未来のカタチ
ここはカントー地方の西部に広がる森林地帯"トキワの森"。木々の間から差し込む木漏れ日に照らされながら、新品のピクニックシートを広げた私は隣に立つ恋人と目を合わせると微笑みを交わした。
「静かで落ち着くなあ。良い場所見つけたねレッド」
「この辺りは滅多に人が通らないし、ピクニックに丁度良いと思って」
レッドは頬を掻きながら照れくさそうに笑うと、腰のベルトに付いているモンスターボールを取り出して上空に放り投げた。ボールの中から光に包まれて現れたのは彼の自慢の相棒達であるゼニガメにフシギソウ、そしてリザードン。彼らは着地すると各々好きなように寛ぎ始めた。ゼニガメは元気に駆け回り、フシギソウは花の香りを楽しみ、リザードンは木に寄りかかり欠伸なんて漏らしている。
そんな光景に頬が緩むのを感じながら、私とレッドはリュックからスポンジやシャンプーのボトルといった道具を取り出すと彼らの元に歩み寄った。
「さて、みんな身体洗おうねー」
「終わったら昼飯にするからな」
ゼニガメとフシギソウはすぐに駆け寄ってきたものの、リザードンだけは渋々といった様子でのっそりと歩いてきた。彼はほのおタイプだし、極力濡れることを避けたいんだろうな。でもポケモンの身体を清潔に保つのは健康にも繋がる大事なこと。ここは心を鬼にするしかないのだ。
「僕がリザードンの身体を洗うから、ナナシはゼニガメとフシギソウの方を頼む」
「うん、任せてよ!」
スポンジ片手に自然と声が弾む。それもそう、私はポケモンのお世話をするのが大好きなのだから。泡立てたスポンジで彼らの身体を丁寧に洗い、携帯用のシャワーで綺麗に泡を流し落とすとタオルで水気を拭き取る。
しかし一筋縄では行かないのがポケモンという生き物。始終大人しくしてくれていたフシギソウはともかく、ゼニガメは泡まみれのまま走り回ったりで二匹の身体を拭き上げた頃にはヘトヘトになってしまった。
それと同時にレッドの方も終わったようで、リザードンはその場に座ったままくったりとしていた。
「お疲れ様。ありがとうナナシ」
「いいって、私も楽しかったし」
揃ってひと息つくと、今度は昼食作りに取りかかることにした。今回のメニューは数種類の野菜や厚切りのハムなどを挟んだサンドウィッチ。これは以前パルデア地方に行った際に教わったレシピを参考にしたもの。
小型の包丁やまな板といった調理器具をピクニックシートの上に広げ、バスケットから食材を取り出したら調理開始だ。レッドがバンズの内側にバターを薄く塗り、私はそれを受け取ると食材をこぼさないように挟んでいく。
大自然に包まれて静かなのは良いけれど、好きな人との共同作業をより意識してしまうのはどうにもならない。ちらりと横目で見ると彼もこちらを見ていたらしく、視線が交わった瞬間二人して顔を逸らしてしまった。
「い、今作ってるやつで最後だからっ……」
「ああ……うん」
気恥ずかしさを隠すように会話を交わす私達の間にはぎこちない空気が漂っていたけれど、それすらも心地良く思えてしまうのは重症だろうか――。
***
二人で作ったサンドウィッチはレシピ通りに仕上がり、ポケモン達にも好評で次々にお代わりを求めてきた。そんな彼らにレッドが"食べ過ぎは毒だぞ"、と言いつつ作り置きのサンドウィッチに手を伸ばした時――真横から小さな影が現れ、彼の手を掠めるように飛び出してきた。
レッドは弾かれるように手を引っ込めるも、掴んでいたはずのサンドウィッチは忽然と姿を消していたのである。
「レッド、大丈夫!?」
「大丈夫。それよりあの影の正体はアイツみたいだ」
