Unlucky?
久々の休日。空は快晴。風は穏やかでそこまで冷たくもない。こんな日に出かけないなんて勿体無いじゃないか。
そんな訳で私は、ぶらりと街を散策していた。普段から買い出しなどで出歩くことはあっても、仕事の一環だし遊ぶなんてことは中々できずにいた。
今日は日が暮れるまでとことん堪能してやろう。まずは先程から空腹を訴えかけてくる胃を満たしてやらないと。
丁度前方にキッチンカーが停まっていたので、早速ハムチーズと野菜のサンドウィッチを購入。挟んである具の量からしてボリュームたっぷりだ。
外で食事をするというだけでも自然と気分が高揚してくる。近くのベンチに腰掛けてサンドウィッチにかぶりついていると、次第に喉が乾いてきた。
周囲を見渡すと、丁度ありがたい事に自販機を見つけた。とりあえずお茶でも買おうか。一旦サンドウィッチをベンチに置き、急いで買いに走った。しかしこれが悲劇の始まり。
戻ってきた私の視界に飛び込んできたのは、食べかけのサンドウィッチを啄む一羽のカラス。追い払おうと駆け出すと、奴は何食わぬ様子で残りを咥えて飛び去っていった。
「待ってぇー……!! ああ、私のサンドウィッチが……」
たった数分の間に起こった出来事は、先程まで晴れ晴れとしていた心に冷水を浴びせるようなものだった。元はといえば私が浮かれていたのが原因だけども。
自分の迂闊さに膝をついていると、突風が吹き荒れた。舞い上がる砂埃に思わず目をつぶる。風すら私を慰めてはくれないのか。
落胆したまま力なく顔を上げると、そこには今までいなかった存在がいた。真っ青な体と、見る者の目を惹く赤いシューズ。堂々と立っていたのは私のよく知る人物であった。
「Hey,ナナシ! Are you okay?」
「ソニック……」
きょとんとした顔で私を見下ろしているのは、ソニック・ザ・ヘッジホッグ。世界最速を誇るハリネズミ。そして、私の働いている屋敷に住まうファイターのひとりである。
「お前の声が聞こえたんで来てみたが……なるほど、見事にやられたみたいだな」
ベンチに置いてある空の袋から飛び去っていくカラスに視線を移し、ソニックは苦笑していた。彼は普段から察しがいいから、今の状況をすぐに理解したみたいだ。
それにしても相変わらず神出鬼没な人だと思う。試合が終わるとあっという間に屋敷から飛び出していくから、姿を見かけること自体珍しいのである。
今回はよりにもよって恥ずかしいところを見られてしまい、私としては喜んでいいのか何とも複雑だ。
「うん。私が抜けてたせいでね……」
満たされず不満げに鳴り響く腹の音が、心に追い討ちをかけてくる。ため息を漏らすと、ソニックは私の肩を優しく叩いてくる。
「そんなに落ち込むなって。良いところ連れてってやるからさ」
「良いところ……?」
戸惑う私にソニックは笑みを深めるだけだ。一体何を考えてるか想像もつかない。取り敢えず彼についていくと、大きな噴水のある広場に出た。
ここは街の中心部で、全ての大通りはこの広場に繋がっている。昼夜問わず人通りが絶えない場所で、食べ物の屋台やキッチンカーも所々に見受けられた。
ソニックは私の手を引くと、ある一台の屋台に一直線に向かっていく。看板を見るにホットドッグ屋みたい。注文をする前に、彼は私の方に振り向いた。
「辛いの平気か?」
「激辛とかじゃなければ大丈夫だよ」
「OK,ここのチリドッグが絶品なんだ。ちょっと待っててな」
ソニックが「いつもの、三つ頼むぜ」と言うだけで店員さんはすぐに調理に取り掛かっていた。どうやら常連らしい。
さっきの口ぶりから察するに、彼は私の分まで注文してくれたんだろう。それなら今のうちにお金を返さないと。
「ちょっと待って、お金返すから……」
財布を取り出そうとした私の腕をソニックが制する。驚いて顔を上げると、呆れたと言わんばかりに盛大なため息を吐かれた。
「おいおい。カッコつけさせろよ」
「えっ……でも悪いって、」
