Another
ここは屋敷から少し離れた所に位置する森。そこを歩くは鼻歌を歌うリンク。しかめっ面の私。理由はただひとつ、今日も彼のサボり癖に振り回されているからだ。
いつものように連れ戻そうと説得することに意識を集中させていた私は、気が付けば森の奥深くに足を踏み入れていたという訳である。
「もう、いい加減にしてよね!」
「そう怒るなって。ほら、そろそろ戻った方がいいんじゃないか?」
「あのね、リンクを連れ戻すのが私の役目なんだよ。私一人帰っても意味無いの!」
日頃の鬱憤をぶつけるかのように怒鳴ってやると、リンクは困ったように微笑みながら耳を塞ぐ素振りを見せた。この様子だと絶対に反省はしていない。
この頃は言葉だけでは通用しなくなってきたので、そろそろ実力行使に出ようと彼の腕を掴む。すると彼は振り払うことはせずに私の顔を見つめ返してきた。
「お、今日のナナシは大胆だな」
「変なこと言わないで! とにかく戻るの!」
「耳元で叫ぶなよ。もう少ししてからでも良いだろ?」
こうして駄目と良いの押し問答を繰り返している私達の頭上で、空は少しずつ機嫌を悪くしていく。やがて太陽は完全に姿を隠してしまい、鬱蒼とした森の景色はその色をより濃くさせた。
「ちょっと、いつの間にか雲行きが怪しくなってるんだけど」
「ああ、そうだな」
慌てる私を横目に、リンクは空を見上げながらあっけらかんとした様子で返答した。その態度を見て思わずため息をつく。
傘なんていう気の利いたものを持っているはずもなく、このままもたついていたら屋敷に着く前に間違いなく雨に打たれてしまう。
そんな状況にも関わらず呑気に振舞うリンクに苛立ちを覚えながらも、とりあえず早く戻るべく彼の手を引っ張ろうとした時だった。
視界が一瞬真っ白に染まる。次には地を揺るがすような轟音が響き渡り、私は悲鳴を上げてその場に蹲ってしまった。
「おっと、大丈夫か?」
「う、うん……ちょっと驚いただけ」
「その割には震えてるみたいだけど。ほら、もうすぐ雨降るぞ」
差し出された手を掴んで立ち上がる。そして再び歩き出そうとしたところで二度目の雷が鳴り響いた。今度は先程よりも近くに落ちたみたいで、情けないことにまた腰を抜かしそうになった。
「そんな調子だと走るのは無理そうだな」
呆れたように呟くリンクに言い返すことも出来ず、ひたすら俯くのみ。我ながらなんと情けない姿だろうか。そんな私の心に追い打ちをかけるように、雫がぽたりと手の甲に落ちた。
それは次々にリズムを刻むように落ちてきて、遂に空が泣き出したことを表していた。これは本格的にまずいことになったと思い始めた瞬間、ふわりと身体が浮かぶ感覚に襲われる。何事かと顔を上げると、リンクが私を抱きかかえて走り出していた。
「わ、ちょっと、何……!?」
「喋ると舌噛むぞ」
抗議の声を上げようとするも遮られてしまった。仕方なく口を閉じて大人しく運ばれること数分後、森の更に深くまで走り抜けたリンクは大木の根元に辿り着くと私を降ろす。
この短時間でも私達の服は雨粒を吸い込んでいて、しっとりと肌に張り付いていた。髪からも水滴が滴り落ちる有様で、これでは屋敷に戻るという話どころではない。冷たさが身を包み、思わず身を縮こませる。
「ナナシ、結構濡れただろ」
リンクは懐からタオルを取り出すと、私の髪を撫で回す。その手付きは優しいもので、段々と居た堪れなくなる。
よく見ればリンクの体は私以上にびしょ濡れで、彼の着ていた上衣は既に絞れるほどになっていた。私を抱き抱えながら走っていた分、余計に水を被っていたんだろう。
こんな状態なのに自分より私を優先するなんて。こちらもハンカチを取り出すと急いでリンクの体を拭き始めた。
「リンクの方がよっぽど酷いじゃん! ほら、じっとして!」
「はいはい」
私が声を張ると彼は素直に従ってくれた。しかしハンカチ程度では追いつかず、あっという間に水気を吸って使い物にならなくなる。
「どうしよう……」
「オレの事はいいよ。そのうち乾くだろ」
「良くないよ! 私の所為で濡れたようなもんだし……」
あの時、落雷で足を止めなければ今頃は濡れずに雨宿りできていたはずだ。そう思うと後悔の念ばかりが押し寄せてくる。
項垂れる私とは対照的に、リンクは目を丸くしてこちらを見下ろしていた。
「ナナシの所為? 何でだよ」
「何でって、私が雷に怯えて動くのが遅れたからでしょ」
「そんなことか。誰にでも苦手なものぐらいあるだろ」
至極当然のように言うリンクに私は拍子抜けしてしまう。てっきり文句のひとつぐらい言われてもおかしくはないと思っていたから。
すると彼は小さく笑って、頭を軽くぽんと叩いた。そのまま優しく撫でられるものだから心地良さを感じてしまい、されるがままになってしまう。
「しかしどんどん降りが強くなってくるな。しばらくはここで雨宿りだな」
リンクは色濃くなる灰色の空を睨みながら呟く。雨音は次第に強さを増していき、地面を抉るかのような勢いとなっていた。
何時になったら落ち着くのか、見当もつかない。もしかしたらこのまま止まないのではないかと、不安が募っていくばかり。
稲光が走る度に思考が追い詰められていき、冷え切った衣服は確実に私の体温を奪っていく。急激な体感温度の変化に、くしゃみを漏らすようになってしまった。
「大丈夫か?」
「……ちょっと寒いだけ」
心配するリンクに笑いかけるものの、正直なところ大丈夫とは言い難い状況だった。風が吹き付けてくる度に、身体は意思に反するように震えだす。
そんな時だった。リンクは突然濡れていた上衣を脱ぐと、上半身をさらけ出したのである。
「……えっ?」
呆気に取られていた私の視界が真っ暗になると同時に、温もりが私の全身を包んでいた。それがリンクに抱きしめられているという事実に気づくまでに時間は掛からなかった。突然の出来事に動揺していると、彼が口を開く。
「これなら少しはマシだろ。タオル、もう一枚あれば良かったんだけどな」
肩越しに聞こえてくるリンクの声に、心臓が高鳴り始める。彼の胸板に押し付けられた頬は熱を帯びていく一方だ。
何よりも密着した状態で感じるお互いの鼓動が恥ずかしくて仕方がない。自分のものなのか、それとも彼によるものか。恐れていた落雷の轟きでさえ、今の私の耳には入ってこなくなっていた。
「ナナシ、こんなに冷え切って……」
「だ、大丈夫だって……こんなの平気だもん」
「……元はと言えば試合を抜け出したオレの所為だ。ごめん」
いつも私の気持ちなどお構いなしといった態度を取るくせに、こういう時は別人を思わせる程しおらしい態度を見せる。
本当にずるい人だと思う。体を苛む冷えと心の中で燻る熱が絡み合う中、雨足が弱まるまで大人しくリンクの腕の中に収まっていた。
この一件以来、どういう訳かリンクのサボり癖は落ち着いてきたらしい。これには普段から彼に手を焼いていたアイク達も驚きを隠せないようで、「とうとう頭でも打ったのか」とズレた心配をしていた。
ミラ様へ。傾向はお任せということでしたので甘めです。
普段とは違う彼の姿にギャップを…という感じになりました。
今回はリクエストありがとうございました!
本作品のお持ち帰りはミラ様のみとさせていただきます。