ポケトレ短編7

Morning glow

かれの ふいうち!

「いい湯だったあ……」

 こめかみから流れる雫をタオルで拭き取りながら、薄暗い廊下を歩く。スマホの画面を見ると、後三十分程で屋敷の消灯時間になるところだった。明日は早番だから夜更かしなんてしてられないと、自室へと急いでいた時――視界の端、窓の外で一瞬赤い光が広がった気がして足を止めた。
 こんな夜遅くに何事かと、恐る恐る外の様子を覗いてみると今度は水の柱が夜空目掛けて立ち上っていく。それはある程度の高さまでいくと空中で弾け、月の光を反射して淡く輝いていた。

「前庭に誰かいるみたい。何か動き回ってる……?」

 外で動く複数の影を捉えようと目を凝らすと――それは私の友人レッドと、彼の相棒のポケモン達の姿だった。彼の口が動いてるのに合わせてポケモン達はそれぞれ技を打ち出している。もしかしたら特訓の最中なのかもしれない。
 トレーニングルームは消灯時間と同時に閉まるから、こっそり夜中に外で鍛練をするファイター達もいるという話は聞いたことがある。夏期トーナメントが近いというもあるし、尚更のことだろう。
 それにしてもこんな遅くまで頑張っている姿を見ていると、次第に応援したくなるというのが私。今度差し入れを持っていってあげようと決めた所で、静かにその場を後にした――

***

 日曜日の昼下がり、私はバッグを抱えてレッドを探し歩いていた。この中にはポケモンも人間も一緒に食べることができるお菓子が詰め込まれている。
 ポフレにポフィン、ポロック。どれも私の手作り。出来映えは自分のポケモン達のお墨付きだ。そしてアローラ地方から取り寄せた色とりどりのポケマメ。いつも頑張っている分、彼らにはお腹いっぱい美味しい物を味わってほしいと思って。
 探していたレッドはトレーニングルームに繋がる廊下で会うことができた。

「あっ、レッド! 探してたんだよ」
「ナナシか。どうしたの」
「今日は良いもの持ってきたの。早く外行こうっ」

 きょとんとしているレッドの腕を引っ張ると、そのまま中庭に向かった。幸いそこには誰もおらず、ベンチに腰かけると彼にポケモン達を出すように促す。ボールから現れたゼニガメ、フシギソウ、リザードンも主人と同じような顔をして首をかしげていた。

「いきなりリザードン達を出してって、どういうこと?」
「えっと……これ、皆で食べてほしくて!」

 持っていたバッグの中からおやつの詰まった袋を取り出すと、匂いに反応したポケモン達の目がきらきらと輝き始めたものだから思わず微笑んだ。
 まずポフレをひとつレッドに渡すと、彼は物珍しげに手の中のお菓子を見つめる。しかし我慢の限界といった様子のゼニガメに取られてしまった。

「もしかして、ポフレとかポフィン見るの初めて?」
「ああ、カントー地方じゃ見たことなかった」
「カロス地方とかシンオウ地方発祥のものだからね。材料は殆ど木の実とか自然由来のものだから、人もポケモンも一緒に食べられるんだよ」

 レッドは"そうなのか"と頷くと、リザードンとフシギソウにもおやつを与えていく。彼らは一口で頬張ると美味しそうに噛み締めていて、好みに合って良かったと安心した。
 レッドも自分の分を手に取り食べ始めると、次第に彼の頬が緩んでいくのが分かる。

「どうかな……?」
「うん、美味い。おかわりある?」
「勿論! たくさん持ってきたからね」

 フシギソウはレッドの隣でお行儀よく食べていて、その横ではゼニガメが尻尾をぶんぶん振っていてなんとも愛らしい。レッドも食べる手が止まらないみたいで、袋が空になるまでそう時間はかからなかった。

「御馳走様。どれも美味しかった。でも突然差し入れをくれるなんて思わなかったな」
「ほ、ほら、最近もっと頑張っているみたいだし、応援の意味で……ね?」

 "深夜に特訓してたよね"なんて言えなくて、なんとかはぐらかすとレッドは納得してくれた。トーナメントの開催日も迫っているし、それに参加する他のファイター達も特訓により力を入れている。
 当然負けず嫌いのレッドも例外ではないから、少しでも力になれたら良いなと思う。そんな私の中に、ひとつ名案が浮かび上がってきた。

「そうだ! トーナメント終わったらファイターは夏期休暇に入るよね。良かったら、一緒にパルデア地方に観光に行かない?」
「パルデア地方……? 聞いたことない」
「カントー地方からはすごく遠い場所なんだって。最近マスターが"扉"を繋げてくれてね、この前出掛けてみたら楽しい場所でさ」

 パルデア地方は美しくも厳しい豊かな自然に溢れていて、固有種も多数生息している。これなら旅好きのレッドにとっても気晴らしになるかもしれない。他にも候補になる地方はいくつもあったけど、これらは別の機会に回すことにした。

「それにパルデアにもリーグがあるんだよ」
「へえ……どれだけ強いんだろうな」

 レッドの目付きが一瞬鋭くなった気がした。まだ見ぬ強者の存在に目の色を変える辺り、生粋のバトル狂だと思い知らされる。やはり彼なら誰よりもパルデアを満喫できるんじゃないだろうか。
 空を見つめる横顔はどこか引き締まっていて、つい目を奪われていると不意にレッドはこちらを向いた。

「トーナメントが終わったらすぐに行こう。パルデア地方へ」
「決まりだね。パルデアってグルメの宝庫だから食べ歩きも楽しいよ、きっと!」

 レッドがその気になってくれて本当に良かった。当日は私がしっかりガイドをして彼らに楽しんでもらうんだ。何処から回ろうか、バトルも食事も楽しむならチャンプルタウンは欠かせないな――といった様に、楽しい悩みが増えてしまう。こうして色々と想像していると、突然レッドが小さく笑い声を漏らした。

「ど、どうしたの急に笑って……」
「いや、ナナシが楽しそうだったから。それにしても、これってデートの誘い?」
「でっ、デートぉ!?」

 思いもよらない単語が飛び出してきて思わず声が裏返ってしまう。さらりと放たれたレッドの爆弾発言は、私の心臓を真っ直ぐに射貫いてきたのだ。思わぬ衝撃に胸を押さえよろめいた私を見て、意味深な笑みを向ける彼。

「当たらずとも遠からず……か?」

 完全に手玉に取られている気がして、何も言い返せない自分がいた。レッドの行動理念はポケモンを第一としているから、恋愛思考とは無縁の人だと思い込んでいた。でもそれは私の勘違いで、レッドもちゃんと"男"なんだと改めて意識させられる。
 対する私は"デートなら大歓迎だよ"なんて言える筈もなく。そんな勇気があればとっくに告白しているだろう。

「こっ、これ以上からかうなら"パルデア食い倒れの旅"にプラン変更するからね!」

 これが私の精一杯の抵抗。我ながら無力にも程がある。そんな私を見つめるレッドは"それは困るな"なんて言いながら、穏やかに微笑んでいた――

初代やってると思うけど、レッドって意外とやんちゃな所あるんですよね。




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