レッドが指を指した方に視線を動かすと、そこには"こねずみポケモン"コラッタの姿があった。彼はサンドウィッチを咥えたままこちらを一瞥すると、茂みに向かって駆けていく。
するとゼニガメは自分のご飯を盗られたと怒りコラッタ目掛けて走り出し、私とレッドは急いで後を追うことになった。彼らを見失わないように枝葉を掻き分けながら進むこと約十分――開けた場所に出た私達の前に現れたのは、堂々と聳え立つ巨木。
コラッタは木の根元に潜り込んでいき、ゼニガメもそれに続こうとするも甲羅の部分が根の間に挟まってしまい、身動きができずにもがいていた。
「ようやく追い付いた……ゼニガメ、戻るんだ」
レッドがボールをかざしてゼニガメを引っ込めると、彼が挟まっていた場所の奥に小さな穴を見つけた。目を凝らして覗き込むと、赤い瞳が私を睨むように光っている。どうやらコラッタはここに逃げ込んだらしい。
「うーん、取り返すの難しそう……仕方ないけどサンドウィッチはあの子にあげちゃおうか?」
「そうだな。ゼニガメは連れ戻せたし戻ろう」
確か材料はまだ残っているはず。もう一度サンドウィッチを作ればゼニガメも機嫌を直してくれるだろうと、踵を返して元の場所に向かおうとした時だった。
背後からか細い鳴き声のような音が聞こえた気がして、二人して立ち止まる。何となく悪い予感がした私達はもう一度先程の穴を覗き込むと――コラッタの後ろにもうひとつの影があることに気付いた。
紺色をした丸い身体。その頭頂部から伸びている五枚の大きな葉。大まかな特徴からしてこの子は"ざっそうポケモン"のナゾノクサじゃないだろうか。しかし様子が変であることはすぐに分かった。
普通ならピンと伸びている葉の部分はくたびれたように垂れていて、座り込んだまま動かないでいるからだ。よく見れば足の部分を怪我しているようで、痛みによるものか顔を強ばらせている。
コラッタはナゾノクサを庇うように私達を威嚇し、今にも穴から飛び出してきそうだ。その小さな身体で必死に傷付いた仲間を守ろうとしているんだろう。サンドウィッチを取ったのも、きっとこの子に食べさせるため――。
「見て、あのナゾノクサ怪我してる……!」
「ああ。でも僕達じゃ穴に入れないし……どうするか」
応急処置をするにしてもこの穴からナゾノクサを出さなければどうにもならない。試しに優しく呼びかけるも警戒を解く様子はなく、一旦その場を離れる。
「あのコラッタをどうにかしないと……でも無理に追い払う訳にはいかないし」
唸りながら思考を巡らせている内に地面を這っている蔦に躓きそうになったものの、この蔦は私にヒントをもたらしてくれた。この方法ならコラッタを刺激せずにナゾノクサを救出できるかもしれない。
「レッド、フシギソウ出してくれる? ちょっと頼みたいことがあって」
「分かった。良い案が浮かんだんだな」
ボールから現れたフシギソウを穴の近くまで連れていくと、中の空洞へと"ねむりごな"を噴射させた。粉を使った技はくさタイプのナゾノクサには効かないけれど、コラッタの気を静めるにはこの方法しか浮かばなかったのである。
ねむりごなを吸い込んだコラッタは次第にふらふらと身体を揺らし、そのままくったりと横たわった。それを見計らい、今度は"つるのムチ"をナゾノクサに巻き付けて持ち上げ、そっと穴から出して地面に座らせる。
やはり片方の足に怪我をしていて、自力では動けずにいたらしい。その上充分に日差しを浴びていないせいか、青々としているはずの頭の葉も萎れかかっていた。
ひとまず私はリュックからポケモン用の傷薬を取り出すと、なるべく怖がらせないようにゆっくりと傷口へと噴射口を向ける。
「大丈夫だよ、ちょっと滲みるけど……絶対に良くなるからね」
