New evolution
凄い、どうしよう、とんでもないものを見てしまった。きっと"アレ"について彼はまだ知らないはず。すぐにでも教えなければ――。
休日の昼下がり。街から帰ってきた私は自室のベッドにバッグを半ば放り投げる形で置いてくると、息を弾ませながらレッドの部屋を目指して駆けていた。そして扉の前に着くとはやる気持ちを抑えてノックする。
「レッド、いるっ? ちょっと話したいことがあるんだけど!」
「……待って、今開けるから」
扉の奥から遅れて聞こえてきたのは布の擦れる音と彼の欠伸の混ざった寝ぼけ声。どうやらお昼寝をしてたらしい。これは悪いことをしたかな、と反省しつつもその呑気さについ苦笑いがこぼれてしまう。
しかしこれは無理もない。先週までポケモン限定のトーナメントが行われていて、レッドもリザードン達の鍛錬やら猛者達との試合で大忙しだったのだから。相応の疲れも溜まっているだろうし、久々にゆっくりと休める時間ができたのならそっとしておくべきだろう。
それでも、今回私が目撃した光景を真っ先に彼に伝えたかった。それにきっとこの話はレッドの関心を強く惹くはずだ。
「お待たせ。ナナシ、そんなに血相変えてどうしたのさ」
「突然来てごめんね。どうしてもレッドに見せたいものがあって……」
「分かった。中に入って」
そう言って招かれた部屋は確かに彼が寝起きであることを感じさせる様相だった。ベッドの上の掛け布団は捲れ上がったままになっていて、それに埋もれかかっているゼニガメの甲羅が寝息に合わせて微かに上下している。
とりあえず部屋の奥に促されると、私はすぐさまスマホを机の上に置き録画しておいた映像を再生する。これは街中で時々行われるポケモントレーナーによるストリートバトルの様子だ。
「これ……ストリートバトルの?」
「うん、今日出かけたら偶然バトルしてる所だったから、参考になるかと思って録画してたの。それで見てほしいのはこのカイリューだよ」
再生時間は進んで互いの手持ちポケモンも残り一体となり、バトルも大詰めとなった時――それは起こった。カイリューのトレーナーが突如右腕を構えると、その手首に巻かれているバングルが輝きだした。正確にはバングルに付いていた石によって。
その眩い光に呼応するようにカイリューは巨大な殻のようなものに包まれ、次の瞬間球体を割って現れたのは――今まで見たこともないような姿をしたカイリューだった。溢れだす力を纏って放たれた咆哮は一帯の空気と大地を揺らし、その迫力はスマホ越しにも伝わってきて肌がひりつく程だ。
「カイリューが、"メガシンカ"した……?」
「そうなんだよ! 今までカイリューがメガシンカした例は一度も無かったから……私もびっくりしちゃって!」
数多の種族の中でも極一部のポケモン達しか持ち得ない強化形態"メガシンカ"。トレーナーとポケモンの強固な絆、そして専用のアイテム"キーストーン"と"メガストーン"を用いることで発動できる特別な力だ。
当然メガシンカを扱えるトレーナーは稀有な存在であり、いずれも地方のチャンピオンや四天王、それに匹敵する実力者達に絞られる。そんな歴代の強豪達の中でさえ、カイリューのメガシンカを実現させた者は今までいなかった。だからこそ衝撃的な光景なのである。
「羽が増えてる……ということはひこうタイプのままなのか? それともフェアリーという可能性も――」
レッドは僅かに目を見開かせ、相手のポケモンを圧倒するメガカイリューの戦いぶりを食い入るように見つめていた。その瞳の奥に炎のような揺らめきが垣間見えたのは、きっと気のせいではないと思う。
やがて激しい戦いの末に決着がつき、カイリューは元の姿に戻ると自身のトレーナーに背を叩かれて照れ臭そうに鳴き声を上げていた。そして湧き上がる歓声が響き渡る中動画は止まり、部屋に一時の静寂が戻る。
「……ね、レッド。凄かったでしょ?」
「ああ、驚いた」
レッドは頷くと大きく息を吐く。その直後、彼の表情は引き締まったものとなり、突然立ち上がるとベッドに置かれていた上着に腕を通し始めた。気付くとゼニガメは起きていて、己の主と目配せすると自身のモンスターボールに収まっていく。
「ちょっと、急にどうしたの?」
「街に行く。今探せばまだ会えるかもしれないから」
「会うって……まさかさっきのカイリューのトレーナーを探す気!?」
レッドは当然と言わんばかりに頷き、お馴染みのリュックを背負う。バトル脳もここまで来ると手に負えない。でも情報を提供した私にも落ち度があるか。そう思うと引き止めるのも憚られてしまう。
しかし例のバトルを目撃したのは一時間以上も前のこと。闇雲に探したところで時間を無駄にしてしまうかもしれない。どうしたものかと唸る私を尻目に、レッドは机の引き出しを開けると中から取り出したのは黒のリング。
それもただのリングではない。虹色の光彩を湛えた丸い石がはめ込まれているのを私は見逃さなかった。まさか彼も所持していたなんて。
「レッド……それ、キーストーンでしょ? 私、君が持ってるなんて知らなかった……」
「ナナシが知らないのは無理もない。普段は乱闘の試合で使う機会が無かったし、特別なバトル以外ではしまってたから」
こともなげに返答しながら手首にメガリングを装着するレッド。その動作は手慣れているように見えて、私は思わず見入ってしまう。
「これでよし……ナナシはどうする? 僕と一緒に行ってみる?」
このように一度スイッチが入ったレッドを止めるのは至難の業。それに今回は彼の闘志を駆り立てる要因を作った自分にも責任がある。
つまり私が同行する理由としては充分ある訳で――正直にいうと、私自身ももう一度あのメガカイリューの姿を拝んでみたいというのが本音だ。
「私も行く。レッド一人だと何時間でも探してそうだし……お目付け役としてね」
「……全く、素直じゃないな」
「はいはい、何とでも言ってよ。とにかく早く行こう?」
開き直って見せるとレッドは微かに口元を緩めて頷いてくれた。屋敷の外に出ると私とレッドはリザードンの背中に乗って飛び立ち、一直線に街を目指す。
眼下に広がる街並みのどこかにまだ例のトレーナーがいることを願いながら、私達は新たな発見と興奮に胸を膨らませるのであった――。
ZA発売記念として。公式トレーラーで初めてメガカイリューを見た時の衝撃ときたら…!