ひんやり、ふわり
紫陽花は萎れ、四季の彩りは向日葵へと引き継がれていく。いよいよ夏の入り口に差し掛かった日曜日の昼下がり。
肌を焦がすような灼熱の陽光が降り注ぐ中、日陰に逃げれば湿気によって蒸し焼きにされているのかのような熱気に包まれる、そんな一日だ。そう、こんな時は――。
「やっぱエアコンの効いた部屋でゴロゴロしてるのが正解だよねぇ」
「うーん、ナナシはいつでもゴロゴロしてる気が……」
「ピットってば失礼ねっ。私はやる時はしっかりやるしその分身体を労ってるだけなんですー」
今、僕のベッドの上で寝っ転がりながら唇を尖らせている少女はナナシ。この屋敷の使用人として住み込みで働いている子で、僕の彼女。性格はこの通り少し――いやかなり自由奔放で、いつも何かと僕を振り回してくる。
でもそんなナナシと過ごす毎日も楽しくて、僕は悪くないなと思ってる。むしろ今ではナナシが側にいないと落ち着かない身体になってしまった。
「ピットもベッドに来なよー」
ちょっと待って、それの発言は別の意味にも取れてしまうぞ。多分ナナシのことだから他意はないと思うけど、目の前にいるのは君の彼氏だってことを忘れてないだろうか。
僕は小さく溜め息をつくと立ち上がり、彼女が横たわっているベッドに腰を掛けた。
「そうそう、素直が一番だよ。私の特等席へようこそ~」
「あのさ、このベッド僕のなんだけど……」
「うん、そうだね。でも今は私の場所なのでーす」
ナナシはぱっと起き上がると、そのまま悪戯っぽい笑みを浮かべて僕の腕に抱きついてくる。その柔らかい感触と女子特有の甘い香りにドキッとして思わず視線を逸らすと、忍び笑いが耳をくすぐってくる。
「あれっ、照れてるの?」
「そ、そりゃ照れるでしょ……好きな人にくっつかれたらさ!」
ナナシはきょとんとするとするぐに俯き黙り込んでしまった。変なことを言っただろうか。いや、照れくさいのは事実だけども。恐る恐る顔を覗き込むと、そこには顔を真っ赤に染め上げたナナシの姿があって――。
「……えへへ、私ってば愛されてるなあって」
そう言いながら頬を掻くナナシはどこか初々しさを感じさせるもので、付き合い始めたばかりの頃を思い起こされる。愛らしい姿に見惚れていると、次第に顔に宿る熱は勢いを増して全身へと行き渡ってしまった。
「あはは、ピットさっきより顔赤いよ?」
「えっ、あ……き、君の顔だってっ」
「えー、だって……暑いんだもん」
何を言ってるんだ。充分エアコンは効いてるのになんとも苦し紛れな言い訳に思わず笑ってしまう。ナナシもつられたように微笑んでいて、穏やかな空気に戻りつつあった。
すると彼女は小さく欠伸を漏らして再びベッドに倒れ込み、隣の空いているスペースを軽く叩いてみせた。
「なんかこう涼しいとさ、眠くなってくる……ピットもお昼寝しようよ」
「ええー、折角二人きりなのに……勿体なくない?」
「二人きりだからこそだって」
ナナシは折れる気がしないので僕は渋々と彼女の横に寝転ぶ。するとすぐに腕が身体に絡みつき、その柔らかさに驚き心臓が跳ねてしまいそうになる。
「こうして二人だけで寝るなんて、滅多にないじゃない」
ナナシは眠そうに瞳を細めながらもふにゃりとした笑顔を浮かべている。そんな彼女に流されるのも悪くないなと思えてしまうのだから、僕も重症なのかもしれない。
「全く……しょうがないなあ、ナナシは」
「でもピットはこんな私が大好きなんだもんね……?」
ああそうだよ、大好きだ。いっそ堂々と伝えればいいのに、僕はいまだに踏ん切りがつかないでいる。こんな意気地無しだからいつもナナシに主導権を取られてしまうんだろう――なんてことが浮かぶも、ぼやけてきた頭の隅に追いやった。
そして返事の代わりに彼女の手を緩く握って指を絡めてみれば、応えるように握り返される。嬉しくてつい名前を呼んでみたけど、小さな寝息が聞こえてくるだけだった。
「おやすみ、ナナシ」
彼女の耳元で呟いて僕も瞼を閉じると、今度こそ二人で眠りの世界へ落ちていくのだった。"一緒に同じ夢が見られたら良いな"なんてささやかな願いを込めて、彼女の手をそっと握り直しながら――。
後にエアコン効きすぎて布団を被る二人。