視線を合わせて笑顔を見せると思いが通じたのか、ナゾノクサはスプレーから出る薬液を静かに受け容れてくれた。それからはレッドと一緒に手分けをしつつ何とか治療を終えることが出来たのだった。
幸い怪我自体は浅いものだったし、後は充分な日光浴をすれば数日もしない内に歩き回れるようになるはずだ。痛みが引いてきたのか、ナゾノクサは気が抜けたように眠り始めた。
それを見計らい彼をもう一度穴の中に戻し、日差しが差し込んでいる場所に寝かせると丁度コラッタと寄り添う形になる。ぐっすり眠る様子を見届けた私とレッドは二匹を刺激しないよう、静かにこの場を後にした――。
***
「ナゾノクサの治療、無事に終わって良かった! レッドが手伝ってくれて助かったよ。ありがとねっ」
「ナナシこそあの手際の良さ、凄かった。何処かで学んできたとか?」
「えっと、前に読んだ本に書いてあったことを試してみたんだ。いずれ自分のパートナーと出会えた時の為に勉強しててね」
「そうか……ナナシはさ、いずれどんなトレーナーになりたい?」
レッドからの問いかけに足を止める。私がトレーナーになったら目指したいもの、か。それは迷うまでもなく、とうの昔に決めていた。まだ誰にも明かしていない、大好きなポケモンと共に歩む未来の形。それは――。
「あの、笑わないでね……? 私、実はポケモンブリーダーになりたくて……こ、これは"この世界"に来て間もない頃から決めてた夢なの……!」
心の中に秘めてきた夢を明かすことは、レッドに告白をした時と同じくらいの勇気が必要だった。"この世界"に来てポケモンという生物に出会ってからというもの、彼らの存在が私の心を掴んで離さない。
やがて触れ合う度にもっと彼らを知りたい、共に歩みたいと思うようになった。そして乱闘やバトルを通じて人間とポケモンが織り成す強い絆を見せてくれたレッドという少年に、私は憧れ恋い焦がれていったというわけだ。彼は私の答えを受けると、目を細めて穏やかに微笑む。
「うん、ナナシらしいと思う。僕は君の夢を応援してるから……これからも頼ってほしい」
「あ、ありがと……私としてはレッドが側にいてくれるだけで心強いからっ!」
顔が熱くなるのを感じ、つい早口になり声も上擦ってしまう。レッドも後から照れくさくなったのか、帽子のツバを下げて目元を隠してしまった。
しかしその様子がなんだか可笑しくて、愛おしくて。どこまでも真っ直ぐで信頼している彼だから、私も自分の夢を打ち明けることができた。
「そうなると育て屋を開くっていう可能性もあるのか……将来二人でやってくのもいいかも」
「えっ!? それってつまり、あ、いや、そういう話はまだ……心の準備がっ、」
「冗談だよ。でもいずれ、そんな未来があっても良いなと思ってる」
そう言って私の手を取ると、レッドは指を深く絡ませてきた。俗に言う恋人繋ぎ。彼の体温を直に感じ取り、余計に鼓動が激しくなる。
ああもう、心臓の音がうるさいくらいに響いてきて胸が苦しい。身体中に広がる熱さを堪えるように俯いていると、彼の手によって優しく引き寄せられた。
「さて、そろそろ元の場所に戻ろう。ずっとゼニガメがボールの中から催促してて……」
「あぁ……そうだね、お昼ご飯の途中だったもんね。あははっ……」
お互いに照れ笑いを浮かべつつ、繋いだ手はそのままに私達は再び歩き出した。木漏れ日の差し込む獣道の中で、ちらとレッドに視線を向ける。私よりほんのり高い背丈。
大人になり並び立つ頃にはどれ程の差が出ているだろうか。なんてことを頭の隅で思い浮かべながら、そっと彼に寄り添ってみた――。
他の話と比べると少し長め。ちなみにこのサイトのレッドも成長したらSMレッドへ進化?します。主に体格とか。