ソニック短編2

Morning glow

鈍色の下で

 天気予報を鵜呑みにするのは危険だということは、幼い頃から分かりきっていたことだ。休日の昼時のこと、晴れ晴れとしていた空は途端に機嫌を悪くしたようで、急に灰色に染まりだしたと思った途端雨粒を落とし始めた。
 買い物の帰りだった私は荷物が濡れないようにお腹に抱えながら通りを走り抜け、なんとか適当な店の日除けテントの元に辿り着くと濡れてしまった髪をハンカチで拭く。こうしている間にも雨は勢いを落とすどころかより激しく降り注ぐ。
 しかしここから屋敷に帰る分には困らない。何故なら普段からバッグの中には折りたたみ傘を入れておいてあるから。大きさも申し分なく、なんとか二人分入れるぐらいはある。昔から何度も私を助けてくれたお気に入りの傘だ。
 傘を開いて荷物を持ち直し、歩道に出ようとした時のことだった。ふと顔を上げると、向かいの建物の軒下に見慣れた青が立っているのが見えた。あれは紛れもなくソニックの姿で、彼は壁に寄りかかりながら鈍色の空を睨みつけていた。
 所在無げに爪先でとんとんと地面を叩いているのを見るに、走り出したい気持ちを抑えて雨が落ち着くのを待っているんだろう。しかしこの雨は当分衰えることはないと思う。ソニックのことだから、いずれ我慢しきれずに土砂降りの中を走り抜けてしまうんだろうな。
 彼なりに困っている姿を見かけたのに、このまま放って一人だけ帰るのもどうなのかと思った私は雨の音にかき消されないように向かいの彼に向かって声を張り上げる。

「おーい、ソニック! 大丈夫ー?」

 なんとか聞こえたようで彼の耳がぴんと立つと、すぐにこちらに気付いてくれた。目を丸したのも束の間、すぐにいつもの飄々とした笑みを向けてくる。
 すると一瞬、風が吹き抜けたと思った時には既に私の隣に立っていた。このぐらいの短い距離なら濡れずに走り抜けることは造作もないということらしい。

「Hey,ナナシ。お前も雨宿りしてたのか?」
「うん。買い物の帰りだったんだけど、急に降り出してねー……傘持ってきてあるからこれから帰るところなんだ。ソニックも一緒に帰る?」

 私の提案にソニックは腕を組み、考え込むように小さく唸っていた。彼のことだから本当はもっと走り回りたいんだろう。しかしこの激しい雨はいつまで続くか分からない。それなら屋敷に帰るのも一つの選択肢である訳で。
 しばらく眉間に皺を寄せていたソニックだったけれど、やがて結論が出たようで私を見上げてきた。その穏やかな表情には先程までの迷いや葛藤といったものは感じられない。

「たまにはお前と歩くのもいいかもな。屋敷まで頼むぜ、ナナシ」

 ソニックにしては珍しい発言に、私は不意打ちを食らったかのように一瞬固まってしまった。普段から私のことをどう思っているのか中々掴めずにいたけれど、思わぬ形で頼ってくれたことが嬉しくて、つい大きく頷いた。

「荷物、大丈夫か?」
「うん、大した数じゃないし。それじゃ入ってきて」

 傘を開いて空いている方にソニックを招き入れると、二人で土砂降りの中へと足を進ませる。いつもは歩調が早い彼も、今は自然に私の速度に合わせてくれていた。たまに腕の辺りが触れてしまうけど、濡れないように歩いている以上仕方がない。
 しかし、何だかこうしていると相合傘みたいで途端に落ち着かなくなる。誘ったのは私からだというのに。一度意識してしまったせいか、柄を持つ手が少し汗ばんできた気がする。この湿度のせいだけじゃないのは自分がよくわかっていた。

「予報じゃあ今日一日快晴だったはずだろ?それがこんな大雨になっちまって……ツイてないぜ」

 ため息混じりに愚痴を零すソニックに相槌を打ちながら、普段から傘を持ち歩いていて良かったと心から思っていた。

「まあね……今日は用心してた甲斐があったかも。小さい頃から予定がある時に限って天気予報に裏切られてばかりだったから、こうして傘だけは持ち歩いてるんだ」
「今回は助けられちまったな」

 ソニックは口角を上げると小さく肩を竦めてみせた。些細なこととはいえ、彼の力になれたのならそれは喜ばしいこと。しかし、こういった偶然が重ならなければゆっくりと会話をする機会は限られている。
 私は屋敷の使用人として半日中敷地内を巡り、ソニックは試合のノルマさえ終わってしまえば『この世界』を自分の思うように巡っていく。こんなに接点の少ない私達を引き合わせ、共に過ごす時間を作ってくれたこの雨に少しだけ感謝していた。
 他愛のない会話を楽しみながら人気のない街道を進み、屋敷の前に着いた頃にはすっかり雨足は弱まっていた。しかしいつまた降りが強くなるかも分からないので油断は禁物だろう。
 玄関に入ると傘をしまい、荷物を抱え直そうとした時だった。ソニックの手が伸びてきたかと思うと、さっと荷物を持ち上げたのである。

「これ、何処に運ぶんだ?」
「えっと、キッチンに。殆ど食材だから……」

 聞かれたままに場所を教えるとソニックは荷物を抱えたままキッチンへと歩いていく。流石に悪いと思った私は慌てて彼に並ぶ。

「いいよ、私運ぶから!」
「……ナナシ、こんな重いの抱えたまま傘持っててくれたんだな」

 ソニックの言葉に思わず声が詰まる。あの時大丈夫とは言ったものの、実は片腕だけでこの量の荷物を抱えて歩くのは少し辛いものがあった。
 顔に出さずに隠してきたのに結局気付かれてしまったものだから、何だかバツが悪くなって俯いてしまう。

「それは、その……」
「お前のそういう所、キライじゃないぜ」

 ソニックはそれだけ言うと、お得意の悪戯っぽい笑みを浮かべる。私はそんな彼に何も言い返せず、ただ赤くなった顔を見られないようにそっぽを向いていた。
 キッチンに着くと買った物を一通りしまい込み、ようやく一息つくことができた。大広間に向かう途中、ソニックはシャワーでも浴びてくるかなと言い出し私と分かれることになった。
 少しの間だったけど、彼と過ごせて良かった。名残惜しくも大浴場に足を向けた青い背に手を振っていると、彼は突然こちらに振り返ってきた。

「今度一緒に歩く時は、雲一つ無いとびっきりの快晴が良いよな」

 そう言って軽く片手を挙げると、今度こそ廊下の奥へと消えていった。ソニックの背中が見えなくなってからもしばらくその場で立ち尽くしたまま、先程の言葉を反芻する。

「今度……今度一緒に、かあ」

 もしかして、ソニックも私と同じような想いを抱いてくれているんだろうか。それとも、ただの私の思い上がりなんだろうか。
 いくら真意を問いたくても上手くすり抜けていく様はまるで風のようで、そんなソニックに日々惹かれていく自分がいるのも確かで。
 私は勝手に火照りだす頬を隠すように両手で押さえると、誰とも出会いませんようにと祈りつつ早歩きで自室へと向かった。

ソニックって言動が『風』そのものなんだよなあ。 




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