「この話は終わりだ。出来上がるの待とうぜ?」
悪戯っぽく笑う彼にそれ以上何も言えず、私は大人しく引き下がることにした。彼の厚意を無下にするわけにもいかないし。
せめてお礼だけは伝えると、またも苦笑されてしまう。出来上がりを待つ間、私達は周囲の様子を眺めていた。
中央の噴水に目が行きがちだけど、広場の外周には花壇が設置されている。色とりどりの花達が咲き誇っていて、とても綺麗だった。
買い出しで何度か通りかかることはあっても、じっくりと見物したことはなかったから新鮮な気持ちになる。
「こういうとこ来るのは初めてなのか?」
「ううん、何度か来たことはあるよ。でも普段は買い出しで来るぐらいだったし、ゆっくり見て回る余裕なんてなかったんだよね」
「使用人ってのも忙しないみたいだからな……あ、出来たみたいだぞ」
話しているうちに出来上がったらしく、店員がチリドッグを手渡してきた。これがまた結構大きいサイズで、両手でも持ちきれるか少し不安なところだ。
こんがり焼き目のついた大きいソーセージ。パンの隙間を埋めるようにハラペーニョのピクルスがしっかり挟み込まれていて、特製チリソースとチーズがふんだんにかけられている。
「わあ……思ってたより大きい!」
「ソース、こぼさないように気をつけろよ?」
「うん。いただきます」
口の周りを汚さないように一口ずつゆっくりと味合う。チリソース特有のスパイスの刺激とチーズの香ばしさが絡み合う。
ソーセージは噛むとパリッという音を立て、肉汁が滲み出てくる。一口食べただけでも充実感で満たされていく。おまけに舌の上がヒリヒリとしてきた。
食べ進めていく内にソースが後ろの方へとこぼれそうになり、慎重に傾けながら口に運んでいく。暫くして私が食べ終える頃にはソニックは二つ目を頬張っていた。
あれだけ大きなチリドッグだというのに、私よりも早く食べ終えているだけでなく二つ目までも平らげてしまうとは。
「……ソニックって、意外と大食い? もしかしてカービィやドンキーと同じくらい食べてたりとか」
「No way! ただチリドッグが好きなだけさ」
「ふふ、そっか。ごめんごめん」
少しムキになって返してきた姿に思わず笑ってしまう。いつもクールに振舞っているソニックにも、こうした一面があるのかと微笑ましくなったのである。
ふと彼の口元に目が行く。唇の周りに赤いソースがついていて、そうなるまで夢中で食べていたんだと思うと再び笑みがこぼれる。
私はもらっていた紙ナプキンを手に取り、ソニックの口元に当てて拭う。彼は驚いたみたいで目を丸くして私を見つめていた。
しまった、ちょっと行き過ぎた行動だったかもしれない。今更になって恥ずかしくなり、慌てて手を離す。ソースは綺麗に拭き取れたし、これでいいか。
「Thanks」
「……どういたしまして」
何となく気まずい空気になったかもしれない。私はなんて大胆なことをしてしまったんだろう。じっと俯き、地面のタイルを見つめることしかできない。
ベンチに腰掛ける二人分の影。その片方がすっと立ち上がった。私がゆっくり隣に顔を向けると、そこには普段の飄々とした態度を見せてくるソニックの姿。
「腹ごしらえも済んだことだし、これからだな」
「これから、って……?」
「お前の時間、オレに預けてみないか?」
唐突な提案だったけど、不思議と嫌な感じはしなかった。むしろソニックらしいお誘いかも、と思う。私も断る理由なんてなく、むしろもっと一緒に居てみたい気持ちで首を縦に振る。
するとソニックは嬉しそうに口角を上げ、私の手を優しく引いてきた。彼に倣って言うなら"It's Not my day"とでも叫びたい気分だったのに、今ではそんなこと微塵も思わない。
私こそソニックの時間を預かっているんだし、今日はお互いに惜しみなく楽しもう。繋がれた手を握り返し、私達は最高の午後を迎えようとしていたのであった。
自然にデートに持ち込むソニックさん。