに震わせながら背伸びをする。最後に欠伸を漏らすと何事もなかったかのように歩き出すではないか。
 起きた途端にこれなんだから。それでも気持ちよく眠れたならそれでいいか、と笑みを漏らしつつ後を追う。

「よく眠れたみたいで良かったよ」
「……ぴ」

 こちらに振り向くことなく短く声を返すピカチュウ。やはり素っ気ないと思いつつも、彼の歩調は心なしか私に合わせてくれている気がした。
 彼の内を理解するにはまだまだ時間を重ねる必要がある。だからこそ焦らず少しずつ歩み寄っていくしかない。そうすればいつかは、本当の意味で心を通わせられる日が来るから――

ツンデレピカチュウ。上げてから気付いたけど、今回名前変換がないという。




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